■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)


1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。




第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第101回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで

第301回:旅と日常の舞台
-神戸新交通ポートアイランド線-

第302回:車両を持たない鉄道会社
-神戸高速鉄道-

第303回:街から10分でダムの山
-神戸電鉄有馬線 1-

第304回:スパイラルと複線化工事
-神戸電鉄粟生線-


  ■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)

マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

■著書

新刊好評発売中!(6/23/2009)
『もっと知ればさらに面白い鉄道雑学256』
杉山 淳一 著(リイド文庫)



『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』
杉山 淳一 著(リイド文庫)


■更新予定日:毎週木曜日

 
第305回:大学の先輩の取材顛末 -北条鉄道-

更新日2009/10/29


北条鉄道は現在の第三セクターになる前は国鉄北条線だった。JRに転換する前の1985年に加西市を中心とした第三セクターになった。私の記録によると、国鉄北条線時代の1984年4月に訪れている。廃止になりそうだという焦燥感があって乗りに来たけれど、その翌月に第三セクター転換が決まった。今のように津津浦々の情報が手に入る時代ではなかったから、私が訪れたときは存続という既定路線だったかもしれない。

あの時は、高校の同級生と加古川線系統の路線にすべて乗った。この辺りは加古川線を幹として、鍛冶屋線、三木線、高砂線、北条線が枝になっていた。この枝のうち、鍛冶屋線、高砂線はとっくに廃止され、第三セクター化された三木線もこの春(2008年)に廃止された。唯一残った枝が北条線だ。廃止された路線に乗っておいて良かった。そして、北条鉄道は残って良かった。そう思いつつ、国鉄時代に乗ったし、とくに印象に残る景色でもなかった。二度と訪れることはないと思っていた。


ショッピングセンター開業記念のヘッドマーク。

ところが人生も40年ほど経験すると、面白いことがたくさんあって、なんと、知り合いが北条鉄道の社長になった。現社長の中川暢三さんだ。彼は大学のゼミの大先輩で、後輩全員から「チョーゾーさん」と呼ばれていた。それだけの知り合いのはずが、あるときOB会で挨拶したら、私たちはなんと、同じマンションを契約して入居待ちだった。私たちは2年ほど、扉を向かい合わせた所に住んでいた。

彼は大企業に勤めながら政治家を志し、某県の知事に立候補したり、某区の区長に立候補していた。政党にも属さない素人で泡沫呼ばわりされていた。しばらく顔を見なくなったなと思ったら、北条鉄道の社長になりかけていた。なりかけていた、というのは、彼がその立場を固持していたからだ。彼はいつのまにか兵庫県加西市の市長に当選していた。加西市は第三セクター北条鉄道の最大の株主で、市長すなわち社長になるはずだ。

しかし、彼は民間から適任者を起用したいと考えていた。これは周辺からずいぶん反発されたらしい。その後いろいろあったようで、結局、北条社長に就任した。政治はよくわからないけれど、鉄道ファンの私にとっては愉快な話だ。遊びに来いよと何度か誘われた。しかし北条線にはもう乗ってしまったので、実は興味がなかった。ところが私の本業で近距離都市交通の特集企画があって、知り合いにこんな人がいると言ったら企画が通った。先輩であり加西市長でもある北条鉄道社長にインタビューすることになり、ひょんなことで北条線再訪が実現した。


ラッシュ後の車内は意外と混んでいた。

今回の旅がいつもの旅と違うところは、私が乗ることが鉄道会社の全員に筒抜けになっているだろうことだ。加西市の秘書さんからは姫路駅まで迎えの車を出すとまで言われ、さすがにそれは恐縮して断った。しかし到着時刻は告げてある。粟生駅からディーゼルカーに乗るけれど、列車は1時間に1本しか走らないから、この列車によそ者がいたら私であった。しかし自ら言うことではないから、いつものように運転士さんからフリーきっぷを買った。彼もいつものように対応したと思う。

24年ぶりの北条線の風景は新鮮な印象だ。なにしろ何も覚えていない。高校時代は乗ること自体が楽しくて、観光もせず、お金がないから写真も撮らず。今のように文章で残しておけば思い出せたのにと思う。でも、忘れていればそれもまた楽しい。小さな集落を抜けて、田んぼの中の1本線路。24年前もこうだったような。いや、家の数が多いような。最近の工法の住宅が多いから、やはり景色は変わったと言える。


セイタカアワダチソウに囲まれる。

全7駅の小さな鉄道である。1両のディーゼルカーはひとつずつ丁寧に停まっていく。お客さんは意外と多くて、そこだけは間違いなく24年前とは違う気がした。料金や助成、パークアンドライドなどで市民に乗りやすい仕組みができたかもしれないし、年寄りが増えたせいかもしれなかった。線路脇に黄色い花がたくさん咲いていて、列車の通過を喜ぶように揺れている。菜の花に見えるけれど今は秋。後に市長の秘書さんからセイタカアワダチソウだと教わった。とてもキレイだけど、保線する鉄道側からすると厄介な雑草なのだいう。難しいものである。

法華口駅、播磨下里駅、長駅と古い駅舎が残っていた。まずは終点まで直行して市長に挨拶し、写真を撮らせて頂く段取りになっている。だからいまは車内から各駅を眺めるだけだ。明日はすべての駅を訪問する予定である。播磨下里駅にはボランティア駅長を務める住職が通ってくる。彼へのインタビューも手配して頂いた。楽しみだ。北条鉄道の中間駅はすべて無人駅で、社長のアイデアでボランティア駅長を募った。これはかなり話題になって、「新日本様式」という賞を頂いたという。


古い駅舎が残る長(おさ)駅。

満開のコスモス畑を過ぎ、播磨横田駅には真っ赤な鎧を着た武士が立っていた。武士は運転士に挨拶し、運転士もご苦労さんですと返している。あの赤い武士もボランティア駅長さんで、本日午後に取材させて頂く予定である。約束の時間はまだ先だが、もう駅で待っていらっしゃる。運転士さんはそれを知っていて労ったのだろう。その武士駅長の待ち人は、運転士の真後ろに立っている私である。しかし、今は黙っていることにする。ここで挨拶を始めて、もしも話が長引いてしまうと列車の運行に差し支えそうだ。私は心の中で感謝の手を合わせた。


コスモス畑も満開。


播磨横田駅で武士が待っている。

前方に町が見えてきた。左と右にイオンとジャスコの看板が見える。どちらも同じ系列で、この至近距離に二つは要らないだろうと思う。これも後で聞いてみると、もともとジャスコがあって、もうすぐ新しくイオンが開業し、ジャスコはイオンに統合され、跡地はホームセンターになるそうだ。ローカル線の終点が鄙びているとは限らない。北条鉄道を残すには利があるのだろう。それは社長から聞くことにする。彼は何か思うところがあって社長職を固持したというけれど、本当は経営やビジネスが好きで本職である。明るい話を聞かせてくれるに違いない。

終点の北条町駅は新しい建物で、引き込み線の先に車両工場もある。粟生寄りに新しい終着駅を造って路線を短縮したという。実は元々あった駅の敷地には市のコミュニティセンターが建っている。鉄道を残すためにいろいろと工夫したようだ。ホームに降り立つと前方にスーツ姿の男性がいて、やはり私を出迎える人々だった。挨拶を交わして待合室で待っていると、ほどなく社長が現れた。「よく来てくれましたね」と握手を交わし、スーツを鉄道の制服に着替えてもらって写真を撮った。


北条町駅に到着。

この後のことは仕事として余所に書いているので繰り返さない。スケジュールだけ書いておくと、私は多忙な市長といったん別れ、列車で引き返して播磨横田駅の武士を取材した。その後、北条鉄道の全駅を訪問して駅周辺を撮影。北条町駅に戻って市長にインタビューした。市長と別れ、市長オススメの国民宿舎にチェックイン。国民宿舎は丘の上にあり、自転車を借りてまた駅に戻り、夕方のラッシュ時の列車に乗って車内を観察。宿に戻って市長、いや、このときばかりは先輩と後輩に戻って食事をした。それからまた自転車で駅に行き、最終列車で往復してみる。乗客の利用の様子を知るためだ。これでこの日の取材は終わり。

翌日も夜明けに自転車で丘を降り、始発列車に乗って取材する。戻って宿で朝食を済ませてチェックアウト。播磨下里駅のボランティア駅長という住職を訪ねた。取材は終了。市の職員さんとも別れ、粟生行きの列車で北条鉄道を後にした。ふだんの旅なら乗るだけ。しかし仕事として取材となると、2日間で数往復し、それと同じ数だけ丘の上下をサイクリングする。これで仕事と遊びのけじめを付けたつもりである。


「新」北条町駅舎。


駅舎内に旧駅の構えが保存されている。
ここで先輩と記念撮影。

-…つづく

(注)列車の時刻は乗車当時(2008年10月)のダイヤです。

第301回からの行程図
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