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第267回:流行り歌に寄せて No.77 「北上夜曲」~昭和36年(1961年)

更新日2014/10/09

やはらかに柳あおめる
北上の岸辺目に見ゆ
泣けとごとくに

岩手県岩手郡岩手町の『弓弭(ゆはず)の泉』を水源とし、岩手県内を北から南へ流れ、最後は宮城県石巻市の海に注がれる北上川は、上記の通り、啄木に歌われたのを始め、いろいろな場面で名前が出てくる、最上川、阿武隈川などとともに東北を代表する河川である。濁らずに「きたかみ」と読ませる。

この『北上夜曲』は、長い間作詞・作曲者が分からないまま愛唱されてきたが、この曲が何人かによってレコーディングされた昭和36年、ようやく作者が名乗り出る。

作詞の菊地規(のりみ)は、岩手県江刺市(現在の奥州市江刺区)出身、作曲の安藤睦夫は、岩手県種市町出身である。彼らが名乗りを上げる丁度20年前の昭和16年、当時、旧制水沢農学校生で18歳であった菊地から詞を受けた、当時、旧制八戸中学生で17歳の安藤が曲をつける。菊地が、「北上川のささやき~今はなき可憐な乙女に捧げるうた」と題した歌詞だった。

日中戦争から太平洋戦争へと向かう、いわゆる暗い時代に、しかも十代の青年たちによって作られた歌ということで、それが判明した当時は大きな話題になったという。

いろいろな人が歌い繋いでいったために、いろいろな歌詞が存在し、オリジナルははっきり分からないが、下に記したのはマヒナスターズと多摩幸子の録音版ではなく、北上市の川の流域に建てられた歌碑に刻まれた詞である。

「北上夜曲」 菊地規:作詞 安藤睦夫:作曲 和田弘とマヒナスターズ&多摩幸子:歌  
1.
匂いやさしい白百合の
 
濡れているよなあの瞳
  
想い出すのは 想い出すのは
 
北上河原の月の夜

2.
宵の灯ともしびともすころ
  
心ほのかな初恋を
  
想い出すのは 想い出すのは
  
北上河原のせせらぎよ

3.
銀河の流れ仰ぎつつ
  
星を数えたきみと僕
  
想い出すのは 想い出すのは
  
北上河原の星の夜

4.
雪のチラチラ降る宵に
  
きみは楽しい天国へ
  
想い出すのは 想い出すのは
  
北上河原の雪の夜  

5.
僕は生きるぞ 生きるんだ
  
きみの面影胸にひめ
  
想い出すのは 想い出すのは
  
北上河原の初恋よ


和田弘とマヒナスターズには第2回レコード大賞を受賞した、松尾和子との『誰よりも君を愛す』、同じく松尾との『お座敷小唄』を始め、吉永小百合との『寒い朝』、田代美代子との『愛して愛しちゃったのよ』など、女性歌手を迎えて歌うものが多い。

そんな中で、私は個人的にこの『北上夜曲』が最もマヒナらしさがよく引き出された曲だと思っている。いわゆる2トップ・ヴォーカルの三原さと志と松平直樹が良い形でパートを分け、佐々木敢一のファルセットが心地よく絡んでいく。多摩幸子(ゆきこ)の、清廉ながら少し甘ったるく引きずる歌声も、独特な雰囲気を醸し出している気がする。

多摩幸子。前回の牧村旬子と同様、その後、大きな活躍の場を持たない歌手ではある。『星の流れに』『岸壁の母』を歌った、昭和を代表する歌手の一人、菊池章子の実妹である。大正13年生まれの菊地に対し、多摩は昭和16年に生まれ、姉妹でも17歳年が離れている。(因みに多摩の生まれ年は、『北上夜曲』の作られた年に当たる。)

芸能界のデビューも20年近く早い姉の菊地は、その世界の酸いも甘いも噛み分けていたはずで、多摩のマヒナとの共演が決まった際、「マヒナの方々はもてるから気をつけなさい」とひと言助言したとのこと。ファンを敵に回すのは御法度であると、身に染みて感じていた姉としての言葉だったのだろう。

多摩は3年前の平成23年、東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故で、省エネ対策が必要になったため、本来、東京・渋谷のNHKホールで開催されるはずが、急遽NHK大阪ホールに場所を移した『NHK思い出のメロディー』で、『北上夜曲』を歌い、マヒナとの久し振りの共演を果たした。レコード吹き込みからまる50年後のことで、すでに吹き込み当時のリーダー和田弘と、ヴォーカル三原さと志は故人となっており、同席することは叶わなかった。

-…つづく

 

 

第268回:流行り歌に寄せて No.78 「山のロザリア」~昭和36年(1961年)

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金井 和宏
(かない・かずひろ)
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1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
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