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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第669回:“Black Lives Matter”(黒人の命も大切だ)運動

更新日2020/08/06


この頃、短波ラジオでニューズを聞いています。テレビもFM放送も、普通の中波放送もここには入ってきません。ダンナさんが細い電話線をアンテナ代わりに張ってくれたおかげで、どうにか受信できる短波放送が聴けるようになったのです。なんだか、第二次世界大戦中、雑音の多い短波ラジオを思い出させます。おかげ…と言って良いと思いますが、BBCなど外国からの放送も聴くことができます。

アメリカのニューズは毎日コロナ問題ばかりで、それにミネアポリスで警察に殺された黒人(政治的にはアフリカ系アメリカ人と言わなければならないのですが…)ジョージ・フロイドさんの事件をキッカケにして盛り上がってきた“Black Lives Matter”(黒人の命も大切だ) という運動、デモ行進、暴動とコロナのニューズの2種類に限られてきています。

黒人が警察官に殺された事件は、それこそ星の数ほどありますが、ほとんどすべてその瞬間を写真や映像に撮られることなく、黒人を連行する護送車の中、警察署の奥の部屋、拘置所、街中でも人の目のない場所で起きています。ごく最近になって、誰でもがカメラの付いた携帯電話、動画を撮れるアイフォンなどを持ち歩くようになって、ショッキングな映像がテレビに映し出され、エッこんな酷いことが公然と行われているんだ…と、”黒人の命も大切だ“運動の起爆剤になってきたのでしょう。

ロスアンジェルスのロドニー・キングが5、6人の警察に警棒で滅多打ちにされ、道路に転がされている映像は、全米にショック与えました。彼は死にませんでしたが、生涯、車椅子で過ごさなければならない身体になりました。あの時も暴動が起こりました。そして、セントルイス郊外のファーガソンで17歳のトライヴォン・マーチン君が警察に撃ち殺された映像も残酷なもので、「オイ、あんなにたくさん弾が出るピストルがあるのか?」と、西部劇で5、6発の弾が円筒形の筒に入っているリヴォルバーしか見たことがないダンナさんがあきれるくらい、無抵抗の少年にパンパン撃ちまくっているのです。あれで死ななきゃ不思議です。このファーガソン事件の後も、大きな”黒人の命も大切だ“運動が盛り上がりました。

このような事件は、映像が流れ、マスコミが取り上げ、こんな酷いことが現代のアメリカで行われているのか、そんなことがあっていいものかと、黒人運動を盛り上げるきっかけになりました。でも、このような事件、殺人は氷山の一角で、ニューヨークの路上で黒人を逮捕しようと、警察官が警棒を首に当て、のしかかるよう取り押さえ、黒人が何度も、「息ができない、息ができない」と訴えましたが、そのまま死んだ事件。アトランタで逮捕した黒人を護送車で警察署まで運び、署に着いたら死んでいた事件(護送車の中まではアイフォンを持った傍観者は入り込めません)。つい先月のことですが、ロスアンジェルスでリンチスタイルの縛り首で発見された黒人が二人いた事件。これは警察がやったことではなさそうですが、アメリカで黒人であることは、我々コーカソイドのシロンボには想像ができないほど大変なことなのです。 

警察官が直接手を下さなくても、白人至上主義者たちが公然と暴力を振るうのを警察が見て見ぬふりをしていることは南部だけでなく、全米どこにでも無数に起こっています。このような人種差別暴動は何もアメリカ南部の特産ではなく、北部のミシガン州でも起こっています。話は少し古くなりますが、1919年7月に17歳の黒人ユージン・ウイリアムス君がミシガン湖で筏遊びをしていて、恐らく風に流されたのでしょう、白人専用ビーチ(北部でも黒人用、白人用ビーチと分かれていたのです)に漂着してしまい、それを見つけた白人たちがユージン君を撲殺したのです。この事件が有名なのは、その後、大暴動に発展したからです。13日間荒れ狂い、黒人23人、白人15人が殺され、数百軒の家が燃えました。もちろん大半は黒人の家です。

1955年にシカゴから南部ミシシッピー州の町、マニーに遊びに来ていた14歳のエメット・ルイス・ティル君が町中で白人の女性に口笛を吹き、話しかけたという理由で惨殺されています。最近作られた記録映画で見ると、親元のシカゴに戻ってきたエメット君、原形を留めないくらい痛めつけられて棺桶に入っていました。

このような事件では、まず犯人が捕まりません。もっとも、地元のお巡りもグルですから、泥棒が泥棒を追うようなもので、まず100%近くは事件として取り扱われません。エメット君の場合は、彼が北部から来ていたので、死体の身元確認のため、シカゴに問い合わされ、殺人事件になり、犯人が二人捕まりました。とは言っても、地元での裁判では全員白人の陪審員の元で、当然無罪になっています。このように日の目を見た例の方が珍しく、南部で黒人が暴行に遭った、チョットやりすぎて殺してしまった無数の事件は、日常茶飯事でした。


私の叔母さんは、黒人と結婚しています。義理の叔父さん、ルーサーは、元々たいしたことがない私の親族郎党のインテリジェンス、知識を全部集めたよりも深く広い知識人で、エリートのエモリー大学の教授でした。マーティン・ルーサー・キング氏の非暴力運動に共鳴し、彼がたくさん出版している本も、黒人の非暴力活動の歴史に焦点を当てたものです。

ウチのダンナさんも、「アリャ~凄いインテリだ。アメリカで初めて出会った本当の知識人だ…」と感嘆するくらいの人物です。そのルーサー叔父さんの案内でアトランタ市内を回った時、南軍のリー将軍のとてつもなく大きな銅像の前で、「こんなモノは取り壊さなければならないんだ…」といつもの温和な表情とは打って変わった厳しい表情で言ったのにショックを受けました。黒人が経てきた残酷な歴史が、今も生きているのだと実感させられたのです。

色分けでいくと、黄色人種(本当は黄色ではありませんが…)に種分けされている日本人のダンナさん、「俺、昔の南部のトイレでどっちに行けば良いんだろうな? カラード(色つき)といえば確かに白くはないけど、そうかといって黒人ではないしな…。その中間で立小便でもするか…」と、一度、ハイウエー脇で立小便をしてお巡りさんに捕まったのに、まだそんなことを言っているのです。彼なら本当に中間に立ち小便をしかねません…。 

二十数年前、今住んでいる街の大学に面接に来た時、試験官の先生たちにまず最初に訊いたことは、ウチのダンナさんは色付きの日本人だけど、この町で非白人に対する偏見、差別はないか、ダンナさんが自由にウロウロ、町中を徘徊しても大丈夫かということでした。本人はそんなことに無頓着ですが、色付きのダンナさんを持つ身としては、とても大切なことだったのです。でも、今思えば、膨大な数の黒人が当然持つべき市民権を得ようと運動している時に、そんな個人的な小さなことを尋ねたのは恥ずかしいことだったと思います。

“Black Lives Matter”の運動は当たり前すぎて、“All Lives Matter”(すべての人間の命は大切だ)という基本的人権が根底にあるのですが、それを今になって新たに主張しなければならない、切実な黒人の命を懸けた運動を育て、継続しなければならないと思うのです。 

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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