のらり 大好評連載中   
 
■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第575回:無遠慮な提案 - 岩手県北バス 道の駅やまだ~宮古駅前 -

更新日2016/02/04


道の駅やまだを10時41分発の岩手県北バスに乗り、さらに北を目指す。田舎のバスは定刻運転で信頼できる。乗り遅れは私のミスである。割り切って景色を楽しもうと思う。バスは国道45号線を進む。ほぼ山田線に沿う道である。

穏やかな海。きれいだな、と思っていると、壊れた防波堤や地面にむき出しのコンクリート基礎が現れる。楽しいばかりの景色ではない。今回の旅は視察である。気持ちを引き締める。


低いからこそ残った堤防? と破壊跡の基礎

沿岸の道で海がきれいに見える。それは必ずしも喜ばしいことではない。そこにあるべき堤防が津波で破壊された証拠だ。美しい景色が、実は爪痕である。

陸側に目を向ける。そこには壊れたままの建物がある。思わずカメラを向けシャッターを押す。恨めしい津波から3年経つ。新しい建物もあれば更地もあり、壊れたまま放置された建物もある。


3年経っても壊れたままの集会所

カメラの液晶画面で写真を拡大する。壊れた建物は柳沢団地集会所であった。公共の建物だ。修復する予算が回ってこないようだ。いや、修復したところで、もうこのあたりには集まる人が少ないのかもしれない。潰れかけた集落の再建には、お金と時間が必要だ。そして、そこに住み続けたいと思う人々の意思。その土地に対する展望。将来の夢。どうか取り戻してほしい。錆びた線路が放置されるようなところに住みたくない。鉄道の再開は、きっと人々の希望になる。


穏やかな山田湾、遠くに養殖筏が並ぶ

視線を海側の車窓に戻す。山田湾。養殖筏が並んでいる。まるで大船団である。スマートホンで調べた。日本経済新聞によると、浅瀬はカキ、沖合はホタテ。総数は約2,200台もあるそうだ。震災前は約3,700台あって、約3,000台が壊された。しかし復旧は約2,200台で終わりという。震災前は筏が多すぎて、貝たちが栄養不足になっていた。津波をきっかけに筏を減らしたから、かえって貝が良く育つそうだ。ピンチはチャンスである。

国道45号線は海から離れて北上する。山田線の線路はもっと手前から北へ向かっている。どちらも山田湾から宮古湾への直行ルートになる。山道だから津波の爪痕はない。ただし仮設住宅はある。沿岸で家を失った人が住んでいる。山間部も地震で家が倒壊した人もいただろう。仮設住宅で3年も暮らす。それはどんな気持ちだろうか。憔悴しているか、あるいは慣れてしまうか。私なら慣れてしまう。新しい住まいを得ようという気持ちになるまで、さらに時間がかかるだろう。


仮設の県立病院

バスは道を外れた。車窓に小さなプレハブの建物が現れた。看板に岩手県立山田病院とある。建物の入り口に面した場所でバスが停まった。県立病院なら、本来はもっと大きな建物だったはずだ。それとも臨時出張所だろうか。地域の人々のためでもあり、復興工事関係者のためでもある。

山の中の景色に少し飽きた。鞄から時刻表を出して、日程を再検討する。バスが定刻で走ってくれそうだから、宮古駅前着は11時34分。三陸鉄道北リアス線の久慈行きは13時15分発だ。バスと三陸鉄道の接続は考慮されていないらしい。しかし、昼飯時だからちょうどいい。久慈駅着は14時49分。八戸線への乗り継ぎは7分後。14時56分発だ。なんと、当初の予定通りに復帰する。

これは素晴らしい。鉄道同士のダイヤ調整は良くできている。だからといって久慈を素通りするには惜しい。久慈は大ヒットドラマ『あまちゃん』の舞台。きっと見どころは多いはず。だから元の日程では2時間の町歩き時間を組み込んだ。さて、どうしたものか。


山田線の線路と平行する

その時、景色が開けた。見上げれば思考が途切れる。このあたりで山田線の線路が近づくはずである。見届けたい。地図を確認し、左の窓に注目する。左手に線路が近づいてくる。そして、国道の真横に並んだ。道路は片側1車線、渋滞するほどではないけれど乗用車、トラック、ダンプカーが多い。列車は来ない。レールが錆びている。

国道が線路と離れた。右の車窓は川だ。津軽石川と行って、古来より鮭の遡上で有名だったという。津軽石という名は、青森県津軽地方で産出される美しい石と同じ石が取れる場所に由来する。

線路と道路の間に人々が住む。そしてまた線路が近づく。またまた国道が離れる。しかしバスは国道ではなく、線路沿いの道を選んだ。次の停留所は津軽石。山田線にも津軽石駅がある。駅の周りにも建物がある。


津軽石バス停の向こうに津軽石駅

しかし津軽石駅は機能していない。津軽石駅では津波で列車が脱線している。駅舎は残っているけれど、ホームに面した側はベニヤ板で塞がれていた。そして、駅の先から線路がなかった。国道は線路、いや、路盤に沿っている。なぜだ、と思って右の車窓に戻れば、津軽石川の向こうに一瞬、荒れ地が見えた。砂利採取のような設備の他に建物が見えない。そうか、ここからが被災地域か。

その景観を隠すように堤防がせり上がる。立派な河口堰もある。しかし津波はどちらも超えた。その証拠が失われた線路である。そして車窓は海になる。ここは宮古湾の南端だ。津波は湾に入り込み、津軽石川に沿って遡上した。線路側の土地は高い位置だったから建物が残っている。津軽石川と線路を境目として、明暗が分かれた。線路は残酷な境界線であった。


宮古湾の穏やか。入江が奥深い

線路が内陸へ離れていく。バスは国道45号の沿岸経由だ。再び合流するまで駅がない、ということだ。穏やかな海。こちらは養殖筏が少ない。細長い湾で、潮の流れが弱いせいだろうか。その景色を見て閃いた。船だ。観光船だ。バスの代わりに観光船を運航したら楽しいかもしれない。

三陸鉄道南リアス線が開業し、北リアス線とセットで訪れる人々が増えるだろう。しかし二つの路線は山田線を隔てている。その山田線はバス連絡だ。そこで、宮古と釜石を船で結ぶ。リアス海岸を眺めるルートになる。途中の町に寄らないから実用的ではない。しかし、観光ルートとしては魅力的だ。私なら迷わず船を選ぶ。


宮古市街地に入る。大型家電店の姿にほっとする

バスは市街地に入った。建物が多い。すっかり片付いているけれど、このあたりも津波の被害が多かったところだ。民家の2階にクルマが突っ込んだり、船が道路に鎮座したりという様子が、新聞やテレビ、週刊誌などで報じられた。よく見ると、残っている建物はコンクリート造だけだ。木造はひとつもなく、歯が抜けた後のように空き地がある。石巻の街並みに似ている。


宮古市街を進む。津波に乗った船が通ったという道

震災から3年。海の養殖は復活し、町は整った。人々の心はどうだろうか。後日談になるけれど、ラジオ番組の収録で三陸鉄道の社長にインタビューしたとき、観光連絡船を提案した。彼は沈黙した。放送でもカットされた。あれはなぜだろう。いまは穏やかな海とはいえ、多くの人々を連れ去った海。もしかしたら、まだ海底に亡骸があるかもしれない。そんな海で遊ぶ気持ちにならない、という思いはあるだろう。

もしそうだとしたら、私の提案はあまりにも浅はかだ。しかし、ここまで北上して、私の被災地の印象は悔恨や同情から希望に変わっている。ここは被災地だ。しかし、再開拓の地でもある。悲しみを忘れてはいけないけれど、未来を手放してもいけない。それを無遠慮で脳天気だと片付けられたら、被災地はずっと被災地のままではないか。私と同じ考えの人もいると信じたい。


宮古駅に到着

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
著者にメールを送る

1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第101回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで
第351回~第400回まで
第401回~第450回まで
第451回~第500回まで
第501回~第550回まで

第551回:要塞海峡
- 火の山ロープウェイ・サンデンバス・関門汽船 -

第552回:天井から水平線
- 帆柱ケーブル -

第553回:九州完乗~帰途へ
- 皿倉山スロープカー -

第554回:帰るには早すぎる
- 交通科学博物館 -

第555回:神木の駅
- 京阪電鉄 萱島 ~ 淀屋橋 -

第556回:きっかけはラジオ出演
- はやぶさ1号 東京~仙台 -

第557回:痛恨のフラッシュ
- 仙石線 仙台~松島海岸 -

第558回:線路がない
- 仙石線代行バス 松島海岸~矢本 -

第559回:落ち着いた被災地
- 仙石線 矢本~石巻 -

第560回:石巻線マンガッタンライナー
- 石巻線 石巻~浦宿 -

第561回:無慈悲な境界線
- 石巻線代行バス 浦宿~女川 -

第562回:喪失
- 女川港 -

第563回:希望
- 女川町 -

第564回:線路があるところまで
- 気仙沼線 前谷地~柳津 -

第565回:BRTバス複線区間
- 気仙沼線BRT 柳津~陸前戸倉 -

第566回:津波の境界線
- 気仙沼線BRT 陸前戸倉~気仙沼 -

第567回:気仙沼ホルモンと復興の宿
- 大船渡線BRT 気仙沼~鹿折唐桑 -

第568回:廃線とバス路線
- 大船渡線BRT 鹿折唐桑~小友 -

第569回:BRT専用道の景色
- 大船渡線BRT 小友~盛 -

第570回:きっと、ずっと
- 三陸鉄道南リアス線 盛駅 -

第571回:クウェート、ホタテ、白い築堤
- 三陸鉄道南リアス線 盛駅~三陸駅 -

第572回:SL銀河3日前
- 三陸鉄道南リアス線 三陸駅~釜石駅 -

第573回:空疎な陸と穏やかな海
- 岩手県交通バス 釜石駅~道の駅やまだ -

第574回:生せんべいの誘惑
- 道の駅やまだ -


■更新予定日:毎週木曜日