■ニューヨーク・カッパ便り~USアート見聞録

原園 綾
(はらぞの・あや)


在ニューヨーク。アーティストおよびアート・プログラムについて気ままにリサーチ中。ハンター・カレッジ人類学修士課程では知覚進化やアートの起源がテーマ。新しい趣味は手話と空手。2004年はいい感じ。

 

 
第1回:アートな旅
~サンタ・フェ&ラス・ベガスの巻

第2回:美術館でダンスの
展覧会を観るの巻

第3回:アングラ、ライブ、ビデオ、
エッチング…etc
.
第4回:幻想的な空間を楽しめるビジュアル本をご紹介
第5回:春だよ、イースターだよ、
ピョンコちゃんだよ!

第6回:中間試験が近づいてきたあ…ゲロ!

第7回:ギリヤークさんのスワン・レイクに胸キューン!
第8回:春のウィリアムズバーグ
第9回:徹底的おバカ映画と素晴らしきオタク映画
第10回:カッパ、五大湖ドライブ&キャンプに行く夏休み
第11回: 面白い舞台、ダンス、そして歌舞伎 in NY


■連載完了コラム
Gallery 1 by 4
~新進アーティスト・ガイド from New York

[全33回]

生き物進化中
~カッパのニューヨーク万華鏡日記

[全15回]

只今、生き物進化中
~カッパ的動物科学概論
[全15回]

■更新予定日:隔週木曜日

第12回: 夏の終わりのある午後に-セントラル・パークでジャネットとお散歩-

更新日2004/09/30

街のなかで展開する規模の大きな彫刻や、ビデオ作品、インスタレーションなどを手掛ける財団パブリック・アート・ファンドがこの夏主催したイベントの一つ"Her Long Black Hair"(彼女の長い黒髪) はカナダ出身のアーティスト、ジャネット・カーディフの作品。視覚のヒントを聴覚で補い、見る者の想像力で作品を発展させる興味深いアーティスト。夏の間3ヵ月に渡って行われたこのプロジェクトは、セントラル・パークの入り口でCDウォークマンを受け取り、それを聞きながら公園を散歩するというもの。

美術館のオーディオ・ガイドとも趣向は異なる。作品は鑑賞者の眼がカメラとなって撮影する映画といった感じ。彼女の語りと時々見るように指示される写真(CDプレイヤーと一緒に5枚入っている)、そして自分の実際の歩みと公園の空気、風、太陽、水、散歩したり寝転がっている人たちが見事に映画をつくりあげていくのだ。しかも再生不可能な一度きりの映画だ。

これは実際彼女の声(これがまた落ち着いた低い声でいい)を聞きながら指示されるように歩いてみないと、その構成というか突如として周りの世界が一気に立体的な動くキャンバスになるのを感じることはできないかもしれない。けれど、もうNYでも終わってしまったイベントなので、ここではデジカメ報告してみます。
どうぞご一緒にお散歩あれ。


まずは入り口のベンチで最初の写真を見る。もう何十年も前の同じ場所の写真だ。並べられた椅子に人が腰掛け、集会のよう。その時にタイム・トリップするかのようにマーチング・バンドの音がCDから聞こえてくる。慣れるまではそういった音が実際の音なのかCDからなのか分からなくて振り返ってしまったりする。

「小雨が降っていたけど、やんで来たから行きましょう」、なんて言われてベンチを立つ。コツコツとひびく彼女のヒールの音。「歩幅を合わせてね、同じペースで散歩できるように。」

「歩くというのは面白い。足の片方は過去に、片方は未来にあって、現在に存在することは難しい。」


「二枚目の写真は私が最初にNYに来た時に取ったもの。とっても寒かった。」

「だけど今日はこんなに緑がきれい。」

「芝生に寝転がっている人もいるでしょう。」

はい、いました。


「この写真はここで撮られたものね。このスポットを探すのに苦労しちゃったわ。」

「実験をしてみましょう。後ろ向きになって、そこから一歩づつゆっくり後ろ(背中の方)に歩いてみて。まるで世の中がスローモーションになったかのようにみえるでしょう。」

その時、CDのバックグラウンドの音がゆっくり低い音になるので、自分の周りの環境がまるでビデオをゆっくり回しているみたいに感じる!


「右手にはアザラシが見えるでしょう。もうちょっと行くとシロクマの水槽がみえるの。」
セントラル・パーク内の動物園。入場しなくても見えるものもあるのだ。




「ちょっと小雨が戻って来たみたい、しばらくここで雨宿りしましょ。」
表はカンカン照りの夏日なのに小雨の音を聞いていると、皮膚も湿度を思い出すかのようで面白い。

道の分かれ目ではすかさず、「左側の道を歩いてね。」、なんていいタイミングでささやかれる。


「はじめてNYに来た時はまだ美大生だった。なにもかもが美しく見えてゴミさえも。そんなものを写真に撮ったりしていた。美とは何かと言えば、それは消えてしまうもの、つかみたいのにつかめないものを言うのではないか。」

「セントラル・パークの設計者、オルムステッドは風景画を描くように岩山や小道、木を配した。工事中には100年前の人骨が掘り出されたりもしたそう。」

歩きながらふと足元を見るときれいな銀色の花。ブローチの落とし物? とても自然にジャネットとの散歩に溶け込んだ。


トンネルでは、「少しじっとしてみて」と。すると黒人男性の低くて太いのゴスペルのような、民謡のような歌声が聞こえた。




「オルフェウスの話を覚えているか?」と男の声。

亡くなった妻を連れ戻して長い暗い階段を登って帰る時、「地上につくまで振り返らない」という約束を守れなかったというあの話。
「きっと彼の中では振り向いて彼女の顔を見たその一瞬がスナップ写真のように焼き付いただろう。」


「この写真はフリーマーケットでみつけたの。ほらここでしょ。ここで撮影されたのよ。岩も街灯も同じ位置にある。」

「きっと彼女は自分だけ写真に写るのに嫌気がさしてきているのではないかな。誰かにシャッターをお願いしたってよかったはすだし。彼女の顔にかかっている髪の毛が気になる。」


噴水では「アジア人が結婚式の写真をとっている。」

ここも含めNYの名所では、アジア系のカップルのウェディング・ドレスで旦那さんに抱き上げられたりして派手な写真撮影をよく見かけるんだけど、ちゃんと平日の昼間なのに、今日もいてびっくり。


「大恐慌の時にはセントラル・パークの中に2,000人もの人が住んでいたという。」


「ジョン・レノンとヨーコ・オノのダコダ・ハウスが見える。私は思う。あの撃たれた瞬間、ヨーコはどこにいたのかと。一緒にいたのだろうか。それとも電話で知らせを受けたのだろうか。」


「最後の写真のスポットを探し当てるのは難しかった。葉っぱがだいぶ増えているし。でも目印になる岩は今もその水面からのぞいているでしょ。」

「さあ、呼吸を合わせてみて私に。」とジャネットのゆっくりとした呼吸の音がしばらく続いた。

 

 

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