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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第730回:ふたつのデゴイチ - 津和野駅 -

更新日2021/05/06




津和野という駅名を、小学生6年生の頃に知った。1979年。鉄道趣味誌を読み始めたばかり。国鉄が山口線の小郡~津和野間でSL列車を走らせるという記事があった。あの頃はブルートレインブームでもあったから、小郡駅は知っていた。現在は名前が変わって新山口駅になっているけれど、当時は小郡駅と言えば、東京発九州行きのブルートレインが早朝に停まる駅のひとつだ。SL列車はその小郡駅から山間に入り津和野に至る。津和野駅は初めて読む駅名だ。どんなところだろう。なぜSLは津和野に向かうんだろう。

01
津和野駅

鉄道趣味雑誌に、津和野駅に転車台が残されて、SLの運行に都合が良いとわかった。後に、SL復活運転にあたり、山口線は京阪神から新幹線で訪れてもらうにはちょうど良い路線だという事情も理解した。赤字国鉄としてはSL運転で増収したい。山口線で走らせると、大阪、名古屋、東京から新幹線で来てくれるだろうという算段だ。小学生にとって、そんな知識も面白かった。ひとつ賢く、大人になった気がした。

次の津和野の知識は20年後だ。私は通勤電車で文庫本を読んでいた。とくに内田康夫さんの旅情あふれるミステリー小説「浅見光彦シリーズ」が好きで、その中に『津和野殺人事件』があった。津和野が山陰の小京都と呼ばれているそうだ。しかし、子どもの頃から歴史について興味が薄かったけれども、古い建物が残り、水路に錦鯉が泳ぐ町なんて面白いな、と思っていた。弟の影響で熱帯魚水槽を持っている。観賞魚好きとして錦鯉は見たい。

益田から普通列車で津和野に来て、SLやまぐち号の上り列車、新山口行きに乗る予定だ。発車は15時45分だから3時間半も空いている。よし、これから津和野への興味を深めよう。津和野らしい景色を観て、津和野らしい昼飯を食べよう。しかし、その前にやっぱり鉄道だ。20分後に下りのSLやまぐち号が到着して、それから20分ほどで転車台にやってくる。町歩きよりSL、私の本来の目的が先だ。

02
駅前の「D51 194」

津和野駅到着時に見かけた静態保存機のデゴイチを見物した。194号機。1939(昭和14)年の製造で、関東・東北で活躍した後、広島に移り、1971(昭和46)年から津和野機関区に所属。1973(昭和48)年まで山口線で走り引退した。国鉄時代末期は石炭や石油などを運んだようだけど、きっと暮らしの必需品も運んだはずで、その頼もしさ、ありがたみがあればこそ、こうして街のシンボルになっているはずだ。転車台は線路の向こう側にある。転車台も見える。しかし、そこに向いた駅の出入り口はないから、県道を歩いて踏切を渡り、少し戻る。のんびり歩いて10分もかからなかった。今朝から曇りや小雨だったけれど、転車台広場に着く頃には青空が見えてきた。これから乗るSLやまぐち号の車窓は晴れだ。

03
転車台から津和野駅を見る

転車台のまわりに観客が集まっている。ほとんどが親子連れで賑やかだ。そしてここから津和野駅まで見通せる。デジカメをズーム状態にして待っていると、やがて微かに汽笛が聞こえて、SLやまぐち号が到着した。それからしばらくは動きがない。きっと降りた乗客たちが記念写真を撮るなどしているだろうな。楽しい旅だったに違いない。蒸気機関車の旅は終着駅の余韻も大切だ。こちらとしては、そろそろ来てくれないかと待ち遠しいけれども。

04
下り「SLやまぐち」到着

SLやまぐち号の機関車は2種類あって、運行開始当初から担当しているC57形1号機と予備機のD51形200号機だ。今日はD51形200号機だった。同じD51形でも194号機は静態保存で、6番違いの200号機は現役だ。運命の岐路を見たような気がする。D51形200号機は引退時に状態が良かったため、梅小路蒸気機関車館で動態保存されていた。営業路線の復帰は2017年。西日本で唯一、営業路線運行できるD51形だ。C57形は華奢で整っている。D51形は大型で迫力がある。

05
いったん本線へ引き上げる

蒸気機関車の煙が高くなり、動き出したようだ。客車を引っ張ったまま本線上をこちらに向かってきた。蒸気機関車はD51形200号機だった。本線は転車台のそばだから、転車台で待機していた私たちも本線走行を撮れる。そして本線上に停車し、安全確認のあと、後退していく。もどった先は、プラットホームのない1番線だ。そこで蒸気機関車と客車を切り離し、機関車だけ引き上げ線に入って、また折り返し、さらに一度折り返して転車台にやってきた。

06
本線上で停車

13時55分に特急スーパーおき同士のすれ違いがあるから、いったんプラットホームを空ける必要がある。なんとも手間のかかる作業だ。でも、そのおかげで観客は蒸気機関車が行ったり来たりする様子を楽しめる。そしてこの時間に、SLやまぐち号で津和野までやってきた人々が、転車台に集合できる。

07
機関車だけ転車台にやってきた

ところが、D51形の巨体が転車台に載ると、90度だけ回転して整備場に移ってしまった。えっ、そこはファッションショーのモデルさんのように、くるりと360度回転して、あらためて90度回転するところではないのかな。すぐに機関車を整備場に入れたいかもしれないけれど、私は360度回転すると思っていた。蒸気機関車を至近距離で見物するからには、顔からお尻まで、右も左も観たい。他のSLでもそうだった気がするし、SL観光客向けのショータイム。当たり前のサービスだと思っていた。国鉄がSLを復活運転したときは、そこまで気が回らなかったか。

08
90度回転して整備場へ

整備場に入った蒸気機関車は、アタマを鉄骨の櫓に突っ込んで、ライオンの顔みたいだ。煙突には太いパイプが据え付けられて、整備中の排煙をまき散らさないよう配慮されている。こうなったらしばらく動かないだろう。私は津和野駅に戻った。あと2時間。街を歩いて、昼飯にして、ちょうど良い時間である。

09
整備場着

10
ライオンの頭


-…つづく

 



杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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■著書
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