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■西部開拓時代の伝承物語~黄金伝説を追いかけて

 

【新連載スタート】

第1回:本当にあったかも知れない、実際には起こらなかったかもしれない話

更新日2024/04/18

 

もともと歴史的事実とそうありたい、そうあって欲しかったと願う心情の間に一本のくっきりとした線を引くのは不可能だと思う。伝説の多くは人々の願望が作り上げてきたモノガタリで、事実ではない。 だがそんな伝説の中にこそ、その時代に生きていた人々の真情が作り上げた真実があり、人々の姿が浮かび上がってくるものだと思う。

誰もギリシャ神話に登場するいかにも人間臭い神々の実在を信じてはいないのだろうが、彼ら、彼女らは豊満で強靭な肉体を持ち、人間本来の欲望、弱さ、強さ、感情を豊かに持っていて、縦横に活躍し、伝説を作り上げている。
 
聖書にしてから、荒唐無稽なハナシに満ち満ちているではないか。福音書で一番古いとされているマルコですら、イエス・キリストの死後半世紀以上経ってから書かれているから、マルコ自身はイエスに会ったことも、見たこともないはずだ。だが、そこには綿々と語り継がれてきた伝承が無数にあったのだろう。それらを拾い集め、聖書ライターたちは生き生きとイエスの生涯を書き残したのだろう。そこには事実とかけ離れてはいるが、民衆の中に生きていた信じることによって作り上げられた真実があったに違いない。


私が西部劇の世界に惹かれ、のめり込んで行ったのは多分に小中高時代に観すぎた粗製濫造のハリウッド西部劇の影響が大だと言わなければならないが、私自身、本来荒唐無稽なハナシが好きなのだと思う。それ自体が事実であろうがなかろうが、ハナシが面白ければそれで良いではないかといういい加減なところが私にあるのだ。

これから語るのは、そんなハナシのアメリカ西部開拓時代の集大成だ。だから、出典を求められても答えられないし、ブッチ・キャサディーを起点にした西部アウトロー物語のように、その現場や墓を訪れたことはほとんどない。すべて言い伝えであり、アメリカに蔓延していた“ダイム(10セント)小説”の延長線上にあるモノガタリだと取ってもらいたい。

スペインが盛んに中南米に乗り出し、原住民を騙し、殺し、金銀を漁りまくり、本国に送った時代があった。その財宝の3分の2はスペインに到達せず、海底に没していると言われている。スペインからカリブ海を経て、中南米に行くには東から吹く貿易風に乗ればよく、水に浮かんだピンポン玉のように風が運んでくれるのだが、逆に中南米からヨーロッパに戻るには、一旦北上し、偏西風を掴まえなければならない。当時の帆船は向かい風を間切る(クローズド・ホールド、ビィーティング=beating;風上航)ようにセーリングするには不向きだったし、海洋気象をつかんでいなかった。

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 スペインのガレー船
この船型では追い風には良いが、向かい風をよぎって走らせるのは非常に難しいだろう。
スペインがこの形に拘っている間に、イギリスがどのような風に対しても
セーリングできる小型の帆船を量産し、それが機動力を発揮し、
1588年にスペインの無敵艦隊を破った大きな要因の一つだと言われている。

ヨット仲間でスペインの黄金船探しに熱中している者もいた。水中で使える金属探知機を大枚叩いて買い込み、ヨットにコンプレッサー、ボンベなどのスキューバー道具一式を積み込み、本格的な宝探しに乗り出している強者もいた。だが、素人の宝探しダイバーがスペインの黄金船を発見した話は聞いたことがない。 

一度だけだが、そんな彼らと一緒に潜ったことがある。小1時間ほど水深20メートル内外を散策した時、突然金属探知機のランプが光りはじめ、スワッとばかり、フジツボや海藻がへばりついた異常に重い歪な岩を掘り起こし、ホウホウのテイで引き上げた。マリーナに戻るや否や、ビッシリ付いているこもごもの海藻を剥がしたところ、出てきたのはソフトボールより少し大きめの鉄の球だった。どうにか球面体を保ってはいるが、ぼこぼこの穴だらけで、これが大砲の弾であったことに結びつけるには逞しい想像力が要求された。

大砲の弾が見つかった以上、近くに没船があることは確かだ、それはスペインの黄金船かもしれない…と、宝探しグループは浮き足立った。しかしながら、2週間も潜り、探し回ったが、結局そのイビツな鉄塊だけしか見つからなかった。
いや、私が知らなかっただけで、彼らは金塊を発見していたのかもしれないが…。

スペインの黄金船ほどのスケールではないが、このアメリカ西部は黄金伝説には事欠かない。北アメリカのインディアンは、黄金を尊重、ありがたがらなかった珍しい民族だ。変色せず、錆びない金で首飾り、冠などは作らなかった。そこへ、黄金に偏執狂じみた執着があるヨーロッパ人が侵入してきた。

もしカリフォルニア、アラスカ、コロラドに金山がなかったら、アメリカの西部開発は余程ゆったりとした進行を見せたことだろう。
 
北米の黄金狂時代は、多分に当時の新聞、雑誌が煽り立てたフェイクニュースが作り上げたものだったにしろ、それに踊らされた人は半端な数でなかった。大資本、大企業も乗り出した。実際に金を掘り当てた人は1%にもなるまい。しかし、人間の夢、欲望は統計で測れるものではない。10人、1000人、いや何十万人に一人でも金鉱を見つけた人がいれば、それは現実になり、万人に夢を与えることになるのだ。チャップリンが描く『黄金狂時代』に入ったのだ。

さて、一旦掘り起こした金、銀は延棒にして東部に送り、精製しなければならない。その送ったはずの金塊、銀塊が東部の銀行に届いていない、途中で消え失せることがママ起こった。金塊の輸送は秘密裏に行われたにしろ、そんな秘密はすぐに知れ渡るものだ。また、輸送を任された警備隊員が他の隊員を殺し、猫ババすることも多かったのだ。

かっさらった黄金をすぐに東部や大都市のディーラー、銀行に持ち込めば、すぐに足がつく。ほとぼりをさますため、どこかに隠し、時間年月を置いてからそれを掘り起こし、小出しに現金化する目論みだ。金塊を隠した本人が死んだり、殺されたり、死ぬ間際に隠し場所を誰かに告げたりしたことが、黄金伝説を作り上げていったのだろう。

この手のおハナシが西部には満ち満ちている。
出版物も多く残されており、もっともらしく当時の新聞や電報の記録を調べ上げ、地図入りで書かれたモノもある。それだけ確信があるなら、どうしてお前、自分で探さないのだ、と言いたくなる。だが、それはギャンブルの必勝法、パチンコで絶対に勝つ方法とか、ルーレット、ブラックジャックで大金を稼ぐ方法という本が出回り、結構売れているのと同じで、ギャンブルで勝つのは元締めになるか、必勝法を書きわずかな印税を得る人だけだ…という原則が西部黄金探しにも当てはまるのだろう。

とは言え、西部の平原、山岳地帯に隠された黄金が数多くあると信じ、それを探し求めている人間が少なからずいる。私はそんな連中に共感を覚え、どっかにあるのだから、諦めずにガンバリな、と励ましの声をかけてやりたいと思うのだ。

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この写真は何隻と作られたコロンブスのサンタ・マリア号の復元、レプリカ
現在は、スペイン、バルセローナ港にある。

-…つづく
 


第2回:ドン・アントニオ・ホセ・チャベスの財宝 その1

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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