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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第376回:新幹線とならぶ区間 - 阪急京都線 1 -

更新日2011/06/02


鴨川を渡ったところに無人の交番があった。KOBANという看板の絵が、馬に乗った騎士のようで、よく見ると手綱のところに子供を抱えている。いつの時代のおまわりさんだろう。さらに歩くと、小さな川がある。水面を覆うように並木の青葉が茂っている。これが森鴎外の小説、高瀬舟に登場した高瀬川である。高瀬舟は、高瀬川で用いられたから高瀬舟と名付けられたか、いや、高瀬舟を通すから高瀬川と名付けられたか。


阪急河原町駅

川というけれど江戸時代に水運のために作られた。だから小さいながらも運河だ。ここは鴨川からの取水口に近いので川幅は狭いけれど、南へ進めば広くなる。この川沿いに幕末のドラマの舞台が随所に散らばるという。桜の名所でもあり、史跡も多く、高瀬舟方式の遊覧船を走らせようという機運もあるという。その高瀬川沿いに、河原町駅の入り口がぽっかりと空いていた。その横で富山の餅売が店を開いている。こんなに朝早くから商いをする。これも京都の伝統だろうか。


江戸時代に小舟が行き交った高瀬川

阪急京都線の河原町駅は、私にとって二度目の訪問である。地下のコンコースに映画『阪急電車』のポスターがあった。女優の戸田恵梨香さんが微笑んでいる。有川浩さん原作の小説が映画化されて話題となって、私の行きつけの書店にも阪急電車コーナーができた。鉄道を舞台にしているだけで、鉄道そのものを扱った作品ではないけれど、映画の原作に並んで電車の本も置かれていた。関東の人には関西の私鉄に馴染みがないから、興味を持ってもらう良いきっかけになるだろう。

かく言う私も、今回は京阪に乗るか阪急に乗るかと考えて、阪急が旬だと思った。文庫を買ったら映画化すると知り、観てから読もうと思った。そして映画を観る前に乗ろうと思った。映画の風景を実感できると思ったからだった。乗ってから観て、観てから読む。観てから読めば、映像を思い出しながら楽しめる。役者の細かい動きの理由もわかる。逆だと省略された場面が気になってしまう。観る前に乗れば、映像にならなかった景色や位置関係を理解して観られる。


阪急電車で出発

今日は能勢電鉄と妙見山ケーブルカーへと足を延ばすつもりだ。そこで、「能勢妙見・里山ぐるっとパス」というフリーきっぷを買おうとしたら、出札窓口が見当たらない。改札機のそばにテレビ電話のような機械があって、そこで対応するという。ボタンを押すと画面の向こうに係員が現れて、開いている窓口の道順を教えてもらった。窓口氏に私の来訪目的が伝わっていたようで、すぐにきっぷを出してくれた。

階段を下りると島式ホームを挟んでマルーン色の電車が停まっている。列車種別がいろいろあって迷う。京都まで乗り通すなら特急や快速特急がいいけれど、私は水無瀬駅に寄りたい。携帯端末を調べたら、先発の各駅停車が先に着くと出た。列車本数の少ない時間帯である。追い越しの回数も少ないようだ。茶色い電車に乗り、緑色のシートに座る。木目調の壁、窓に鉄製の日よけが付いている。これが阪急電車である。


長岡天神駅

地下を走り続けた電車は西院を発車後に地上に出る。この先、桂までの景色は見覚えがある。4年前はここで嵐山線に乗り換えて、嵐山から嵐電と地下鉄を乗り継いで京都へ戻った。桂から先が初乗り区間だ。各駅停車とはいえ、力強く加速して、しっかりと減速して停まる。キビキビとした良い走りだ。そうかと思えば、長岡天神駅で快速特急と回送列車に追い越された。私の地元の京急と似ている。

名神高速道路を潜ってしばらくすると東海道線が並ぶ。東海道線の線路がせりあがって頭上を越えていく。こんどはこちらの線路が上り勾配になった。左手から別の線路が近づいて並ぶ。東海道新幹線である。上りきったところに大山崎駅がある。阪急側だけの駅で、当然ながら新幹線の駅はない。この駅から二つ先の上牧駅まで、阪急電車と新幹線は並んで走る。いや、この二つの路線は、ただ並ぶだけの関係ではない。


大山崎駅で新幹線と並ぶ

この区間は阪急にとっても新幹線にとっても歴史的な名所である。阪急電車はかつて、新幹線の線路を走った。それは新幹線の開業前で、阪急の線路を高架化する工事中に、新幹線の線路を借りて営業した。線路の幅が同じだったから、やりやすかったのだろう。そもそも、新幹線の高架線路を造る時に、阪急の線路も高架化したからである。地盤と見通しの都合で、新幹線を隣に並べる阪急側が高架化を要望したという。


新幹線と競争?

その名所に敬意を表して、上牧駅で電車を降りた。島式ホームの端に立つ。阪急の複線と、新幹線の複線がピッタリと並んでいる。東京だと田町駅付近の東海道線と新幹線くらいの感覚である。埼京線と東北新幹線より近い。同じ路線の複々線と言ってもよさそうだ。ここで新幹線と阪急電車が並んで走る場面を見たかった。時刻は06時20分。新幹線は始発が発車したばかりだ。線路が観たかったから、駅の外に興味は向かない。30分ほど待っただろうか。N700系があっという間に駆け抜けた。


映画記念ヘッドマーク付きの電車
新幹線はなかなか来なかった

-…つづく

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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■著書
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杉山 淳一 著(リイド文庫)


 

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