第848回:二つのアンタッチャブル
マフィアと死闘を繰り広げたFBIの話ではありません。少し、固い話になってしまいますが、アメリカの政府がどう変わろうが、決して触ることができない、アンタッチャブルな懸案のことを書こうとしています。
旧態依然としたヨーロッパから信仰の自由、言論の自由を求めて大勢の移民が押し寄せアメリカ合衆国を築いた…と教科書に書いてあり、アメリカ人なら誰でもそう信じていることでしょう。
今、今年の11月の大統領選挙に向けて、ありとあらゆる論争が行われています。大きな争点は、メキシコとの国境と移民問題、堕胎を許すかどうか、ガザ侵攻にどう対処するか、ロシアのウクライナ攻撃に対しどこまで援助するのかといったところです。でも、ハッキリ言えば、アメリカの選挙が外国のことで動いた歴史的事実はありません。
ベトナム戦争も、軍を引き上げたのは人道的問題からではなく、アメリカ国内に自分の息子を彼の地で死なせたくない、そんな戦争に行きたくないという運動が強まってきたからで、非人道的にベトナム人を殺しまくったという自責の念からではありません。言ってみれば、すべて自己本意なのです。
視点が少し変わりますが、アメリカのどんな小さな町、村に行っても立派な教会があります。それも一軒だけでなく、ルーテル教会、バプテスト教会、長老派教会、メソジスト教会、モルモン教会、カトリック教会などなど、古くからあるものに加え、雨後のタケノコのごとく新しい宗派の教会が散りばめられていいます。
私が働いていた大学のある町の人口は12万人内外ですが、電話帳に載っている教会、一応チャーチ(Churches)と名付けられているもの、広大な敷地に周囲を見下ろすような鐘楼と駐車場を構えたものから、自宅を日曜日だけ信者が集まるために解放したものまで加えると、なんと800軒以上になるのです。
こんなに教会が増え、しかもそれぞれに冷暖房完備の立派な建物を建て、維持できるのは、税制のなせるワザだと言い切ってよいと思います。一般信者が教会に収める寄付、義捐金は税金控除になります。どうせ税務署に持っていかれるなら、教会に収める方が良い、という心情が働きます。また、教会側も固定資産税をはじめ、すべての国税、地方税を払う義務がなく、いわばタックス・フリーを享受できるのです。
霊感を受けた人が新しい宗派を始めるためには、一応簡単な審査があります。が、一旦教会の認可を受けると、募金、教会の建設、活動などなど、すべてタックス・フリーになります。これは何もキリスト教系だけでなく、モスレム(イスラム教)も仏教もヒンドゥー教も一人で始めたムニャムニャ教も同じ扱いになりますが、キリスト教系以外は審査が厳しいと言われています。
教会の活動、存在に対して、いかに進歩派の民主党員でも税金を掛けろとは決して言い出しません。それは教会関係の票田が絶大な規模の大きさで、そんなことを言い出したら、次の選挙で確実に落選するからです。アメリカで無神論者が教会を無視しては立候補もできないでしょう。
教会に税金をかける、審査を厳しくする、少なくとも各宗派、教会の収入の明細を公にする法案など、誰も言い出しません。
アメリカでは、教会はアンタッチャブルなのです。
もう一つアメリカの歳出を大きく喰っているのに誰もそれを見直せ、修正せよと決して言わない事項は、退役軍人の年金です。お国のために命を投げ打って働いたのだから、生涯年金をあげても良いという考えが根底にあるのでしょう。身内のことなのでチョット言いにくいのですが、私の父は朝鮮戦争の時招集され、実際には戦地の朝鮮半島どころかアメリカ国内の基地を離れたことすらないのですが、年金というのか補償金を貰っています。
それは大砲の音が彼の耳を遠くした、そのための保証なのです。加えて、私の母も耳が遠くなった父との暮らしに不便が生じたという名目で保証金が給付されていました。父と母、二人合わせて1,000ドル近く貰っていたはずです。おまけに、すべての医療費がタダになる(全国にある退役軍人病院に行けば)という、医療費の高いアメリカでは絶大な役得があるのです。とても高価なハイテックの補聴器(1万ドル近くする)を三つも無料で貰っています。
この軍関係の支出は莫大な金額になりますが、誰もそれを削れ、抑えろと言いません。これも大きな票田が絡んでいて、私のように身内に退役軍人年金やサービスを享受している人が圧倒的に多いからです。万が一、勇気のある議員が退役軍人は甘えすぎだ(本当にそうなんですが)、それをなくして一般の社会保障と同様にして扱え、軍人だけでなく、国民全体に医療、社会保障を行き渡らせよ、などと当たり前のことを言おうものなら、火器の扱いに慣れた軍人に殺されかねません。
アメリカでは、軍人の年金もアンタッチャブルなのです。
信仰の自由を守るという大命題の下で、野放しになっている教会への課税と膨大な垂れ流しをしている軍関係の出費を引き締めることなど、革命でも起こらない限り、アメリカではあり得ないことなのです。
-…つづく
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