第520回:現代版“セイレムの魔女狩り”
マサチューセッツ州のセイレムという町で、根も葉もない噂が元で魔女だと決め付けられ150人が宗教裁判にかけられ14人が縛り首、5人が牢屋で死ぬという事件がありました。 1692年のことです。短いアメリカの歴史の中では大昔の話になりますが、一旦、住民の中に憑りついた観念の恐ろしさを象徴する事件として、誰でも覚えている史実です。
日本の山村などでも、昔は“村八分”という、その村の住人が特定の人物、家族を陰湿にボイコットし、口もきかない状況にして、制裁を加えることがあったと聞きます。
移動性が高いといわれているアメリカでも、よそ者が入り込み難い農村がまだまだあります。私たちが棲んでいる高原台地もとても保守的なところで、大半は小さな牧場の持ち主か、大きな牧場で働く牧童で、住民全員が幾つかのファミリーの血族ではないかと思うくらい互いに良く知っているようなのです。
たとえば、向かいに牧場を持っている若いカップル、サムとダイアンは彼らの親類、縁者だけで、20軒はこの台地に住んでいるでしょう。そんな大ファミリーが幾つかあり、私たちのようなヨソ者は珍種なのです。ましてや、純然たる東洋人である、ウチのダンナさんのような異人は全く他にいません。今のところ、それが彼の特性なのか、超保守的な人たちが彼を受け入れてくれているようですが…。
カンサス州にホルトン(Holton, Kansas)という人口3,000人ほどの農業、牧畜の町があります。その町の若者、ジェイコブ・アーウィング君、22歳に終身刑の判決が下りました。罪状は13歳の少女を暴行、強姦した罪です。そのやり方が“ソドミィー”と新聞で表現していますから、サド的な酷いことをしたのでしょう。裁判では一応被害者の少女の名前は伏せていますし、マスコミでも明らかにしていませんが、そんな小さな町ではすぐに誰だと知れてしまうものです。
このホルトンの町始まって以来のデモ運動が起こっているのです。それが、強姦犯ジェイコブをリンチにしろ、吊るせというのではなく、反対にジェイコブを救おう、若気の至りでチョットやり過ぎただけだ、被害者の少女は浮ついた性格で、それを望んでいた(強姦されたがっている女性が果たしているのでしょうか?)、その少女は誰とでも寝るタイプだった…と、住民がジェイコブを救う運動を展開し、家の前にプラカードを置き、ジェイコブ救済ティーシャツを着込み、裁判のやり直しを求めているのです。
この強姦魔ジェイコブの部屋からは大量の子供ポルノが発見され、他に18歳と20歳の女性が被害届けを出し、他にも強姦未遂事件が2件浮かびあがってきているのですが、そんなことにはお構いなく、ジェイコブ・サポーター・グループが救済運動をしているのです。
というのは、ジェイコブがホルトンの町初めてのレスリングとアメフトの州チャンピオンになり、マーシャルアーツ(空手などの格闘技)でも黒帯有段者で、町を代表する理想的な農村青年と見做されていたからです。おまけに、彼の家族がこのホルトンの町のヌシのような存在で、お爺さんがこの界隈一帯に農機具を卸す店を持っており、ともかく非常な顔役なのです。
ジェイコブ救済運動は、彼の親類郎党一族、チームメイトたちが中心になり、エスカレートし、それが卑怯で、一番効果的な方法なのですが、被害者の少女と新しく訴えて出た女性たちへの中傷、バッシングを始めたのです。曰く、彼女たちは、酔っ払っていた、胸元の広く開いたドレスを着ていた、超ミニ、またはお尻の線がハッキリと見て取れるようなタイツを穿いていた。彼女たちは手の良い売春婦だったとやり始め、犠牲者の家の庭に汚物を投げ込む、家の前を車のクラクションを鳴らしながら通る、嫌がらせのメールを送る、などなどし始めたのです。
また、Face Bookにも“ジェイコブに自由を”と掲載し、ジェイコブ自身も、「俺は、たくさんの女性とセックスをしてきたから、いちいち、相手の女性のことなど覚えていない」と豪語し、英雄色を好む式の応答をしています。
このような地方の事件は、郡(カウンティー)の裁判所で処理します。それが、陪審員制度の問題点で、カウンティーの住人の中から陪審員が選ばれ、評決を下すのですから、誰を陪審員に選ぶかが大きな比重を占めてきます。陪審員に無言の圧力が掛かってくるのです。 それに、陪審員の条件であるはずの、この事件の前知識がなく、偏見のない人はカウンティー内にはいないでしょう。
まだ、評決は下されていませんが、閉鎖的なアメリカの村のあり方、村人の意識は、17世紀のセイレムの魔女狩りの時から変わっていないのです。ホルトンの町は、女性たちにとって正に暗黒なのです。この事件でバッシングされ、ゆくゆく村を出なければならないのは、被害者の女性たちの方になってしまうのでしょうけど…。
第521回:枯山水~高原台地の死活問題
|