第116回:ロビンソー・クルソーの冒険 その3
そこへスペインの沿岸警備艇が現れ、曳航され、イミグレーション、税関の検査があり、Gもドミニークもマーシャも、スペインの入国手続きを全くしていないことが判明、もちろんモロッコの出入国もしておらず、ヨットでスペインに密入国したことになり、おまけに隠そうともせずにキャビンに放ってあったコーヒーの空き缶数個にマリファナが詰っていたのが発覚し、Gはその場で逮捕、拘置所へ連行され、“ロビンソン・クルーソー”はスペインの海軍、税関桟橋に繋がれたのだった。
Gはズボラな密輸で牢に入ることになったのだが、その時Gは二人のティーンエイジャー、ドミニークとマーシャは全くマリファナのことを知らなかった、事件とは無関係だと証言し、二人を庇ったのだった。
ドミニークとマーシャがまだ産院にいたイヴの元に駆けつけ、Gと“ロビンソン・クルーソー”に何が起こったかを知らせた。
大きなお腹を抱えてビスケー湾を渡り、セーリングを続けてきただけでも呆れるが、ここからイヴの真骨張が始まる。イヴによれば、この危機、彼氏Gが逮捕され、“ロビンソン・クルーソー”もアワヤ没収という絶望的な事態を救ったのは、まだ目も開かない生まれたばかりのキャシーだということになる。
赤ん坊に弱く、甘いのは世界中どこの国、民族でも同じだが、とりわけ、スペイン人にあってはどんなイカツイ男でも赤ん坊を見ると顔がほころぶのだ。また、乳飲み子を抱えた母親に同情を寄せる。ジプシーの物乞いが赤ん坊を大事な道具として利用する所以だ。ボロをマトイ、乳飲み子を抱えた物乞いが、「この子のミルク代を…」とやると、財布の紐が一挙に緩むのだ。
イヴは生まれたばかりのキャシーを抱きかかえ、Gに面会し、それから“ロビンソン・クルーソー”を引き取りにお百度を踏んだ。船の所有権はGだけの名前になっていた上、Gとイヴは正式に結婚していなかった。
ジブラルタルの岩、ザ・ロック、スペインとの国境にある
イギリスのヨット、ボート、レジャー船舶の登記は、保険会社のロイドに登記しているかどうかが鍵になる。他は地元のヨットクラブ的な組織が発行している証書があるだけだった。その中で英国ローヤルヨットクラブのメンバーになり、そこに登録してあるなら、その登録証は全世界に通用する証明書の役割を果たしていた。英国ローヤルヨットクラブに登記してあるヨット、ボートは、イギリス沿岸や海外でも、むしろ少数派だったが、ともかく権威あるものだった。
イヴはバスで英国領ジブラルタルの国境の町ラ・リネアまで出向き、そこから飛行場を歩いて渡り、ジブラルタルに入国し、イギリスに住んでいる妹だか姉に船の詳細を知らせ、ロイドの登録をやってもらい、その証書を持って、誇りあるエリートクラブ、英国ローヤルヨットクラブのジブラルタル事務所、派出所みたいなものだろうか、で登記したのだった。その間、約10日間はアルヘシラスの安ペンションで暮らした。
そんな離れ業が本当にできたかどうか、これはすべて「イヴ曰く」という条件が付くにしろ、“ロビンソン・クルーソー”のホームポートはジブラルタルになり、所有者はイヴになったのだった。この話しでいくと、Gは自分で造ったヨットをイヴにかすめ盗られたことになる。私は何らかの形で、たとえば日付を偽装し、Gが密輸で捕まるはるか以前の日付にして、Gがイヴにヨットの譲渡証明書を書いたのではないかと想像している。
“ロビンソン・クルーソー”の船籍証を持って、今度はアルヘシラスの税関へ船を引き取りに行ったのだが、ことは簡単ではなかった。そこから、また乳飲み子キャシーを抱えたイヴの執拗な泣き落とし作戦が始まった。スペインサイドにすれば、マリファナ密輸に使われたヨットを、「はいソウですか…」と引き渡すわけにはいかないのだ。イヴは彼女の持ち船を、出産のために入院している間に、Gが勝手にモロッコからの密輸に使った。密輸は全く彼女のあずかり知らぬことだと強行に談判した。そんな理屈が通るのか、ただ税関が自作のボロヨットの処理に困っただけなのか判然としないが、イヴは“ロビンソン・クルーソー”を引き取ることができたのだった。
ジブラルタルのマリーナ(参考イメージ)
ところが中古の船外機が動いてくれないので、税関桟橋を離れることができず、困り切っていたところ、見るに見かねたのだろう、警備艇の機関士が半日がかりで修理してくれたというのだ。「この乳飲み子のミルク代を!」と、税関職員、警備艇乗組員の間を回り、相当な義援金を集める……そこまでやれば、ハナシが完結するのだが、流石にジプシーの子連れ乞食レベルにまでイヴが落ちなかったのが残念に思えるほどだ。
アルヘシラスの税関桟橋からジブラルタルへは南に大きく開いた湾を横切るだけだ。だが、それがイヴにとって完全に彼女の責任で操船した初航海になった。距離にして2マイル(3.5Km)ほどだろうか、船外機がマジメに動いてくれたので、アルへシラス湾を横切ったときには問題はなかった。だが、ジブラルタルのマリーナに入り、ポンツーンに着けるのは別の技量がいる。
カタマラン・ヨットの参考イメージ(本文とは全く違います)
カタマランは二つの船体の両方にエンジンを通常装備している。狭い港内で回る時に、たとえば右に回るなら右エンジンを前進、左エンジンをバック、後進にする。それで船の長さほどのスペースで十分回転できる。だが、“ロビンソン・クルーソー”は二つの船体を繋ぐ真ん中に馬力不足の船外機が取り付けてあっただけだから、操船が難しくなる。おまけに幅があるから、マリーナではカタマランが入り込めるスペースを用意していない。普通のヨット、2隻分のスペースを取ってしまうからだ。
イヴはジブラルタルのマリーナ接岸の模様を面白おかしく、自分を道化役に仕立てて語った。マリーナの事務所からだけでなく、それこそマリーナ総出で指南ともヤジともつかない声援が飛び交い、何度アプローチしてもうまくポンツーンに入ることができず、そこに係留しているヨット乗りは、自分の船に衝突されることを心配してかフェンダーを用意し、長いボートフックを持ち出し“ロビンソン・クルーソー”の接近に備えた。
イヴが緊張したのを敏感に感じ取ったキャシーがイヴの腕の中で火がついたように泣き出し、混乱に輪をかけた。イヴはあれほど頭が真っ白になったことがないと回述した。
そこへ、救世主が現れたのだ。フランスの若者がゴムボートで接近してきて、“ロビンソン・クルーソー”から舫いロープを受け、曳航し、一旦ロープをポンツーンにいたマリーナの職員に渡し、それから巧みにゴムボートで“ロビンソン・クルーソー”を後押し、横押ししたりして、所定のバースに入った時には、大きな拍手、歓声が上がったという。
第117回:ロビンソー・クルソーの冒険 その4
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