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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第676回:もうちょっと頑張ろうか - 赤穂線 -

更新日2018/12/20



スーパーはくと10号は6分遅れで上郡に着いた。このまま京都まで乗っていきたいという気持ちをグッと堪える。もう一つ、立ち寄りたい路線がある。赤穂線だ。1985年の春に東岡山から西片上まで乗った。西片上から相生までが未乗である。ここだけ残しておきたくないから、この機会に乗っておきたい。もうちょっと頑張ろう。

上郡から山陽本線上り電車に乗る。乗り継ぎ時間は5分で、スーパーはくと10号が6分遅れ。間に合わないと思ったら、相手も到着していなかった。岡山方面に黄色い電車が待機中。スーパーはくと10号も山陽本線上りも同じ1番線を使うため、駅の手前で信号停車していた。反対側、下り電車もスーパーはくと10号の到着を待って発車するようだ。岡山方面へ向かう乗り継ぎ客への配慮である。しっかり考えられているんだな、と思うけれども、もともと山陽本線の運行本数が少なくて、次の電車まで待たせるわけにはいかない。日中の相生方面は30分おき、岡山方面は1時間おきである。大動脈であるはずの山陽本線も、このあたりはローカル線だ。

01
山陽本線閑散区間、3両編成の旧型電車

上郡から山陽本線の相生行きに乗り継ぐ人は多い。スーパーはくと10号が相生に停まらないからだ。2駅だけ進んで相生着。この電車の終点である。スーハーはくと10号の接続を待ったため、16時22分着。赤穂線の播州赤穂行きは16時23分発。駅の案内放送に急かされて、小走りの集団が移動する。次の電車は40分後だから、あきらめる人は少ない。幸いにも同じホームに電車が待っていた。乗り込んで安堵する間もなくドアが閉まる。

02
相生からの赤穂線は都会を走る最新型

山陽本線ローカル各駅停車は国鉄時代からの115系3両編成、黄色一色だった。赤穂線の播州赤穂行きは銀色の223系電車で4両編成、銀色の車体に白、茶、青の細い帯を巻く。格段に新しい車両だ。赤穂線の相生~播州赤穂間は大阪近郊区間の範囲内で、京阪神から直通する新快速もある。都会の電車が乗り入れるというわけだ。座席の居心地も良さそうだけど、乗り込んだ時はすでに満席。いつものように運転台の側に立つ。

03
単線の赤穂線へ進む

赤穂線は山陽本線の相生駅から分岐し、忠臣蔵で知られる赤穂を経由し、山陽本線の東岡山で合流する。山陽本線の南側、海寄りのルートだ。山陽本線は直行ながら勾配が大きかったため、平坦な迂回ルートとして赤穂線が建設された。路線延長は57.4kmだ。

04
夕暮れが迫っている

播州赤穂は相生から三つめの駅。ここまでの風景はトンネル、住宅地、トンネルだ。蒸気機関車の頃に長いトンネルを作っている。煙に困らないのかと思うけれど、あるとき蒸気機関車の運転士さんと話していたら、煙は機関車の後ろに流れていくから、運転席は煙くないという。ああ、それもそうだなと思った。困るのは機関車の後ろ、乗客である。もっとも、赤穂線は重量貨物の迂回路という役割が大きかったろうし、煙で文句を言いそうな特急の客は山陽本線のほうだろう。単線のトンネルなら、次の列車が来る頃までに煙も落ち着くかもしれない。

05
播磨五川のひとつ千種川

播州赤穂着16時34分。ここからまた黄色い電車に乗り換える。冬の日差しが力つきようとしていた。未乗区間が終わる西片上まで、なんとか景色を眺めたい。祈りにも似た気持ちになる。特に日生駅付近は明るいままでいてほしい。地図を眺めると、赤穂線は山陽本線より海に近いとはいえ、海岸とは離れている。日生駅付近だけが海を眺められそうだ。

06
播州赤穂駅、都会電車と田舎電車の境界駅

播州赤穂駅を出発すると市街地、工場街、運河を渡って天和駅。麻雀好きなら縁起がいいと喜びそうな駅名だ。ここから畑が増えている。トンネルを通る度に景色が暗くなっていく。寒河駅を出て、次が日生駅だ。海側の車窓に注目する。海が現れた。瀬戸内の海は水平線が少ない。海の向こう正面は鹿久居島。かくいじまと読むらしい。

07
日生駅の手前で、海

日生駅を出ると海から離れ、車窓の両側が山になる。海に近いけど山がある。地形が複雑で浜がない。稜線が夕焼けの赤に縁取られた。空は明るく、地上は暗い。伊里駅、備前片上駅、そして西片上駅。かろうじて建物の輪郭がわかる明るさで未乗区間を走破した。ここから先の景色も見たくなる。しかし目的は達したから満足だ。

08
日生駅。にっせい、ではなく、ひなせ、と読む
日生諸島を結ぶ船が出る町だ

1985年の春、岡山から赤穂線に乗り、西片上駅で下りて引き返した。その理由は、西片上駅付近から片上鉄道が出ていたからだ。片上鉄道は中国山地の柵原(やなはら)鉱山から採掘された鉄鉱石を片上の港まで輸送するために作られた。親会社は同和鉱業だ。片上駅は西片上駅の南側にあり、列車は赤穂線、山陽本線をまたいで北上した。今となっては景色もルートも思い出せないけれど、おそらく吉井川に沿っていた。客車列車に乗った記憶がある。青春18きっぷで国鉄ばかり乗っていた私が、なぜここだけは地方私鉄に乗ったか。きっと当時から廃止の噂があったらしい。

09
空だけが明るい、井戸の底のような景色

片上鉄道の廃止後、愛好家有志によって車両や施設の一部が保存されている。柵原ふれあい鉱山公園には旧吉ヶ原駅舎と400mの線路があって、毎月1回の展示運転も行われる。片上鉄道の会社名で、車両からトンネルへ映像を投入する装置を開発販売していた。現在は鉄道グッズやLED施工を生業としているようだ。社員の方にお名刺を頂戴したことがある。いずれ、記憶を呼び覚ますために行ってみたい。

西片上から先は暗くなってしまったけれど、片上鉄道再訪問のお楽しみの一つとする。今日はこのまま列車に乗って、岡山で青春18きっぷの旅を終え、新幹線で東京に帰る。中国山地の鉄道路線のうち、岡山、鳥取の東側が終わった。

10
岡山駅はクリスマスイルミネーションで彩られていた


第676回の行程地図


2016年12月10~11日の新規乗車線区
JR:171.7Km
私鉄: 56.1Km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):21,365.4Km (93.91%)
私鉄: 6,369.1Km (91.71%)

 

 

 

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
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みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
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