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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第8回:ヴィッキー 7 “増えすぎた居候”

更新日2018/02/22

 

私のアパートは『カサ・デ・バンブー』と隣接していたが、一度店のゲイトを出て、坂道を10メートルばかり下り、改めてアパートの庭の低い鉄格子のゲイトを開けて入るようになっていた。

海を見下ろすテラスがある4階建てのワンルームのアパートで、20畳くらいの広さがあるだろうか、一人かカップルで暮らすには十分な広さだった。2階にある私の部屋に足を踏み入れた人は誰しも、チョットした崖に張り出したテラスからの景色に歓声をあげたものだ。

その崖の下は深くえぐれた洞窟になっていた。アパートの南西部の一角4分の1くらいは下が空洞の岩の上に架かっており、海側から見ると実際建物自体の重さでいつ崩れ落ちても不思議でない様相だった。そのおかげで、船で乗り出すような絶景がもたらされされているのだが…。

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アパートのテラスからの眺め

イビサの市街地から歩いて15分、20分程度の距離に、そんな隠れ家的なアパートを見つけたことは本当に幸運だったと思う。私自身、ここなら一生住んでも良いかなと思い込んでいた。

そこに住み始めた時、まだ貧乏なバックパッカー、ヒッピー的な体質が残っていたのだろう、誰でもウェルカム、どうぞ誘い合わせのうえいらっしゃい、自由にお泊まりくださいというオープンコンセプトを持っていた。私自身があちらこちらで居候を決め込んだことがあるので、アパートに一室を持つようになった今、貧乏旅行者が転がり込む場所を提供するのは当然だと思っていたのだ。

私自身の友人や家族が来ているうちはまだ良かった。どうせ私は朝から夜遅くまで隣の店に出ているのだし、寝に帰るだけだから、日中どのように私のアパートを使って貰っても構わないと思っていた。 

ところが、スペイン人のヴァカショネス(Vacationes;ヴァカンス、休暇)は最低2週間で、1ヵ月間は当たり前、公務員はもとより銀行員も夏に1ヵ月の休みを取るし、魚屋も八百屋もしっかり1ヵ月閉める。 
そんなヴァカンス組が私のアパートに長逗留するようになったのだ。しかも、友達の友達、さらに全く知らない他人までが、私のアパートのことを耳にして、居候を決め込むようになってしまったのだ。

さすがに、私の寝るスペース、フラットベッドに安物のスポンジのマットレスだけは確保してくれていたが…。これも私のためなのか、飼っていた年老いたボクサー犬“アリスト”(本名:アリストテレス、通称:アリスト)が、私のベッドを守るようにその上で寝ていたためか、定かではないのだが…。

今でもそうだが、私はベッドで寝付くまで本を読む習慣がある。たいてい何行も読まないうちに本を顔や胸に落として寝込んでしまう。本が睡眠薬的な作用を果たしていた。おまけにすぐに寝込んでしまうくせに、音楽を聴きながらベッドに入るのが習慣になっていた。

深夜に店を閉め、自分のアパートに帰り、見たことがないシャンプー、ボディーウォッシュ、デオドラント、オーデコロン、歯磨きが散乱する洗面所を横目に、そこと繋がっているシャワーブースで汗を流し、やれやれとベッドに入るのだった。小さな商売を営む者のささやかな憩いのひと時だ。

私はなにもフルボリュームでハードロックをかけるわけでなく、どちらかといえば静かなバロック音楽をかけ、ベッドサイドのライトを点け、しばしの読書態勢に入ったところ、二人の子供を連れて長逗留しているセニョーラ(奥さん)が、「赤ん坊と子供がやっと寝付いたばかりだから、音楽と明かりを消してくれる?」と囁いたのだ。

人類皆兄弟、誰でもドーゾというオープンコンセプトに無理があることを悟らされたのだった。

私が自分のアパートに入ったところ、足の踏み場がないほど、寝袋やエアーマットレスに寝ている居候たちに出くわすのが当たり前になってきた。月明かり、星明かりで彼らを踏みつけないように自分のベッドに到達するのが大変なほど混み合っている夜が多くなってきた。まるでコルカタ(昔はカルカッタだったが…)の駅のようにビッシリ詰まった感じで寝ているのだ。おまけに、そのうちの一人から、「お前は誰だ? 静かにしろよ、もう寝るスペースなんかないぞ!」とやられるまでになってしまった。

ある日、数えてみたら12人(子供3人含む)と犬3匹が私のアパートに居座っていた。その中で私が個人的に以前から知っていたのは3人だけだった。

自分の優柔不断が生んだ結果だとは承知してはいたが、かといって、私は「お前らすぐに出て行け!」とやれない弱さを引きずっていた。なんともだらしがないことだが、翌日、私は家族が来るので、場所を空けて貰いたいと言い訳がましく言い渡したのだった。

これが、“ヴィッキー事件”が起こる前後の私のアパートの状態だった。森鴎外先生のように、ここで第三者の哲学者の手記の形を借りて、『我がヰタ・セクスアリス』(vita sexualis;性欲的生活)をやらかそうというつもりは毛頭ないのだが、私個人にとって前代未聞のセックスがらみの出来事が起こったのだ。

私は寝つきがよく、ベッドに入ったすぐあとの数時間は何が起ころうと熟睡するタイプだ。 寝付いてから何時間くらい経ってからのことだろう、耳元で、「タケシ、タケシ」とささやく声でぼんやりと目が覚めたのだ。居候たちの誰かに緊急事態が起こったのではないか…と思った。 

真っ暗闇の中で、声の主がヴィッキーだと分かるまで、相当時間がかかったと思う。ヴィッキーが私のアパートの部屋に入ってきたこと自体、別に不可解なことではない。アパートのドアはいつも開けっ放しにしていたし、第一、大勢いる居候のためにいちいち鍵を作り渡すことなどできない相談だった。ドアを開け放ったままにしておくのは、夜、アリストが出入りするたびに起こされないための処置でもあった。

だから、誰でも部屋に自由に出入りできた。だが、私が寝ているベッドに誰かが入り込むのは別のことだ…。

-…つづく

 

 

第9回:ヴィッキー 8 “変わり果てた姿”

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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バックナンバー
第1回:白い島“イビサ”との出会い
第2回:ヴィッキー 1 “ヴィーナスの誕生”
第3回:ヴィッキー 2 “カフェの常連とツケ”
第4回:ヴィッキー 3 “悪い友達グループ”
第5回:ヴィッキー 4 “カフェテリアができるまで”
第6回:ヴィッキー 5 “誕生日パーティー”
第7回:ヴィッキー 6 “コルネリア”

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