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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第524回:煤けたレッドカーペット - 宮崎空港線 -

更新日2014/08/28


JR九州の宮崎空港駅は、空港ターミナルの正面玄関を出て右を向いたところにある。高架駅で、階段とエスカレーターで上る形だ。予定のなかった場所に、後から線路と駅を作ったからこんな形になってしまう。空港隣接駅ではよく見かける形だけど、本当は地平のまま徒歩で乗り換えられたら便利だったろう。

宮崎空港は日本海軍の航空基地だった。1954年に航空大学の訓練飛行場として転用し、1961年に旅客機用の空港となった。高度成長期で、“南国、宮崎”は新婚旅行の定番となった。宮崎市中心部に近く、空港敷地の西側にJR日南線の線路が通っている。


宮崎空港駅(左)と宮崎空港ターミナルビル

街と駅に近い空港を、もっと便利にしたい。そこで日南線に田吉駅を作り、そこから線路を分岐して、空港敷地内に高架で引き込んだ。これが宮崎空港線で、開業は1996年であった。開港の35年後に乗り入れた鉄道だから、なるべく既存の施設の邪魔にならないように高架駅として作られた。ガラスとコンクリートでデザインされ、都会的な雰囲気だ。

エスカレーターを上ると正面に改札口があり、その奧へとホームが伸びている。島式ホーム1本で、その両側に特急電車の787系と普通列車用の817系が停まっている。どちらも水戸岡鋭治氏による独特のデザインで、異国情緒を感じる。

風ちゃんは鋭角的な顔の787系に興味を持ったようだ。「たぶんアレに乗るよ」と言ったけれど、これから窓口で全行程のきっぷの手配をする。次の電車が違う形だったらガッカリさせてしまうかもしれない。期待させるような言葉は慎もう。


797系と817系が並んでいた

いまは08時15分過ぎ。乗車予定の列車は09時07分の宮崎行きだ。窓口はひとつだけ。こちらのきっぷは時間がかかるから、いったん他の客に譲ってベンチに座る。風ちゃんは窓口で免許証を見せた後、トイレに行くと言って階段を降りた。空港を見物するつもりだろう。きっぷの購入は私の領分で、安心して任されたか、退屈でつきあえないか、その両方だ。

窓口で年配の係員が懸命に発券機を操作している。発売されたばかりの"HAPPY BIRTHDAY KYUSHU PASS"だ。まだ慣れていないかもしれない。さらに私はメモを差し出して、乗る予定の指定席もすべて請求した。今日の“海幸山幸”、明日の“SL人吉”、明後日の“指宿のたまて箱”、そして九州新幹線のグリーン車2回。小さな駅の窓口では申し訳ない作業である。


窓口氏のお手数をいただいたきっぷ

一般的な片道きっぷなら東京でも予約購入できる。しかし、"HAPPY BIRTHDAY KYUSHU PASS"は九州内の販売である。このきっぷがないと、特典の指定席券も手配できない。そこはちょっと不便だ。割引きっぷにありがちな制限のひとつだと割り切るしかないか……。発券機“マルス”のご託宣によると、“海幸山幸”の指定席は一つしかない。これは断った。二人旅だし、この列車には自由席がある。

“SL人吉”は離れた席になるという。それも問題ない。人気列車だし、席があるだけでも御の字だ。他の列車は並びで取れた。出発当日から3日分。完全ではないけれど上出来である。私の手元に緑のきっぷが何枚も差し出された。ポーカーの手札のようだ。"HAPPY BIRTHDAY KYUSHU PASS"が1枚、きっぷの説明書きもきっぷと同じ紙で発券された。さらに"HAPPY BIRTHDAY KYUSHU PASS"のアンケート用紙があった。グリーン車・指定席の発券記録用の紙には、6個の欄にスタンプが四つ押された。つまり指定席券は4枚あって、これが二人分である。きっぷのロイヤルストレートフラッシュ。すばらしい。勝ったようなもんだ。

窓口で約20分。発券後のきっぷを整理し終わった頃に風ちゃんが帰ってきた。たっぷり散歩してきたようで、満足げである。荷物の番を頼み、交代で私が散歩に出かける。宮崎空港は羽田空港とは比較にならないほどコンパクトで、駐車場の奥まで歩くと、ターミナルビルと駅の全景を眺められる。白い建物とソテツの木が並ぶ。リゾート気分である。

空港ターミナルビルも見物しようと、再び正面玄関へ。外側と内側の自動ドアの間にレッドカーペットがある。さっきは気づかなかった。さすが観光地。ハレの演出だな、と思う。しかし、観光客を迎えるにしては煤けている。いや、むしろ汚い。そして黒い文字が書いてある。
「防疫マット 口蹄疫 鳥インフルエンザ」
英語、韓国語、中国語も併記されていた。

思い出した。2年前、2010年の春に宮崎県で口蹄疫が発生。牛などに次々と感染し大騒動になった。事後処理は年末まで続き、主に牛、そして豚が合計30万頭も殺処分された。いずれ人に喰われる運命とは言え、さらに短い命で殺され、埋められる家畜のニュースを見て、胸が苦しくなった。コメディアン出身の県知事が、宮崎県の食材を宣伝し大成功した頃だった。


空港ターミナル展望デッキから

あれから2年、もう遠い記憶になりつつある。しかし、警戒と予防に終わりはない。宮崎空港はいまでも防衛の最前線だった。「マットをお踏みください」の貼り紙もいま気づいた。私はさっき、ここできちんと靴の裏を擦りつけただろうか。歩くだけで十分だろうか。どうもその知識がない。頭上にスピーカーを置いて、音声で教えてくれたらいいのにと思う。しかし、それが喧伝されると風評被害が長引く。難しいところだ。

展望デッキに上がる。ソラシドエア機の姿はなく、赤い尾翼と青い尾翼が1機ずつ、搭乗橋に係留されている。どちらも小さな機体で、羽田空港の風景を見慣れていると、ここは模型のようだ。階下の土産物屋も巡る。帰路は福岡空港だから、ここには来ない。だからといって土産に手を出すには早すぎた。チキン南蛮弁当を見つける。宮崎と言えばチキン南蛮。食べたい。しかし、次の電車は数分しか乗らないし、宮崎駅に着けば他の選択肢もあるだろう。ここは我慢だ。


787系で出発

スタートライン。駅に戻った。宮崎行き普通列車は787系だった。延岡発の特急“ひゅうが”として到着し、車庫に戻る車両らしい。風ちゃんが乗りたそうにしていた電車でよかった。普通列車とは言え車両は特急である。リクライニングシートである。風ちゃんの巨体をしっかりホールドしてくれる。さい先の良いスタートだ。


離陸直前の飛行機

さっきは高架駅を残念だと思ったけれど、電車に乗ってみれば高架のほうが景色がいい。宮崎空港線は空港敷地内を通っているから、空港の全景が見渡せる。さっき展望デッキから見えた赤い尾翼が、こちらに尻を向けようとしていた。こちらから遠ざかる方向へ飛ぶとすると、今日は東から風が吹いている。東風ふかば……それは福岡、太宰府の話だ。高架区間が終わり、小さな川を渡り、地上を走る。


田吉駅で列車交換

ずっと空港側を見ていたから、宮崎空港線が日南線に合流するところを見過ごした。電車は田吉駅に停まった。向かいのホームに817系電車が待っていた。日南線は単線だ。田吉駅は、宮崎空港線の運行本数を確保するために、列車がすれ違うために作られた。駅の東側は畑とビニールハウス。西側は民家が並ぶ。宮崎への通勤通学駅としても機能しているだろう。いままで駅がなかった方がおかしい。それとも、このあたりでも人々はクルマやバスが主要交通手段だろうか。


南宮崎駅に到着

電車はふたつ目の鉄橋、八重川を渡る。そして線路が分かれ、電車の留置線が現れ、南宮崎駅に到着する。ここで日南線と日豊本線が合流する。宮崎空港線も日南線も初めて乗ったけれど、日豊本線のこのあたりは久しぶりだ。1984年。高校生の春休み。宮崎は30年ぶりの来訪だった。少し北の大分は5年前。ブルートレイン富士の最後の乗車だった。あの時は筑豊へ向かっている。今回は、ほとんどの土地が30年ぶり、そして未踏の地だ。


大淀川を渡る

電車は広い川を渡った。大淀川。宮崎県を代表する一級河川で、都城付近の山が水源という。鉄橋を渡ると、線路はそのまま築堤の上。そして高架線路になって、宮崎市街地を眺望する。09時13分。定刻で宮崎駅に到着した。わずか7分で、宮崎空港線、日南線、日豊本線と三つの線区にまたがり、大淀川ほか二つの川を渡った。それも、特急車両を使った普通列車だ。珍しい体験かもしれない。


宮崎駅直前。桜が満開だ


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。
<<杉山淳一の著書>>

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■著書
『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』
~日本全国列車旅、
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