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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第660回:もう止められない? 抗生物質の怪

更新日2020/06/04


ヨット、ボートなどの遊び用の船だけでなく、漁船、貨物船、大型タンカーなど、水に浮かぶすべての大敵は、船底に付くフジツボなどの付着物です。船底に塗る塗料は大変な種類に及びます。ほんの少しでも貝や海草が付くと、ガクッとスピードが落ち、操船性が悪くなります。大型の貨物船やタンカーだと燃費が悪くなり、大きく経済、運行費用に影響してきます。船底塗料はどこのメーカーの何を使うか腐心する所以です。

船底塗料は早く言えば除草剤と同じような毒です。鉛ベースの塗料は毒性が強く、効果もあるけれど海を汚すということで、ボートやヨットには使用が禁止されていますが、貨物船、タンカー、軍艦などの大型の船はまだ、盛大に海に毒を撒く鉛ベースの船底塗料を使っています。鉛に変わるものとして、酸化銅(緑色に錆びた銅です)の加工物を使っています。どちらにしても、毒物に変わりはありません。

私たちがヨットで漂っていた時、何を船底に塗るかは大きな問題でした。船底塗料を塗るために船を上架する費用はバカになりませんから、できるだけ安くて長持ちする、その海域に合った塗料を探すのは当然のことです。

カリブで引退した獣医さんに会い、大いに触発されました。彼の船は3年も上架していないのに、喫水線に海草、藻はおろか貝類など全く付いていなのです。秘密は抗生物質でした。馬や牛の飼料に混ぜる抗生物質“テトラサイクリン”を安物の船底塗料に混ぜて塗っていると言うのです。何でもすぐに試したがる傾向のあるダンナさん、この話に飛びつき、私の父親に頼み、農業、牧畜の店で“テトラサイクリン”を買ってアメリカからプエルトリコへ送って貰いました。

なるほど、その効果は絶大と呼びたくなるほどのものでした。いつもなら年中行事のようにボートヤードで上架していたのが、2年経っても3年目になってもまだ船底はきれいなのです。ですが、こんな素晴らしいモノには必ずといっていいでしょうか、マイナスの面があります。両刃の剣なのです。

この抗生物質“テトラサイクリン”は海を汚す、抗生物質汚染の源になる可能性が高いのです。広大な海で数隻の小さなヨットが“テトラサイクリン”を使っても無視できると考えるか、毎日海と戯れ、食べ物の大半を海から漁っている私たちが、海を汚す凶源をばら撒くようなことはしたくない、とするかの選択になってきたのです。

私たちは一回だけ船底塗料に抗生物質を混ぜましたが、それで止めました。ダンナさんはシュノーケルで潜り、ゴシゴシと貝、海草落としをやる方が、良い運動になるとか言っています。

今、アメリカの中西部の山裾に住んでいますから、新鮮な魚はアラスカからの鮭かアトランティック・サーモンと呼ばれているノルウェー産の養殖モノしか手に入りません。他はテラピア、オヒョウ、タラ、サバ、蟹などはすべて冷凍です。ところが、この味も良く、脂ものった養殖鮭は盛大に抗生物質の入った餌で成長しているのです。

大海原で回遊してる鮭にとっては、過密の生簀で太らされているのですから、相当数が病気で死にます。そこで、病気に感染しにくくするため、抗生物質入りの餌を与えたところ、その効果たるや絶大で、死亡率が著しく低下し、業者の儲けが多くなる…という結構な結果が出たのです。

アメリカ産の牛肉がヨーロッパに輸出できないのは早く成長させ、太らせるホルモン剤を使っているからです。もちろん抗生物質入りの飼料を食べさているのですが、こちらの方はヨーロッパでもやっているからお互い様とでも言うのでしょうか、問題になりません。どこまで信用するか、しないか、精肉業者の資料しかないのですが、彼らの検査結果では、食肉の中に見出される抗生物質は人体に影響がない、無視できる程度のものだと言うのです。アメリカ人はそれと知らずに、ホルモンで太らせ、抗生物質入りの肉を食べさせられているのです。

万能のはずの抗生物質が、まさに霊験あらたかに効くのは最初のうちだけで、病源菌の方も次第に強くなり、抗生物質など何するものかとばかり変化、変身を続け、ドンドン強くなっていき、それに対抗するため、もっと強力な抗生物質を大量に与えなければ効果がなくなってきています。現在、家畜用の抗生物質は400種類もあり、人間用と違いFDA(Federal Drug Administration;全米薬品局)の検査、認定を受けずに生産、販売できます。

鶏を例に挙げると、現在、アメリカで売られている鶏肉の80%はホルモン、抗生物質入りです。消費されている抗生物質は、年間1,300トンにもなります。そのおかげで、1960年にブロイラーを成長させるのに63日掛かっていたのが、2011年には47日で肉にできるようになりました。当然、単価も1ポンド(454g)当たり、3.24ドルだったのが1.29ドルまで下がりました。まさに抗生物質様様なのです。

価格が下がったお陰でしょうか、食肉の消費量は鶏の肉が牛肉を抜いてトップになりました。外食産業でもハンバーガーのチェーンが、大豆のエセ肉バーガーを売り出したりで四苦八苦しているのに比べ、ケンタッキー・フライドチキンのほか、チキンフィレッ、ポジョアサドなどなどのチェーン店が、安くてボリュームがあるのを売りに、グングン伸びています。

ところが、抗生物質が効かなくなったバクテリアは肉に残り、それを食べた人間様が中毒、病気になる例が増え始め、2013年には200万人を超す人が病院に担ぎ込まれ、2万3,000人が死亡しています。消費者グループが警鐘を鳴らし、近年になってやっと、鶏肉パッケージに“ホルモン、抗生物質なし” とか“フリーレンジ”(ケージの中ではなく、自由に外を走り廻っている)と表示するようになりました。ところが、そのような鶏の肉はホルモン、抗生物質入りの肉に比べ3、4倍も高くなります。どうにも、アメリカ的資本主義の下では、金持ちは生き残り、貧乏人は安く疑わしいモノを食べ、病気になり、早く死ぬという構図が見えてきます。食肉産業は大きな圧力団体を組織し、ワシントンで大金を使いロビー活動をしていますから、細々とした消費者運動の声など掻き消されてしまいます。

抗生物質が様々な病気に絶大な効果を発揮し、今では特定の病原菌にだけ効果を発揮する…とされている抗生物質は何百種類になるほどです。一昔前なら、肺病は死の病と言われていたのが、土の中にいた放線菌の一種“ストレプトマイシン”が発見されてから、死ぬ人がガクンと減りました。

その効用を大いに認めるのはヤブカサではありませんが、自分の意思に関係なく、抗生物質入りの食品を食べさせられるのは御免被りたいと思うのです。
 

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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