のらり 大好評連載中   
 
■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第628回:引退前の密かな楽しみ

更新日2019/10/03




旅行に出かける前に、今年の夏休みはどこに行こうかと計画を練るのも旅の楽しみの一つです。旅は事前、事中(こんな言葉あるのかしら?)、そして思い出に浸る事後と3回楽しめます。

私は後2ヵ月半で引退するので、それから何をしようかと夢想し、楽しんでいます。来年のことを言うと鬼が笑うそうですが、ウチのダンナさんと立てているぎっしり詰まった来年の予定表を見て、きっと鬼がお腹を抱えて大笑いしているかもしれませんね。

教室で教えること自体、私の性に合っているのか結構楽しんでいるのですが、教授職というのは教える以外の雑用がメッタヤタラに多く、それに費やす時間は膨大なのです。引退し、何が一番嬉しいかと言えば、もう二度と教授会、何とか委員会、コミッティーなどに出なくても良いことです。

大学の教授職に就く人は、井の中のカワズ…と書いてから、私もその傾向があったと気付き、ちょっぴり反省しますが、全体を観る目がなく、協調性というものがありません。一種のオタク集団なのです。もっとも、オタクでなければ成しえない研究があることを認めたうえのことですが、それにしても自分の専門以外のことはまるで中学生程度のコモンセンス、社会性しか持っていない人が多いのには驚かされます。 

更に悪いことに、教授会や委員会では皆平等で、新任の先生も、その分野ではチョットした権威の老教授も、学部長も発言権は同じなのです。私自身に経験はありませんが、会社、企業では上役、社長さん、専務さん、部長さんを前に、入社したばかりの平の社員が、議題と関係ない、自分の専門分野のことをトウトウと述べ、遮る者がいないという事態は起こらないと思うのです。

ところが、教授会、何とか委員会となると、必ず声の大きなシャベリタガリ屋が登場し、議題とかけ離れたことを、主に自分がいかに素晴らしい意見を持っているかということを長々と話すのです。それを中断させる先生はおらず、また始まったか、参ったな~という表情で下を向くか、会議を抜け出すだけなのです。

そのうちに、彼、彼女の長いオシャベリ演説に対抗するように、別の教授が、その説はもっともな点もあるが、こういう考え方もあるなどとヤリ出すと、もう何のための会議だったか分からなくなります。

オシャベリのプロ(教室では生徒さんが反論せずに聞いてくれるだけですから…)たる教授陣に勝手にしゃべらせておくと彼らの独壇場になり収集がつかなくなります。オマケにそのような議事と関係ない弁舌をした先生が、「私は次の会議がありますから(またはアポイトメントがありますから)、これで失礼します」と、サッサと退場することがママあるのです。私でなくても、「アンタ、何しに来たの?」と言いたくなるというもんです。

私が関与した委員会は、新しく雇う教授、助教授、講師を選ぶ雇用委員会、これは応募した人の履歴、論文などに目を通し、書類で5、6人に人数を絞って電話インタビューし、さらに3人くらいにこちらが旅費一切持ちでキャンパスに来てもらい、実際に面接し、デモンストレーション的な授業をやってもらい、誰を雇うか決めるという、時間がヤタラにかかるプロセスを踏む、時間食い虫の委員会、また、誰を助教授から永久就職の本教授にするかの委員会、研究費の割り当て、学会に派遣するための費用、誰の論文、詩集、創作を出版するかを決める委員会、誰に1年間の研究休暇(サヴァティカル)を与えるかの委員会、大学に新しい講座を設けるかどうかの委員会、奨学金をどのように振り分けるかの委員会、図書館運営委員会、教室にどのようなハイテック機器を入れるかの委員会などなど、思い起こすとあきれるくらいの委員会に顔を出しています。頼まれると断れない私の身から出たサビだと分かっていますが、誰かがやらなければならないと…ツイ、受けてしまうのです。

ア~ア、来年からこんな取り止めのない委員会、会議に出なくてもいいと思うだけで、肩がスーッと軽くなります。

もう一つ、安らかな睡眠を妨げているのは、恐らくどんな偉い先生でも体験していると想像していますが、授業で、“アレッ? 間違ったことを言ってしまった。どうしよう、明日すぐにも、調べ直して、生徒さんに謝らなけば…”といった事態が2週間に一度はあるものです。頭の中から、授業のことが抜けないのです。こんな不眠の凶源も来年からなくなることでしょう。

ダンナさんは、「オメ~、来年になったら、授業や生徒を懐かしがるんじゃないか?」と言っていますが、そんな心配は全くご無用、キャンパスの前を通っても、懐かしさのあまり構内に迷い込むことなどあり得ません。それどころか、アハハハ、ミンナ、つまらない会議に時間を浪費して、かわいそうに…と思うだけでしょうね。

そして、私の来年の計については、あまり盛大に公表すると、鬼だけでなく周りの皆に笑われる可能性がありますので、秘密にしておきます。 

-…つづく

 

 

第629回:ご贈答文化の不思議

このコラムの感想を書く

 

 

 

 

 

 

 

 


Grace Joy
(グレース・ジョイ)
著者にメールを送る

中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

■連載完了コラム■
■グレートプレーンズのそよ風■
~アメリカ中西部今昔物語
[全28回]


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第100回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで
第351回~第400回まで
第401回~第450回まで
第451回~第500回まで

第501回~第550回まで

第551回~第600回まで

第601回:車がなければ生きられない!
第602回:メキシコからの越境通学
第603回:難民の黒人が市長になったお話
第604回:警察に車を止められる確率の件
第605回:日本と世界の浮気事情を比べてみる
第606回:寄付金と裏口入学の現実
第607回:狩猟シーズンと全米高校射撃大会
第608回:アルビーノの引退生活
第609回:人間が作った地震の怪
第610回:チーフ・エグゼクティブ・オフィサーとは何か?
第611回:ホワイトハウス・ボーイズの悲劇
第612回:Hate Crime“憎悪による犯罪”の時代
第613回:ルーサー叔父さんとアトランタでのこと
第614回:“恥の文化” は死滅した?
第615回:経済大国と小国主義、どっちが幸せ?
第616回:“Liar, Liar. Pants on Fire!”
(嘘つき、嘘つき、お前のお尻に火がついた!)

第617回:オーバーツーリズムの時代
第618回:天井知らずのプロスポーツ契約金
第619回:私は神だ、キリストの再来だ!
第620回:両親の老後と老人ホーム
第621回:現在も続く人身売買と性奴隷
第622回:高原大地のフライデー・ナイト・フィーバー
第623回:山は呼んでる? ~100マイル耐久山岳レース
第624回:ウッドストック・コンサート
第625回:セクハラ、強姦、少女売春、人身売買
第626回:学期始めのパーティー
第627回:西洋の庭、日本の庭

■更新予定日:毎週木曜日