第669回:夜も閑散区間 - 芸備線 三次~備中神代~新見 -
16時に三次駅に着いて、芸備線の全区間に乗り終えた。ここからどうするかと言えば、折り返して備後落合を通り過ぎ、新見のホテルを予約している。よりによって閑散区間の、列車の本数が少ない路線を折り返す。なぜかと言えば、未乗区間の姫新線と智頭急行線に乗りたいからだ。明日の旅を新見駅から始めたいから、夜間は乗車済みの路線で移動する。三次で泊まってしまうと、明るい時間を移動に使ってしまう。もったいない。廃止届が出たばかりの三江線に乗っても、すぐに暗くなってしまうし、江津や出雲市で泊まると、やはり明るい時間の移動になる。それでも三江線に乗るべきか、山陰本線の景色は何度乗ってもいいなと悩みつつ、結局、未乗区間を優先した。
三次駅。3年前と様子が変わっていた
それにしても、三次駅はこんな駅舎だっただろうか。私の記憶にある三次駅とは違う。前回の訪問は2013年だった。調べてみると、2015年に建て替えられた。白を基調とした明るい建物になっていて、バス乗り場やタクシー乗り場に面した佇まいは地方の小さな空港のようだ。しかし、外観はきれいになったけれど、プラットホームと跨線橋を結ぶ階段にエスカレーターはなかった。駅舎と駅前広場の整備は自治体の補助金が出たけれど、駅の中まで改装してもらえなかったらしい。
跨線橋から。東武鉄道へ譲渡された転車台の撤去跡
次の芸備線備後落合行きは17時29分発だ。1時間半も空いている。どっちに行っても効率が悪いし、そもそも中国地方の列車乗り継ぎで効率を求めても仕方ない。肩の力を抜いて、そうだ、弁当を買いに行こう。この時代、三次に駅弁があるはずもなく、この際コンビニでもあれば食料を調達できる。ところが駅前にコンビニは見当たらず。駅舎の小さな売店がセブンイレブンだったと後で気づく。スマホの地図を呼び出し、徒歩5分の場所に商業施設がある。地方のスーパーの棚には地元の珍しい品があるかもしれない。
三江線の浜原行き。乗ろうかとしばらく迷った
店内を見物。書店で友人の著書を探したらなかった。おかしいな。友人の著書はマツダのロードスターの開発秘話で、三次にはマツダのテストコースがある。さてはすぐに売り切れたか。それなら納得だ。弁当はカツ丼と唐揚丼を買った。迷ったから両方買う。食べ過ぎのような気がするけれども、今日は昼飯を抜いている。片方が遅い昼飯、晩飯である。ところが帰りがけにフードコートがあって、お好み焼きのポスターがある。ここは広島である。昼飯を抜いて空腹である。自然な成り行きで注文した。鉄板の前のおばさんに、そばで良いかと聞かれた。うどんも選べるそうだ。そばにして、焼き上がるまで10分ほど待つ。具材は選択できないようで、何が入っているだろうと不安になる。海鮮が混じったらどうしよう。まさか680円のお好み焼きで牡蠣はない。差し出されたお好み焼きを箸で割る。豚肉だった。安心した。
夜の三次駅はますます空港のような姿になる
備後落合行きの車内は女子高生のグループが二組と、一人客がまばらだ。単行ディーゼルカーで座席は四分の一ほどが埋まる。私はボックスシートを一人で使わせていただく。もう車窓は暗くなっている。七塚駅で降車客がもたついた。広島から乗車して、ICOCAで支払いたいという。車内にICカードの精算機はないので、現金で芸備線区間だけ精算、下車証明書を渡し、後日対応する駅で出場処理ともう一度精算をするという。面倒な手続きになったようだ。
車窓に国道の渋滞が見える。この列車がテールランプの行列を追い越していく。地方でも鉄道は必要じゃないか、と思ったけれど、渋滞の原因はこの列車の通過を待つ踏切だった。踏切がなければ渋滞しないのか。やっぱり鉄道は邪魔なのか。備後庄原で乗客半分が降りて、青いジャージの男子高校生グループが乗ってきた。
芸備線の備後落合行き
真っ暗な備後落合駅に着いた。高校生を含めて残りの乗客は駅舎を出て、迎えのクルマで去った。つまり乗り通す人はいない。ひとりぼっちか。孤独には慣れているけれども、寒さがつらい。12月の山の中である。ガリガリと気動車の音が聞こえる。
「寒いでしょう、この車両の発車まで中にいていいですよ」
年配の運転士さんが声をかけてくれた。昨日の夜の気温は4度まで下がったそうだ。ありがたく車内に座らせていただく。19時09分発だから、19時まで、
「待合室に駅ノートがあるでしょう。よかったら見てってください」
運転士さんに礼を言う。乗客のいない気動車が去って行く。赤いテールランプ。
備後落合駅に到着
夜の備後落合駅はホームと駅舎以外は真っ暗だ。前回来た時も寂しい場所だと思っていたけれど、夜の寂しさは想像以上である。駅舎に移動し、駅ノートを眺める。壁には駅守さんの新聞がある。写真がたくさん飾ってあって、撮影者はすべて山岡さんである。
闇の中でかがやく駅
新見行きの列車は発車時刻の10分前に到着した。降りる客はいない。運転士さんが私を見て、
「ずっと待っとったですか。寒いところすみませんなあ」と言った。
ダイヤを承知で来ている物好きだから気にしないでと応じたけれど、接続が悪くて申し訳ないという。
「昔は直通列車もあって、そのほかの列車も接続ができてんです。昔から通しで乗っていた人はいま、ここまでバイクや車の送り迎えになってしまった。三江線もなくなるけど、これじゃあ乗りたい人も乗れません。病院へ行く人や高校生もいるのに…」
寂しそうに、ゆっくりと話してくれた。木次線の活動について少し話した。
「それはJRも参加しているんでしょうか」
「ええ、木次鉄道部さんが協力してくれています」
それはよかったと、すこし安心したようだった。
カフェメニューのような黒板時刻表
発車前、新見の洞窟のパンフレットと、手製の美術館案内地図、千屋牛の店について書かれたチラシをくれた。運転する路線の沿線を愛しているのだ。いい人だと思う。千屋牛は新見市特産の黒毛和牛とのこと。出荷が少なく、岡山以外には出回らないという。今日は無理かもしれないけれど、いつか食べに来よう。
新見行きの最終列車
20時12分、定刻に発車。備後落合駅からの最終列車だ。この駅から三つの方向に列車が走るけれども、定期列車は合計で10本である。繁忙期だけ芸備線の臨時が1本増えて、木次線の奥出雲おろち号が来る。
備後落合から新見まで、途中に11の駅がある。しかし乗ってくる人はいなかった。真っ暗な車窓で、ときどきパシャッと水を被るような音が聞こえる。外は雨のようだ。
「お客さん、寒くないですか」
途中の駅で運転士さんが心配してくれた。
「大丈夫です」と応えて、コートを着たままだったと気づく。それで運転士さんが気にしてくれたのか。コートを脱いだ。働いている運転士さんに申し訳ないような気がして弁当は食べないでおいた。まるでタクシーに乗っているような、二人だけの空間の気遣いである。時刻表を開き、明日の日程を再検討してみる。
21時35分、新見着。1時間20分ほどの乗車であった。運転士さんにお礼を言って降りる。この列車は折り返し東城行きとなって、今日の任務を終える。プラットホームで男の子と父親が列車を待っていた。都会では珍しくないけれど、田舎の駅では目立つ組み合わせだ。どんな暮らしをしているのか。父親はたぶん私より若い。
新見駅に到着。宿へ行くしかない
-…つづく
|