のらり 大好評連載中   
 
■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第275回:アメリカ大統領選挙の憂鬱

更新日2012/08/30



次の大統領選挙まで2ヵ月少々となり、選挙運動が佳境に入ってきました。現職のオバマ大統領に、共和党が推すロムニー氏がチャレンジしています。いつもと変らない民主党と共和党の対決です。テレビでも、新聞、雑誌、ラジオでも、選挙のことばかりで、両候補ともよくもまあ身体が持つものだと呆れるくらいアメリカ全土を駆け巡っています。そしてその都度、土地、州の事情に合った演説を行い、得票を得ようとしています。

アメリカの長期にわたる大統領選挙戦を戦い抜くには、大変な体力と莫大なお金が、二つの必要最低条件なのです。現時点まで、選挙に使ったお金はオバマ大統領もロムニー候補もほぼ同じ100億円相当です。広告代理店やプロの選挙屋さんの稼ぎ時です。

人口がたった10万人足らずの私たちの大学町にも、オバマ大統領もロムニー候補もやってきたほどですから、アメリカ全土にある同じ程度の大きさの町、ほとんどすべてを両候補とも訪れているのでしょう。飛行機を機能的に使い選挙戦を展開したのはケネディー大統領が最初だったと言われていますが、今では当たり前のことになってしまいました。

テレビ映りの良し悪しが大きな影響を及ぼすのは、地方議員選挙でも同じですが、特に大統領選挙では、一日に何十回と流れるキャンペーンではとても大切な要素になります。

前回の大統領選ではオバマ大統領がインターネット、携帯電話のメッセージを使って新しい選挙戦を展開して成功し、新時代の選挙運動の幕を開けました。これは多くの若いボランティア運動員がいたのでできた戦術でしょうね。

アメリカの大統領戦の特徴は、このように莫大な費用と全国を走り回る体力、時間が必要とされることでしょうか。それに付け加え、近年では、相手候補の揚げ足を取り、悪し様に言う能力も最近必要になってきました。

互いに自分の政策を具体的に説明するより、ともかく相手の悪口を言う、できればスキャンダルに持ち込む方を優先させるようになってきたのです。互いに相手候補の過去、出生から幼年、少年、青年期に何をやってきたか、女性関係はどうであったか、結婚生活などの私生活は一般受けする絶好のゴシップの種、相手をやっつける重要な武器になってきたのです。

それがたとえデタラメで、間違った情報によるものであっても、相手候補を大声で繰り返し中傷し、相手のイメージを崩したほうが勝ってしまうのです。 

ある村で、あいつはカタワだ、足が不自由だと村人皆が噂しているうちに、噂の主である当の本人が足を引きずって歩くようになった話を思い出させます。

対立候補を絞るために党内の選挙戦を数えると、このような選挙戦は1年も前から始まります。その長い選挙戦で自分の政策を説明するより、相手を論破する能力を国民の前で披露するのです。

もう一つ、アメリカの大統領選挙を特徴付けているのは、奥さんの魅力やその実力です。実際には、大統領夫人という公的な職場はありません。しかし、いざ大統領夫人になると、公的な行事、祭典、外交の席に単独で列席することも多く、選挙の大きなポイントになります。 

大統領夫人の役割がファーストレディーと呼ばれ、大きくなったのはイリノア・ルーズベルトからで、それ以前の大統領夫人は大統領と同席する式典以外、ほとんど公的な場所に顔を出しませんでした。

そして、大統領夫人の役割を拡大し、決定付けたのはジャクリーヌ・ケネディーでしょう。今では独身の大統領、ホモセクシャルの大統領は考えられないくらい、夫人の役割が大きくなり、知的で魅力的な夫人なしにアメリカの大統領は存在し得ないほどになってしまいました。

この点で、ロムニー候補のアン夫人が一度も実社会で働いたことがなく、大金持ちの娘、結婚してからも大金持ちの夫を持つ主婦としての社会的経験しかないのは、マイナスポイントと見られています(注:但し、最近はアン夫人の人気が急激に増してきているという報道もでてきています)。

早くこんな選挙戦が終わって欲しいという気持ちはあるのですが、このように様々なアメリカ的問題を含みながら長い選挙戦を戦うのは、それでも意味があることだと思います。互いにウミを出し合って戦いますから、どこかの国の首相のように1年で投げ出すようなことはあり得ません。一つのスキャンダル、政策の失敗で国の元首職を辞任することもありません。刑事事件にまで及んだニクソンの違法行為は別ですが……。

まず何よりも選挙に勝たなければならないのですから、こんな選挙戦を展開している間、もちろん国内政治、外交はおろそかになるのは当然です。シリアの内戦に対する処置もガダフィ殺害のためにリビアへ侵攻した時のような積極性がありません。とかく、外交は票に結びつきにくいので、結局は後回しになります。

イタリアのマリオ・モンティ首相を両党が歩み寄って選び、次の選挙のための票獲得政策をせずに済む大統領権を、期限付きで与えたように、大きな手術をしなければ、アメリカの財政はどうにもならないところまできていると思うのですが……。

 

 

第276回:アンダルシアの郷土愛とアメリカの愛国主義

このコラムの感想を書く

 


Grace Joy
(グレース・ジョイ)
著者にメールを送る

中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

■連載完了コラム■
■グレートプレーンズのそよ風■
~アメリカ中西部今昔物語
[全28回]


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第100回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで

第251回:Twitterと一億総モノ書き時代
第252回:最後の言葉と辞世の句
第253回:ギリシャ語・ラテン語から中国語・日本語へ
第254回:人口論と歴史的事実
第255回:イースターのハレルヤコーラス
第256回:この世の終わり? 否、男だけが絶滅する!
第257回:天候不順と地球温暖化
第258回:"ティーボ-イング" スポーツ界への宗教の侵略
第259回:愛犬家と猛犬
第260回:猛犬ラットワイラーとピットブルの悲劇
第261回:シニア・オリンピックの記録映画
第262回:リサイクルの原点“原始チリ紙交換”
第263回:"シングルハンダー症候群"
第264回:ギル博士とハイド氏、アメリカ版二重人生
第265回:飛行機の旅の憂鬱
第266回:この村、この町、売ります!
第267回:オリンピックと女性の参加
第268回:自分はイイけど、お前はダメの論理
第269回:リス撲滅作戦
第270回:デービー・クロケットは3歳でクマを退治できた!?
第271回:虐殺、乱射事件の伝統!?
第272回:スーパー・マリオがフルモンティでやってきた!
第273回:アメリカの乱射事件と銃規制
第274回:東西のお年寄りチャンピオン

■更新予定日:毎週木曜日