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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
第325回:地産地消で満腹満悦 -越美北線1-
更新日2010/04/01


越前大野駅に戻ると売店のおばちゃんが駅の玄関を掃いていた。この人はサボるということをしない。もっとも、そろそろ列車が発着する時間である。一日に数えるほどしかない商機。のんびりしてはいられない。私の姿を見つけると「おいしいものあったかい」と言った。「ちょっと早かったみたいだ。生ものばかりで」と返した。おばちゃんは気の毒そうな顔をして、「九頭竜湖にも美味しいものがいっぱいあるよ」と言った。信用していいのかと思う。しかし、九頭竜湖駅は道の駅を併設しており、観光案内所もあることを調べておいた。期待して良さそうだ。


越前大野駅の「安全の鐘」
ちょっと鳴らしてみたら大きな音がして焦った。

ローカル線の旅では当たり前すぎて書かなかったけれど、都会の人に説明すると、田舎の駅では列車の発車時刻が近づくまで改札を閉めている。飛行機の搭乗口のように、用意ができるまで待合室でお待ちください、という方式だ。その光景は鉄道が格上の存在であるかのような儀式であり、そこから察するに、都会と田舎では鉄道や列車に対する思い入れが違う。改札口は地域の人々にとって、この世界からの出口であり、異世界への扉でもある。列車に乗ることは特別なことなのだ。いや、本来、乗り物とはそういうもので、都会の鉄道が手軽すぎる。


下り列車が到着。後ろ1両は引き返す。

駅員が列車の到着を告げ、福井行きと九頭竜湖行きの改札を始めた。福井から到着した列車は2両編成で、前方の車両はそのまま九頭竜湖へ、後方の車両は折り返し福井へ戻る。間違えないように、と駅員が何度も呼びかけている。後ろの車両に乗っていて九頭竜湖へ行く人を前の車両へ誘導し、大野から乗る人を前後の車両に案内する。小さな駅の、短いホームで人々の動線が錯綜した。ローカル線にしては賑わっている。

そこで私は、今日が体育の日の祝日で三連休の最終日だと気づいた。行楽日和。湖へ行く列車は活気がある。車内は満席で、私たち大野からの乗車組は立たなくてはいけなかった。年寄りに席を譲る場面を眺めつつ、私は運転台のそばに行く。キハ120という気動車は運転席が電話ボックスのように仕切られており、その隣には運賃箱。それ以外の部分は開放されていた。立つならここだ。私にとっては特等席である。もっとも、山城を登って降りたばかりなので、正直なところ足が痛い。


広々とした展望(?)スペース。

車窓を見渡すと、大野と言う町は両白山地の裾にぽっかりとできた盆地であった。福井と岐阜を結ぶ美濃街道の途上にあって、大野は山地の西側である。山道を越える者、超えた者が支度をする宿場でもあった。大野から福井へは九頭竜川ルートと足羽川ルートがあって、その合流点が大野である。つまり、大野を押さえれば、街道を掌握できる。美濃の信長からみて、日本海側への前進基地だといえよう。ちなみに九頭竜川沿いにえちぜん鉄道があって、足羽川沿いに越美北線がある。

気動車は盆地の平らなところでは軽快に走り、柿ヶ島駅を出るといよいよ山道にさしかかる。山の入り口、きつい勾配のせいか、短いトンネルと鉄橋をひどくゆっくり通り抜けた。谷間を行く景色で、この先はもっとよい眺めだろうと思ったけれど、以外にもトンネルが多く、車窓を愛でる期待はしぼんでしまった。約5キロの荒島トンネルを出ると越前下山駅。そこを発車すると約2キロの下山トンネルだ。越前下山駅はトンネルに挟まれた高架の駅で、下に片側1車線の美濃街道が見えた。


第19九頭竜川鉄橋……いくつあるんだ?

こんなところに、いったい何をする人が住んでいるのだろう。街道筋の宿場のひとつだったのだろうか。雪で道路が使えなくなると鉄道しか移動手段がない。もっとも、そういうところに作った路線だからこそ、赤字でも廃止されずに済んだといえそうだ。なにしろ越美北線は2004年夏の豪雨で足場川が氾濫し、7つある鉄橋のうち5つが破壊された。そのため越前大野駅の海側が不通となった。私が山地の向こう側の長良川鉄道に乗り、次は山の向こう側に行こうと決めた直後のことだった。

越美北線は赤字のローカル線でもあるし、このまま廃止になるのではないかと心配したけれど、福井県と国が復旧費用を援助して、3年がかりで再建された。大野市と勝山市は合わせて人口6万人の規模であり、なおかつ豪雪地帯でもある。冬に道路が断たれると鉄道しかなく、鉄道が断たれると6万人が孤立する。えちぜん鉄道と合わせて、ふたつの鉄道ルートを確保する必要があると判断されたのだろう。これは京福電鉄廃止後、えちぜん鉄道として復活させた理由でもある。


九頭竜湖駅に到着。

もし越美北線の大野より東側が被災していたら、復活はなかったかもしれない。しかしこちらはトンネルが多く頑強で、その心配はなさそうである。もっとも、そのせいで景色は見えず、あんまり楽しくない。だから過去のウンチクを書き散らすしかないのである。道路は丁寧に九頭竜川に沿っており、クルマやバイクのほうが景色を楽しめるだろう。それがどうも悔しい。それでもトンネルの合間にチラチラと見える景色は魅力的だ。名家の庭園を塀の隙間から覗いているような気分である。

10時46分、九頭竜湖駅に到着した。改札口の壁はニス塗りの木材で、通路が狭くて込み合ったこともあり、山小屋に入り込むようである。そこを通り抜ければまさしくログハウス風の洒落た駅舎であった。待合室が居間のようで、大きな梁が頼もしい。グループが憩う小部屋のような場所もある。観光地に来たな、と、晴れやかな気分になった。私のような鉄道好きにとっては終着駅でも、観光地に遊びに来た人はここから始まるのだ。駅は観光地の玄関。晴れの舞台の始まりである。


道の駅に観光客が集まる。

表に出るとさらに賑わっていた。今日は快晴で日差しも暖かく、まさしくツーリング日和。駅舎を出て左側がさらに賑やかで、出店や売店が並び、お客さんが列を作っている。道の駅としての九頭竜湖駅にマイカーでやってきた人々である。広場の中央には恐竜が2体。ここも恐竜か……と通り過ぎようとして驚いた。こいつ……動くぞ……。

この恐竜たちは大野駅前のイグアノドンとは違い、大人しくなかった。ゆっくりだが首を上下左右に振り、口を開いてぎっしりと尖った歯を見せる。その周りで子供たちが歓声を上げる。なるほど、ロングドライブに飽きた子供には、うってつけのアトラクションになっていた。

大野駅の売店のおばちゃんが言うとおり、いろいろな食べ物が並んでいた。ちょっと早いけれど昼食にしよう。舞茸のてんぷら、サトイモの煮っ転がし、鶏のから揚げ、シメジの炊き込みご飯……。地産地消というより、近所の奥さんが台所から持ってきたようである。色合いは地味である。しかし、ふだんファーストフードばかり食べている生活だから、こういう食べ物がとてもうれしい。しかも安い。


即売所は大繁盛。店内はレジまで一方通行。

私が乗ってきた気動車は12分後に引き返していった。私は次の列車に乗る予定だ。まずは地元のご馳走をテーブルに広げ、モリモリと食事を始めた。この駅でとんぼ返りする日程にしなくて本当によかった。

次の列車が発車する14時33分まで、約3時間半。
よし、九頭竜湖に行ってみるか。

-… つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。月刊文藝春秋「乗り鉄うまい旅」連載。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員。

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