第11回:Greyhound (3)更新日2006/03/02
台所から漂ってくる香りだけでも、今夜の夕食が素晴らしいものであることはすぐにわかった。すでに2時間近くも彼女一人でキッチンに立ちっぱなしだ。手伝いを申し出たのだが、料理がテーブルに並ぶまでは覗き見するのも駄目だという。そう言われると、空腹感を抑えてこの香りを嗅ぎ続けている身には、否が応でも晩餐への期待が高まるというもの。
散々焦らされてやっと目の前に出てきた品々は、朝昼晩一度にまとめて摂らされるかのようなボリュームだった。食前のワインから始まって、パンプキンスープ、モッツアレラチーズとトマトのサラダ、ナスとトマトのグラタン、丸々一羽のオレンジ・チキン、スピナッチ・パスタと続き、最後のエスプレッソが出てきた時にはもう勘弁といった状況。
さあ、やっと一服できるぞと席を立ちかけたその時にモニカがひと言、「ごめんなさい、キッチンが小さいからたくさん料理できなかったけど、十分に満足した? じゃあ、そろそろデザートにしましょうよ」、えっ・・・。
食後は彼女とアジアの旅話で盛り上がった。実は彼女もアジアを10ヵ国以上旅してる大のアジア好きである。始めはお互いにアジアの好きなところ嫌いなところをさりげなくやり取りしていたのだが、その流れはやがて旅人会話お決まりのどちらが凄い経験をしたかというパーソナルな自慢話へと自然に移行していった。
それにしてもこうやって海外での経験を活かしながら活躍している欧米人と話していると、バックパッカー・スタイルで旅に出ている日本人からは、例えそれが優秀な人材であってもビジネストリップや留学という形で海外へ出ている人とは違って、常に世捨て人風なイメージがつきまとうというのは否めない。何処に本当の理由があるのかはわからないが、とりあえず海外で自由気ままに過ごした時間を有効に生かしてカムバックする余地がほとんどないということはあるのかもしれない。
そのことと関係しているのかどうかはわからないが、自分の周りでは海外へ出た日本人は一旦日本へ帰ることはあっても、また海外へ出ていることが多い気がする。もちろん自分で見聞きできるものはやはり偏ったものになるし、こういう議論自体が意味のない酒の肴的などうどう巡りの時間つぶしであって、海外でも場所や交友関係によって左右されるところが大きいだろうから、やっぱり最終的には日本人だからだとかなんとかではなくて、それぞれが自分で落ち着きやすい場所へと自然に落ち着くものなのだろう。
-…つづく
第12回:Hong
Kong