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■新・汽車旅日記〜平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第625回:未完のダイヤ − 急行はまなす 2 / 特急つがる2号 1 −

更新日2017/04/13


最後の夜行急行“はまなす”は、あと30分ほどで青森に到着する。若い頃は、この30分も睡眠時間を延長できた。しかし、いったん起きてカメラをいじれば、もう頭が覚めて眠れない。そのまま下段ベッドに座り、進行方向に背を向けて、窓の外を眺める。トンネルを出ても景色は暗い。

人間にとって睡眠とはなにか。少年時代から疑問に思っていた。脳を休ませるとはどういうことか。ある時、ふと納得できた。高校生で8ビットコンピュータを触り、大学生で16ビットコンピュータを触って、ハードディスクを使い始めた頃だ。ハードディスクにデータを書き込み、消去して、これを繰り返すと、処理速度が落ちる。ディスク内の格納場所が隙間だらけになって、やがて、ひとつの大きなファイルをまとめて保管できない。仕方ないので、格納場所を分散させる。これをファイルの断片化という。

断片化されたファイルが増えると、一度でできるはずの読み書きの回数が増えて処理速度が落ちる。そこで、ハードディスク内のファイルを整理して、断片化を解消する。この作業をデフラグという。脳も記憶装置のようなものだから、雑多な情報を取り込んでいくと機能が下がり処理が落ちる。これが疲労感や眠気となる。睡眠するとスッキリする。つまり、睡眠とは、脳のデフラグだ。

この結論が正しいかどうかはわからないけれど、私は納得した。だから、眠気を感じたら逆らわずに短時間でも眠ると決めた。実際に、眠気を我慢して徹夜して8時間かかった原稿よりも、4時間眠って2時間で書いた原稿のほうがうまく書けている。間違いも少ない。

眠気に逆らわずに生活すると、自然に早寝早起きになる。年寄りが朝早く起きる理由は、年齢のせいではなく、夜更かしをしないからだとわかる。人間は、日の出に起き、日没で眠る動物だ。そう思うようになってから、夜行列車に乗ってもすぐに眠り、早起きするようになった。今も5時前に起きて平然としている。

青森駅到着直前に車両基地を通過する。コンパクトデジカメで撮影したけれども、これは失敗した。明るさが足りない。デジタル一眼ならば成功したかもしれない。しかし音が大きいから遠慮した。向かいの寝台も、上段寝台もカーテンを閉ざしている。皆、そろそろ起きるべき頃合いだ。しかし硬質なシャッター音で目覚めたくはないだろう。

いったんカーテンを閉じ、身支度を調える。鞄をひとつにまとめて降りる用意だ。やがて“はまなす”は速度を落とし、分岐器を通過する音と揺れで旅人たちに終着を知らせた。05時39分。定時到着である。さよなら、はまなす。新幹線が開業したら、もう乗れない。残念だ。

次に乗る列車は4分後の特急“つがる2号”秋田行きだ。意外なことに、同じホームではなかった。乗り継ぎ客が多く、ぞろぞろと階段を上って降りる。30年ほど前に青函連絡船に乗り継いた景色を思い出す。立ち止まれないほどの人の流れ。“はなます”の見送りも、“つがる2号”の車両の検分もできない。もちろん写真も撮れない。

発車のベルが長く響く。最後のお客さんが乗り込んでドアが閉じて、結局、2分遅れで発車した。


暗い青森駅を出発

青森県も雪景色である。曇天だけど車窓は明るい。田畑は真っ白、曇り空も灰色ではなく乳白色。白っぽい景色の向こうに、岩木山が裾を広げている。津軽富士。頂上から高さ四分の一ほど雪化粧をしている。美しい山だなと、車窓から見かけるたびに思う。


青森も雪景色

私が乗った指定席は空いているけれども、隣の自由席は満員のようだ。ドア付近に立ち、座らない人がいる。自由席のお客さんが指定席のデッキまで溢れている。


天も地も白い世界

これほどの人々が札幌から秋田へ向かうとは思わなかった。と、思ったら、次の新青森駅で自由席車両の人々がごっそり降りていく。なるほど、秋田へ行く人々ではなく、東北新幹線に乗り継いで仙台や東京などへ向かう人々か。東京行きの一番列車は“はやぶさ4号”で、新青森駅06時17分発。東京着は09時25分。なるほど、“はまなす”“はやぶさ”の組み合わせだと、札幌に夜まで滞在し、車中泊で乗り継いで、東京で朝から行動できる。


岩木山が近づく

航空便だと、新千歳空港の初便は07時30分発、羽田空港に09時05分着。到着が少し早いとは言え、だいたい7時に空港に到着しないといけない。それなら、夜行列車ファンではなくても、はまなすの寝台車やカーペット車両のほうがいい。冬場ならなおさらだろう。北海道新幹線が開業しても、“はまなす”の役割は残っていそうだ。もっとも、もう車両がもたない。新型車両を投入するほどの案件でもなさそうである。


弘前駅、10分遅れ

それにしても、東北新幹線に乗り継ぐ人々は、なぜ“つがる2号”を選んだか。階段を急いで隣の駅まで特急に乗らなくても、青森駅を06時ちょうどに発車する普通列車に乗れば、新青森着06時04分だ。“はやぶさ4号”に間に合う。そういえば、はまなすと同じホームの反対側に停まっていた普通列車がそうではなかったか。ならば、重い荷物を持ったまま、難なく乗り換えできたわけだ。


朝食は海の向こう、札幌で買ったパンで

新青森駅の降車も時間がかかったようで、弘前駅到着は10分遅れ。どうも今のダイヤは失敗しているような気がする。青森駅で先に普通列車を発車させて、新青森駅以降のどこかで“つがる2号”を待避したほうがよさそうだ。来月の全国ダイヤ改正で改善されるだろうか。


弘南鉄道のラッセル車が見えた

弘前を出ると次は大鰐温泉だ。Mさんと乗った弘南鉄道の電車が見えた。元、東急電鉄の7000系。私にとっては懐かしい車両。よぉ、元気そうじゃないか。声をかけたくなる。黒いラッセル車もいた。今にも動き出すか、あるいは始発列車を動かすために、朝の仕事を終えてきたか。


懐かしの東急7000系

10分遅れのまま大鰐温泉を発車。進行方向の空がオレンジ色に染まっている。山肌の雪が輝き始めた。


やっと夜が明けた

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。京浜急行沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動する。「新汽車旅日記」をきっかけに鉄道方面にも進出した。「鉄旅オブザイヤー」最終選考委員

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■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
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ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
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