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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第668回:田舎暮らしとファッションセンス

更新日2020/07/30


年に一度、妹のロビンから大きな箱が送られてきます。箱の中に洋服、しかも高価なハイファッションのデザイナーズブランドばかりがゴッソリと詰まっているのです。ヨージ・ヤマモトやイッセイ・ミヤケ、ジーンズでもディーゼルとかフランス、イタリアのファッションブランドのものなのです。妹は、西海岸ではチョットは名の知れたインテリアデザインの会社のオーナーですし、私から見れば天文学的な大金持ち、しかもファッション大好き人間ですから、おそらく一度お客さんとのミーティングで着たドレスは二度と袖を通さない…のでしょう。新品同様のお古が私のところに回ってくるのです。

私がまだ現職で働いていた時、一応はコギレイナ服装を心掛けていました。と言うのは、生徒さんの目は実に厳しく、細かいところまで観察していますので、あまりどうでもよいボロを着て教壇に立つわけにいきませんでした。授業の後で、「先生、それどこで買ったんですか?」と訊かれることがよくあります。そんな服、ズボンは、たいていロビンのお下がり?  (私が年上だからお上がりになるのかしら)なのでした。

ダンナさんの方はもっと酷く、無頓着というのか、初めから服装のセンスが欠如しているのか、履き易いジーパンにティーシャツの一本槍で、しかも、洋服ダンスに積んであるティーシャツはいつも上の方から取り着るだけです。洗濯をして、また上に積み重ねますから、それらの2~4枚だけを繰り返して着ることになります。

亡くなった義理の弟、叔父さん二人、それに父、更には日本のお姉さんの隣人から回ってきたカッターシャツ、ティーシャツが何十枚もあるのに、すべてにズボラを絵に描いたような人なので、ただ単に上の取りやすいところに載っているという理由だけで、同じモノを繰り返し着ているのです。

ジーパンもこれが履き易いとなると、そればかり履きます。結果、膝が抜けているだけでなく、大小の穴がほつれて開いているのを、毎日履いているのです。「若者のあいだではこんな穴開きファッションが流行で、このジーパンをe-bayに出せば、非常に高く売れるスジのモンだぞ…」と言うのですが、それはハチキレルばかりの若い人が履いてのことで、ハゲシラガの爺さんが履けばタダのホームレスに見えることに気が付かないようなのです。

その上、「どうも、俺の体、短足にはウォルマート、Kマートの安物の方がぴったりと合うみたいだぞ。デザイナーズブランドのジーパン(亡くなった義理の兄からのお下がりです)はしっくりこない…」とか言って履かないのです。

引退して、週1回の食料品買い出しに谷の町に下りるだけで、ここ山里の家で大半の時間を過ごすようになり、本当に着るモノがワンパターン化してきました。2、3本のジーンズに半そでティーシャツ3、4枚、長袖ティーシャツ(主に蚊や虫に刺されないためです)が3、4枚、それで間に合ってしまうのです。私もあまりウチのダンナさんのことをバカにできなくなってきました。

それに、先月、山火事緊急避難用の持ち出し備品を箱に詰め込んだ時、実際に必要なモノ、是非持ち出さなければならないモノが、意外と少ないことに気が付いたのです。もちろん、ハイファッションの衣装を持ち出すことなど問題外で、すべて実用一点張りです。

ダンナさんは、「こんな山の中でいくら着飾っても、鹿やウサギ、狐、コヨーテは褒めてくれないと思うよ…」とか言っています。しかし、ファッションは、人に(動物にではなく)見せるのが大きな要素でしょうけど、それを着ている本人が心豊かに、あるいは引き締まった気持ちになる効果もあると思います。子供が仮面ライダーのコスチュームを着ると、それになってしまう心理と同じです。コスプレが流行る所以でしょう。

でも、ここにウチのダンナさんのように、“着るモノ、衣装に左右されるような精神は、軽蔑すべき種類のものだ”と考える人種もいて、話が込み入ってきます。そうは言ってもダンナさん、ファッション音痴ではないようで、私よりはるかによく観察しているのに驚かされます。但し、女性に対してだけですが…。妹、ロビンの服装、化粧、ヘアーにもコメントを述べるのです。それをロビンの方も、何事につけ彼の言うことを素直に受け入れる傾向があり、無視してもいいような彼のファッションアドバイスを実行するのです。私に対しては、はるか以前から諦めているのか、何の忠告もしてくれないのですが…。ロビンの方も、彼は全く自分の服装を気にしない、気にならないのだろう。それに、何を着ても彼自身が変わらず、生身の自分がオモテに出ているから、ファッションなど必要のない人間なんだと…奇妙に互いを認め合っている風なのです。


シャンソン歌手のジュリエット・グレコは、いつも黒い服を着て歌っていました。ほっそりとした身体に良く似合っていました。彼女は黒を着ると自分自身でいられる、歌が自然に歌えると言っていました。舞台上の最たる例はエルトン・ジョンと小林幸子さんでしょうか。あのこれでもかというド派手なキンキラの極みは、プロデューサー、ステージマネジャーの意向だけでなく、本人のコノミのようにも思えます。まるで田舎祭りの山車のようです。あんなものを着たら、とてもじゃないけど舞台を歩くこともできないのではないか…と思わせます。が、あれはあれで、思いっきり歌い、自分自身を演出できるのでしょうね。

どちらかと言えば、実用に重きを置く私に、ファッション哲学があるわけではありませんが、見る人に不快感を与えない程度なら、自由に、大いにファッションを楽しむのが良い…と、ここまで書いていたら、横からダンナさん、「そうなんだよな~、確かモンテーニュも言っていたけど、他人を楽しませ、自分も大いに楽しむべしと…」。だけど、あれはモンテーニュ先生、浮気な女性、娼婦のことを言っていたのではなかったかしら…。

そういえば、ウチのダンナさん、女学生の過激なファッションに熱い視線を飛ばしているように見えます。想像力を発揮して、大いに楽しんでいるのかもしれません。「女性は観られることで、ますます磨きがかかり美しく…というか、よりセクシーになっていくもんだ…」とのたまっているのですが、マアー、大半の女性はハゲシラガのホームレス風の爺さんがイヤらしい眼差しを向けている…としか思わないでしょうけどね…。

-…つづく

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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~アメリカ中西部今昔物語
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