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第456回:流行り歌に寄せて No.256 「悪魔がにくい」~昭和46年(1971年)8月10日リリース

更新日2023/04/20


平田隆夫とセルスターズの名前を聞くと、まず思い出すのは、ヴォーカルのみみんあいである。後から出てくる大ヒット漫画『Dr.スランプ アラレちゃん』のような丸メガネと三つ編みの髪にインパクトがあり、もう一人の女性ヴォーカルの村部レミよりも印象に残っている。

平田隆夫は、武蔵野音楽大学を卒業後、昭和40年(1965年)から、「ダン池田とアフロキューバン」に加入してジャズ・ピアニストとして活躍していた。その後、セルジオ・メンデスの音楽世界に惹かれ、昭和43年に「平田隆夫とセルスターズ」を結成した。メンバーは、ピアノ・ヴォーカルの平田隆夫、女性ヴォーカルの村部レミ、ベース(コーラス)の小井修、ドラムス(コーラス)の松山徹であった。

その翌年に、GS「ザ・ルピーズ」のギタリスト、菊谷英二を迎え入れ、さらにその翌年の昭和45年にみみんあいが加入した。だから、みみんあいは最も新参者という位置づけだが、なぜかとても目立っていたのである。

この『悪魔がにくい』は、昭和46年8月のリリースから、だいぶ時間が経った4ヵ月後にオリコンのトップ10入りを果たし、6週後に1位を獲得し、5週連続1位をキープした。

ヒットが遅れた理由の一つに、ジャケットの『悪魔がにくい』の黄色いタイトル文字が、背景の緑色の木の色に紛れて、見にくかったことがあげられる。そして、それがくっきりと見えるように新しくしたジャケットで発売する時、実は新しく録音をし直しているのである。

初回プレス盤の音源も今回見つかったので、新旧盤を聴き較べてみたところ、初回盤は二人の女性ヴォーカルの声が前面に出ており、低音部の女性の声がはっきりと聞こえるのに対し、再録音盤はそれが抑えられ、男性の声が目立つようにされており、全体的に太い音になっている。

その他には、曲中に入る手拍子なども修正されたようである。その編曲を手がけた土持(つちもち)城夫は、昭和40、50年代を中心に活躍した作曲家、編曲家で、まだ井上陽水がアンドレ・カンドレ時代に歌っていた『花にさえ、鳥にさえ』の編曲や、アニメ『男どアホウ甲子園』のテーマ曲の作・編曲など多くの楽曲を手掛けている。


「悪魔がにくい」  平田隆夫:作詞・作曲  土持城夫:編曲  平田隆夫とセルスターズ:歌

おまえが好きさ 好きなんだ

たまらなく好きなんだ

おまえのいない夜はつらい

苦しみつのるばかり



だけどどうにもならない

たまらなく好きだけど

一人迎える朝はつらい

夜明けが胸にしみる



僕には何故かわからない

おまえの移り気が

あんなに愛し合ったはずなのに

おまえが欲しい



おまえの胸に忍び込んだ

悪魔が 僕はにくい

(Tyu tyu tyu tyu・・・)



おまえが好きさ 好きなんだ

抱きしめていたいんだ

あの日おまえの愛は消えた

悲しみつのるばかり



だけどどうにもならない

帰らない愛なんだ

涙に濡れる夜は長い

孤独に耐えるだけさ



おまえのためならいつだって

命もおしくない

すべておまえのために生きている

おまえが欲しい

 

おまえの胸に忍び込んだ

悪魔が 僕はにくい

 

おまえのためならいつだって

命もおしくない

すべておまえのために生きている

おまえが欲しい

 

おまえの胸に忍び込んだ

悪魔が 僕はにくい

 

おまえの胸に忍び込んだ

悪魔が 僕はにくい

(Uuh uh uh uh uh・・・)

 

これは、相手の女性の「心変わり」を歌った歌である。心変わりを歌った歌は、男女を問わず、古今東西変わらなくあるようである。

「千々の色に うつろふらめど 知らなくに 心し秋の もみぢならねば」

題知らず、読み人知らずとして古今和歌集に収められている歌。
“あなたの気持ちはさまざまな色に変わりながら、私から離れてゆくのでしょう、でもそれは私にはわからないのですね、人の心は秋の紅葉ではないのですから”
今から千百年以上前に歌われている。

ジャズのスタンダード、“You’ve change”は、ビル・ケアリー:作詞、カール・フィッシャー:作曲の名曲。ビリー・ホリデイの晩年の歌唱は圧巻、アン・バートンの歌唱は説得力を持つ。

フランシス・レイが手掛けた曲、映画『La Modification』(邦題『心変わり』)の挿入歌“Change of Heart”のマリアン・モンゴメリーの歌唱を、最初に聴いたのが50年ほど前なのだが、いまだに耳の奥に残っている。

心変わりを歌ったものは、その抑え切れない情念を、それでも抑えを効かせて歌うので、そこからはみ出した想いが、聴く者の身体に残ってしまうようである。

今回の『悪魔がにくい』では、相手に新しい男性ができたなどの具体的な言葉は出てこない。しかし、悪魔は確かに『おまえの胸に忍び込ん』でしまったのである。(心変わりを表すのに、この表現はとても秀逸だと思う)それは、とても憎い存在だが、どうやらそれには太刀打ちできそうもないという、諦めの感情が歌われている気がする。

言葉を尽くして、どうかこちらに向き直ってくれと懇願しても、悪魔はただ意地悪げな笑いを返すだけである。
こんなこと、今までに何回かありましたよね、ご同輩。

 


第457回:流行り歌に寄せて No.257 「愛のくらし」~昭和46年(1971年)5月21日リリース


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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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