第168回:私の蘇格蘭紀行(29)
■再びロンドン、そして初のパリへ
4月25日(日)、Scotlandを後にした。何かもうすべて終わってしまったような寂寞感と、お金もない不安、パリへの不安。Don't
think twice, It's all right!
≪・・・と、日記にはここまで書いてあるが、翌26日(月)ともその他の記載がない。よほどスコットランドから離れて落胆して、やる気を失っていたのだろう。いたって恥ずかしい話だが、今記憶を辿ってみても、この二日のことはほとんど思い出せない。
25日には、グラスゴーのセントラル駅からフライング・スコッツマンに乗り、ロンドンのキングズ・クロスに降りたのだと思う。そして、B&Bを探したのだ。このB&Bは25日と26日、そしてパリでの一泊を除いて28日と3泊お世話になった。
美しい通りに面した、清潔で快適な宿であったことは覚えているが、場所の記憶が曖昧。パリに行くのにガトウィック空港を利用したから、そこに出るのに便利なヴィクトリア駅近くに宿を取ったのだと思う。≫
25日は落ち込みと疲れですぐに眠ってしまった。翌26日の夜は久し振りに「酔処」に行き、オーナーの渡辺さんやお客さんにスコットランドでの出来事をいろいろとお話しした。
スコットランド滞在中はお酒の量もかなり控えて(オーバンでの最終夜は別にして)いたし、何より日本語が自由に話せるという解放感から、かなり飲み、ぐでんぐでんになってしまったようだ。帰りはタクシーで宿へ。いわゆるバタンキューと眠ってしまう。
4月27日(火)、ロンドンは晴れ、パリは快晴。
日本で今回の旅行の航空券を買いにHISに行ったとき、応対してくださった女性に、「東京-ロンドンの往復ですと75,000円ですが、オプションでロンドンと近くのヨーロッパの都市の往復を付けてもプラス10,000円の85,000円で行けますが、いかがされますか?」と聞かれ、私はとっさに、「パ、パリ行きたいです、はい」と答えていた。
彼女は、その前の私とのやり取りから、「あなた、英語もまったくおぼつかないくせに、フランスなんて行って大丈夫なの、ええっ?」という表情を一瞬浮かべたが、もちろん言葉には出さず、「ありがとうございます。それではロンドン-パリの往復をお付けしておきます」と発券してくれた。
と言うことで、パリへの一泊旅行を無謀にも試み、その日がやってきた。もちろんプラス10,000円は航空券だけの話で、ツアーでも何でもないから、前々日日記に書いてしまったように、正直かなり不安な気持ちだった。英語の話せない日本人が、何の予備知識もなくパリを歩くことができるのか。
ロンドンはガトウィック空港から、あっという間にシャルル・ド・ゴール空港に着いてしまった。心の準備も何もできないうちに。空港では煩わしいこともなく、何とか外に出られる。
一泊旅行、しかもごく貧乏ということで、両替したのは500.00FRF。今年からヨーロッパの多くの国々がユーロを使い始め、現在、フランスもフランスフランと併用されている。いずれなくなるであろうFRFを私は使ってみたかった。
前の晩の痛飲でお腹の調子に自信がないので、空港内通路にある有料トイレへ。ところが使用制限時間3分。3分経つとドアが何のためらいもなく開いてしまうのだ。それまでにしっかりと着衣しないと通路を往来する人々にエチケット違反をすることになる。
とても落ち着いて入っていられず、無駄遣いに終わる。それにしても、こちらの人はどうやって3分間で一連の作業を終えることができるのだろう。妙なことに感心する。
空港で、日本語で書かれた列車路線図を取得して、とにかくパリと名の付く最も空港に近い場所を探す。明日の午後4時前には空港に帰っていなければならないのだ。
高速地下鉄(RER)のパリ北駅が、空港から「最も近いパリ」であることを知り、RERのB線に乗り込み30分少し。降り立つと、そこはさすがにパリ。美しい街並みだった。ロンドンからパリへの移動は、白黒からカラーへとスクリーンが変わったような雰囲気なのである。
色が違うのだ。今まで私が見てきたどんな色とも違う色彩の世界が展開されていた。これには本当に驚いた。やはり来てみなければ、見てみなければ分らないことはあるのだなあと思った。
しばらく歩くと、セーヌ川の程近くに小綺麗なホテルがあり、思い切って入ってみると、意外にも泊まりやすい宿泊料である。受付の人も私の分かりにくい英語をにこやかに聞いてくださり、ホッとして入室することができた。
二日酔いが抜けないのでシャワーを浴び、ぼんやりとテレビを付けると、日本でも放映している英国ドラマ『ジェシカおばさんの事件簿』が流れていた。ジェシカおばさんのフランス語の吹き替えはやはり似合わなかった。
セーヌ川の畔へ。スピードを上げて走る遊覧船、河畔のカフェの様子を見ている内に落陽の時間になる。息を呑んだ。言葉を失った。私は一生この光景を忘れることはないだろう。ほんの数分、私は落陽と一緒に溶けていたのだ。
-…つづく
第169回:私の蘇格蘭紀行(30)
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