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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第224回:憧れの優雅な生活とは…

更新日2011/08/25


私たちの身の回りにあるもので、一番最後まで手放したくないモノ、最後まで持っていたいモノはなんですか? という面白半分のアンケート調査がありました。予想していたことですが、圧倒的大多数の人が『携帯電話』を最後の最後まで肌身離さず持っていたいと答えているのです。

若い学生さんといつも接している私は、いかに彼らが携帯電話を手放せないか、目の当たりに見ています。それにしても、一番大切なものが携帯電話とは、年代の差なんでしょうか、どこか淋しい気がします。

私自身、携帯電話を持ったことがありませんし、これからも持つつもりもないので、私の理解、想像を超えたところで、現実の世界が動いているのかな、と思ったりもします。

生徒さんに、「先生どうして携帯を持たないのですか?」と訊かれることも度々あります。そんな時、「アナタみたいな人が私の時間も場所もわきまえずに電話を掛けてくるのを避けるため!」とは、直接彼らに言えませんが、本音に近いかもしれません。

アメリカの法律で押し売りのような電話は禁止されていて(余計な電話はブロックするように登録できる)、一応はそのような電話がかかってくることは少なくなりました。少なくなったと言っても、アンケートのようなカタチ、NPO団体からのチャリティー献金、銀行・クレジットカード会社などから、"選ばれたあなただけに、特別なディール"と勧める電話は毎日のように掛かってきます。ほとんどがテープ、コンピューターメッセージなので、すぐに切ってしまいますが、それにしても、うっとうしいことです。

先日、柄にもなく、『フォーチョン』だったか『エコノミスト』だったかを読んでいたところ、バリバリ仕事をしているビジネスマン、ウーマンたち、エグゼクティブの人たちが今一番憧れている優雅な生活は、携帯の届かない、掛かってこない南海の孤島で2、3ヶ月過ごすこと……だとありました。

ウチの仙人はそれを聞いて、「ナーンだ俺たちの今の生活が、リッチ・アンド・フェイマスたちの憧れの生活か……」と満更でもなさそうに言っていました。

毎年のことですが、夏になると中西部の山や原野が異常に乾燥し、山火事のシーズンに入ります。今まで、竜巻や洪水を他人事のようにニュースの記事とだけ捉えていたのが、自分の身に降り注いでくる天災が迫ってくるのです。なんせ、湿度5~7%ですから、木立も乾燥し切っていますし、野原もベージュ色に枯れています。ほんのちょっとした不注意で山火事になることは珍しくありません。

去年はロッキーの東側、デンヴァー、ボウルダー側の山々が火事になり、山裾の住宅街まで強制避難命令が出されました。その地区に住んでいる古くからの友人は、何を車に積んで逃げるか大いに迷ったそうです。子供が3人いるので、当分の水と食料、着替えはもちろん持ち出し品目の筆頭ですが、家族のアルバム、彼らの両親が丹精込めて描いた絵画、お爺さんの代からの家具、骨董品などなど、大いに迷ったと言っていました。

そして、彼らが、もし私たちがそのような状況に置かれたら、何を一番先に持ち出すか、そのようなリストは作ってあるかと訊ねたのです。何の準備もしていない私たちは、顔を見合わせ、異口同音に、焼けたり、失って困るようなもの、絶対にこれだけは最後まで持っていたいというモノがないことに気が付きました。

いくら仙人と暮らしていても、日常生活を営んでいますから、私たちもモノを沢山持っています。大好きなCDや気に入っているヤマハのピアノもあります。でもなければ困るというほどでもないし、すべてのモノはもう一度買い替えが効くのです。

お金さえあればという条件を付けなければならないところが貧乏暮らしの辛いところですが、ともかくモノなのです。思い出の写真やプレゼントなども、所詮はモノです。災害、山火事になっても、身軽に命だけ携えて逃げようと……そんなことを相談したこともないのに、私たちは互いに無言のうちに決めていたのです。

そのあたり、私もウチの仙人に感化されたのか、いつでもモノを捨ててもよい覚悟というのでしょうか、精神を持ってしまったようです。

 

 

第225回:逃げた人も…逃げなかった人も…

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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