第771回:ロシア・バッシング
ロシアのウクライナ侵略は収まる気配を見せないどころか、ますます激しさを増し、なんでもヨーロッパ最大と言われている原子力発電所を占拠して、それを盾に戦闘を繰り広げています。ロシアがアフガニスタン占拠を諦めるのに丁度10年かかっていますから、これからも長い戦いが続く可能性が大きいでしょう。
アメリカも偉そうなことは言えません。アメリカがアフガニスタンから引き上げるのに20年、ベトナムからはインドシナ戦争から数えると18年かかっています。引き上げると言うのは言葉のアヤで、ハッキリ言ってしまえば、戦争に負けたのですが…。
国が侵略戦争を起こせば、その国の人はたとえ国外に住んでいても、様々な差別を受け、虐められるは当然のことです。侵略されている国の人々は悲惨な状態に陥っているのですから、攻めている国の人がノウノウと外国で、私には関係ないことです…と言って済ますことはできません。
現在、最高の指揮者と言われているヴァレリー・ゲルギエフ(Valery Gergiev)はミュンヘン・オーケストラの常任指揮者の任を解かれ、ウイーンフィルを率いてニューヨークで公演する予定も解約になりました。元々ゲルギエフはプーチン寄りで、互いに友達だと(プーチンは結構上手にピアノを弾きますが…)喧伝し、されていましたし、主にヨーロッパの音楽家がプーチン批判声明を出した時に、その批判書にサインせず、プーチン寄りの立場を変えませんでした。彼ほどの大指揮者なら、ロシア国内でもシゴトは余るほどあるのでしょうけど…。
もう一人、ウチのダンナさんが密かに熱を上げているらしいオペラ歌手、アンナ・ネトレプコ(Anna Netrebko)がいます。ウイーンに住んでいますが、人気絶頂のロシア人で、オペラ歌手は肥満か超デブが多い中で、スラリとした美形なのです。最近、中年太りが始まったかなという印象ですが、彼女が出ると切符は常に完売、満員盛況という往年のパヴァロッティ(Luciano Pavarotti)のような存在なのです。彼女のニューヨーク、メトロポリタンオペラ公演もすべてキャンセルになりました。
アメリカ、カナダのアイスホッケーチームには相当数のロシア人が活躍しています。そんなロシア人プレイヤーの奥さんや子供たちの命をおびやかす脅迫状が送られてきて、問題になっています。
海外で活躍しているロシア人に何の罪もない、ということは簡単ですが、一個人は宿命的に母国の政治、政策を背負っているのです。確かに、海外に住んでいて、本国を非難することは、一見簡単なように見受けられますが、ほとんどの場合、まだ本国に彼らの両親、親族、友人たちが住んでいますから、本国に残っている人たちのことを考えなければなりません。ロシア人の皆が皆プーチンの友達ではないのです。
戦前の大指揮者フルトヴェングラー(Wilhelm Furtwängler)のことを思い出します。彼はナチス時代もドイツに留まり、演奏活動を続けており、それがモトで戦後、戦勝国、連合国側からナチスの協賛者と見做され、活動をボイコットされました。しかし、フルトヴェングラー自身は弁明しませんでしたが、彼に助けられてナチスドイツ国外に逃れたユダヤ人、主に音楽家ですが、大勢いて、フルトヴェングラー救済に乗り出して、やっと彼を戦後の音楽界に復帰させることができたのです。
パラリンピックでも、ロシア人を参加させないことを決めました。また、国際的なネコの品評会からもロシア猫は追放されました。こうなると、ネコに何の罪があるのだ、と言いたくもなります。終いには、コンサートのプログラムから、チャイコフスキーなどロシア人作曲家の曲を外す向きまで出てきています。
アメリカ人たる私が、まだウラ若き頃、ヨーロッパを旅し、またスペインに住み始めた頃、ベトナム戦争が真っ盛りでした。そして、どこに行っても、「お前の国ではどうしてあんな酷い戦争、侵略、殺戮をベトナムでやるのだ」と、全く嫌になるほど、何十回となく非難されました。それはもうウンザリするほどで、「全くその通りで、早く止めさせなければならない」と答えるのに疲れ果てました。
とりわけスペインでは、個人的にまるで私がベトナム戦争を始めたかのように攻撃してくるのにはホトホト疲れたことを思い出します。元々、当時群を抜いて豊かだったアメリカ人嫌いの傾向が強かったこともあるでしょう。強いドルをバラ撒くアメリカ人に対するヤッカミもあったでしょう。すべてのアメリカ人がお金持ちで、分厚いドルのトラベラーズチエックを懐に海外に出ているわけでないと分かってくれないのです。
それはヤンキー、グリンゴ、ゴー・ホームの時代でした。
学生時代からベトナム侵略反対運動に関わり、反戦運動をしてきたつもりですが、外国に出て、初めて国家と個人、言ってみれば国家が犯した犯罪に対し、個人が如何に責任を負わされるかを知ったのです。“私には関係ないことだ”では、済まされないのです。
ウクライナで戦災に遭っている人たちに比べ、海外で暮らしているロシア人たちが払う犠牲など小さなものでしょう。
今は、海外にあっても、ウクライナ侵攻反対運動を進め、本国にいる反戦派を応援することしかできないとしても……。
-…つづく
第772回:宗教と政治、そして信仰について
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