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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第842回:“終わった人”?

更新日2024/03/14


もうかれこれ半世紀近く一緒に暮らしていても、人間というのは(大きく出ましたよ…)相手を完全に理解するのは、ミッション・インポッシブルのようです。今になって、「アレ、ウチのダンナさんこんな人だったんだ…」と呆れたり、感心したりすることがあります。

基本的には、ダンナさん、人間相手に怒り、腹を立てることがまずありませんが、その代わり、社会のあり方、システム、政治に対しては、アホが、馬鹿がと盛んに憤ります。そんなことを彼に指摘すると、「俺のは公憤と言うんだぞ、公憤がなくなったら、社会人としての人間は終わりだ」と何だか随分偉そうにノタマッテいます。

内館牧子さんの『終わった人』という本がちょっとしたベストセラーになり、“終わった人”という呼び方が一般的に使われ始めたようです。それに対して、ウチのダンナさんの憤ること! 「そんな言い方、呼び方はないだろう…老人にも尊厳というものがあるはずだ」と言うのです。

内館さんの本では東大法学部出のエリート銀行員が引退後、転職を図り、自分が他の会社で通用しないことを思い知らされ、馴染みのないハイテックの会社に投資し、それも失敗する話なのですが、ダンナさんはどうも生物学的?に“終わった”という面に(そんなことは内館さん言っていないのですが…)おいて、自身が傷ついているようなのです。
 
以前にも、“後期高齢者”という呼び方に対しえらく憤っていました。「そんな呼び方はないだろう、それじゃ初期高齢者、中期高齢者、最後期高齢者という呼び方があるのか? これでは、お前たちは死ぬのを待つだけ、御用済みの人間のように残酷に響くではないか。それに“老後とか余生”という呼び方も酷い」と、いちいち彼の我が身に降りかかる呼ばれ方にイチャモンをつけるのです。そんなことに腹を立てること自体、彼が最後期高齢者に属していることになるのですが…。

考えてみるまでもないことですが、62~65歳で定年を迎え、退職してから平均寿命の90歳まで25年内外もあるのです。人生を二幕ものの演劇に例えるならば、大詰め、最も感動を呼ぶ、大切な部分の長い第二幕が始まり、幕開けと取るべきなのです。 
 
今年もスキー三昧の冬を過ごしましたが、スキー仲間“雪ヤギグループ”の面々を見ていると、本当に人生の収穫期を思いっきり楽しんでいるようなのです。元々物事に対する情熱の量が多い人たちなのですが、自分の好きなこと、やりたいことを見極め、それに埋没するのにためらいがありません。

私たちのスキーの教師であり、人生の師匠的な存在であるアートとリンダは83歳ですが、スキーのオフシーズンに南極、北極の科学調査団に加わっていますし、他にゴッホが晩年過ごしたフランスのアルル地方を散策したり、呆れるくらい世界中飛び回っています。

ニュージャージー州から来ているケンとディーは、昨年、アフリカで体験、ボランティアに加わり、7、8週間過ごし、他にスコットランドを周り、シチリア島だけの滞在旅行をしたり、今年はオランダ、ネーデルランドの運河を艀(はしけ)で回る予定でいるのです。

仲間、皆が皆、常に新鮮な好奇心を抱き、次々と実行に移しているのです。マアー、彼らはどちらかと云えば成功組、私たちに比べると段違いに豊かなのは確かですが、彼らと同程度のお金持ちは世に何百、何千万人といるのでしょうけど、彼らのように自分自身を知り、やりたいこと、できることを見極め、それに打ち込んでいる人は案外少ないのかもしれません。
 
一つ言えるのは、彼らはとても楽天的、前向きで、病気自慢、孫自慢をしないことでしょうか。それだけお金と健康に恵まれているとも言えます。彼らにしろ、皆さん相当なお歳ですから、それぞれかなりの病気、怪我、特に膝の病を抱えているようなのです。ですが、それを理由にスキーだけではないでしょうけど、趣味の旅行、キャンプ、アウトドア活動、あらゆる種類のボランティア活動を止めることなどツユほどにも思っていないようなのです。

極端な例ですが、一本足のジムは事故で右足を付け根から失ってもスキーを止めず、目を見張るほどの鮮やかな滑りを左足一本で見せています。彼らを見ていると人生の喜びは、積極的活動の中にあると思わずにいられません。
 
皆さん、全く終わっていないどころか、一番肝心な人生の第二幕の幕を引く気配などゼロなのです。
 
内館さんの本の主人公がウチのダンナさんと同じ名前(発音だけですが)で、ダンナさん、そのせいで本の主人公に辛く当たっているのかな~と思ったりします。「あゝいうような奴は、はじめから、自己がなく、内生がなく、空っぽの人生を送ってきているのだ。定年したからといって急に充実した生き方などできるわけがない人種なのだ。初めから終わっている人間が、惨めで哀れな定年後の生活を迎えても当然だ!」と、誠に手厳しいのです。
 
でも、たとえ狭い社会、会社や銀行という組織の中でだけにしろ、脇目もふらず一生懸命働いてきた人がいるからこそ、今日の日本の繁栄があると言っても良いのではないでしょうか。 

ウチのダンナさん、もう相当な歳なのですが、自分が終わった?と言う自覚症状がなく、そんな時がいずれというより間近に訪れることをあえて無視しているようなのです。彼自身は、最後まで突っ走って、パタン、キュウと逝くのを理想としているようなのです。

そんな思惑通りにコトが運んだ試しはないのですが……。

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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