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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第418回:消すことができない核の爪跡

更新日2015/06/18



年に2回、年老いた私の両親に会うためミズーリー州のインディペンダンスまで900マイル(約1,500キロほど)ドライブします。往復で1,800マイルですから3,000キロになり、日本が縦断できる距離になります。しかし、I-70という高速に乗ってしまうと、ロッキー越え以外は指一本で運転できるくらい真っ直ぐな、ということは、かなり退屈なドライブです。(I-70のIはインターステイツ・ハイウエイのイニシャル)

私たちの住む山から降りて、下界の町、私が働いている大学のあるグランドジャンクションでそのI-70に乗ると、両親の住む町まで、途中に料金所があるわけでなし、そのまま運んでくれます。

I-70を東へ、東へと車を走らせますが、グランドジャンクションを出てコロラド川沿いを40マイルほど進んだところに、"ラシュート"(落下傘)という奇妙な名の由来がはっきりしない小さな町を通過し、"ラリソン"(Rulison)という地名だけあり、住民の影すらない場所に差し掛かります。高速の南側はコロラド川を挟んで、"犬の頭山"(Doghead mountain)という低い山があり、この一帯はホワイトリバー国有林になっています。 

問題は高速の北側の乾燥した荒地で、高速沿いに厳しいバラセンのフェンスが延々と続きます。それが牧畜用でないことは素人の目にも明らかなほど、頑丈で不必要なほど高いからです。その囲いの中によく見ると、背の低いトーチカのようなコンクリートの建物が地面を這うように幾棟かあり、巨大な扇風機が回っているのが見えます。何か地下の換気を行っているのです。

そんな光景に目ざというちのダンナさん、通るたびに、「あれは臭いゾ。なんか軍関係の地下施設ではないか」と以前から言っていました。ハイウエーから見えるところにあんなに沢山あるのですから、眼の届かない奥のほうに何があるのか分かったものではありません。地理院の詳しい地図で、そこが広大な海軍所有地であることはその後知りましたが、もちろんそこには境界線と地形の等高線だけしか描かれていません。施設やその基地内の道路すら記されていません。

今年なって、そこが原子爆弾の地下実験を行った場所であると、初めて知りました。私の大学のジャーナリズムの学生さん(ジェレミー・リチャードソン)のレポートを読んで、そうだったのかと悪夢を見るように納得させられたのです。

米ソの冷戦は両サイドを狂気のパニックに陥れました。ソ連が何百の原爆、水爆を持つなら、我々もその倍は持たなくては勝てないとばかり、核実験を繰り返し、原子爆弾を蓄えていました。

私たちの地元で行ったのは27回の地下実験核爆発の一つで、名目としては核爆発を平和に???利用し、ダイナマイトのように削岩に使ってみようというココロミだと……海軍は言っていますが、地下6,000フィートから8,000フィート(1,830メートルから2,440メートル)の深い穴で爆発させています。もちろんそこから、原油や天然ガスが噴出したという記録はありません。

ネヴァダ州の砂漠で、花火大会のように地上でパンパンと盛大に原子爆弾を打ち上げ、原子爆弾観光まで創り、ベストスポットにフットボールスタジアムのように即製観覧席を建て、眼を保護するために特性の水中眼鏡のようなサングラスを配り、きのこ雲を鑑賞したアメリカ人のことです。ラスベガスからのこんなオプショナルツアーが大いにウケたそうです。

放射能の恐ろしさを知らなかったわけではないでしょうけど、物見高いアメリカ人はブームに弱いのです。彼らは広島、長崎が原爆投下後にすぐ復帰し、再建され, 人が住んでいるのだから、私たちが遠くから眺めていても人体に害などない…と思い込んでいたフシがあります。広島、長崎で放射能を浴びた人たちが、その後どれ程苦しんだか、知ろうとしないのです。

そんな土壌ですから、私たちの隣町で、しかも海軍の基地内で地下実験をしたくらいでは、ビクともせず、巧みな軍の宣伝"平和的な核爆発"を頭から信じ切っていたのでしょう。ジェレミーさんのレポートによれば、使ったのは400キロトンクラスの原子爆弾で、広島の原子爆弾は15キロトンクラスでしたから、その25倍の破壊力です。実験は1967年9月10日に行われました。

それに先立ち政府は周囲の土地を買占めています。買占めは住民の安全のためではなく、軍事機密を守るための処置です。なんでも汚染された土を分析するだけで、核爆発がどのような構成の核分子、分裂をしたのか分かるのだそうです。今でも、時折地下から吹き上げてくるガスには放射能が大量に含まれているといいます。

核の使用、利用ほど人類を破滅に導くものはないのですが、悲惨さを身をもって体験しているはずの日本人が、まだ福島の原発処理に手間取っているのを見ると、核を愚かな政治家、軍人の手から取り上げる方法はないものかと、暗い気持ちになります。

 

 

第419回:山郷の春~サイクリング・シーズン

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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