サラセンとキリスト教徒軍騎士たちが入り乱れ
絶世の美女、麗しのアンジェリーカを巡って繰り広げる
イタリアルネサンス文学を代表する大冒険ロマンを
ギュスターヴ・ドレの絵と共に楽しむ
谷口 江里也 文
ルドヴィコ・アリオスト 原作
ギュスターヴ・ドレ 絵
第 3 歌 乙女騎士ブラダマンテの運命
第 1 話: 不思議な洞窟

第2歌では、清廉な乙女騎士ブラダマンテを亡き者にしようとして、陰謀一家の卑劣なリナベルが、ルッジェロが囚われの身になっている天馬を操る騎士の城へと続いているはずだとでまかせを言った深い崖の下にある横穴に降りるべく、ブラダマンテが蔦を伝って降りようとしたその蔦を断ち切り、ブラダマンテを崖の底に突き落とそうと剣を振り上げたところまでお話しいたしました。
さて振り下ろされた剣はスッパリと蔦を断ち切り、ブラダマンテは握りしめた蔦と共に崖の下へと落ちてしまった。
非道の輩はブラダマンテが崖の底の岩に体を打ち付けて死んだと思い、その場をそそくさと立ち去ったが、ついでにとばかり卑劣なリナベルは乙女騎士の馬まで盗んで行った。
遠からず死ぬ運命にある男のことはさておき、気がかりなのは何よりもまず、蔦を切られて深い穴の底に落ちてしまったブラダマンテのこと。だがしかし、やがて榮《はえ》ある一族の始祖を生む運命にある清き心の美貌の騎士を、ここで死なせてなるものかと、この絶体絶命の窮地で神の御加護が働いた。
蔦を断ち切られ、しがみついた蔦もろとも深い穴に落ちたブラダマンテだったが、ありがたいことに神の手は、清廉な乙女騎士ブラダマンテの体が岩に叩きつけられるより先に、葉を鬱蒼と茂らせた蔦を崖の底に落とした。その上にブラダマンテの体が落ちたものだから、蔦の葉が柔らかなクッションとなって乙女の体を守ったのだった。
深い穴の底に落ちたショックでブラダマンテはしばし横たわって呆然としていたが、やおら立ち上がってみれば我が身は無傷。思わず神に感謝した。
落ち着いて、わずかな光の中で周りを見れば、崖の底から続く洞窟。思わず吸い込まれるようにして足を踏み出し奥へと進むと、やがて行く手に明かりが見えてきた。それを頼りにブラダマンテがさらに進むと突然視界が広がり蝋燭の灯りに照らし出されたその場所は、どうやら厳かな祭壇が置かれた部屋のよう。
思わずブラダマンテがひざまづくと、祭壇に設えられた扉が開き、中から光り輝く不思議な女が現れて言った。
ブラダマンテよ、そなたが来るのを待っていた。
これはすでに大魔術師マーリンさまの霊が
あらかじめ予言していたこと。
ここはマーリンさまの墓場。
妖女に殺められたマーリンさまが眠る場所。
なれどマーリンさまの魂は肉体が死した今もなお
生きてこの場に漂い
そなたが来るのを待っていた。

光り輝く女は実は大魔術師マーリンの墓を護る良き魔法使いメリッサだったが、その魔法使いが、清廉な乙女騎士ブラダマンテに向かって続けて言った。
マーリンがさまがそなたを待っておられたのは
光り輝く未来をそなたに告げるため。
そなたが一目で恋に落ちた凛々しき騎士ルッジェロとそなたとは
結ばれるべき運命にある。
それは本当ですか、伝説の大魔術師マーリンの霊が来るのを待つほどの価値が果たして自分にあるのでしょうか、とブラダマンテがいぶかると、それではこちらにと、魔女はブラダマンテを、マーリンの遺骸が収められた豪華な棺の前に案内した。すると棺の内からとも外からともつかぬ不思議な声でマーリンの霊が言った。
清廉な乙女よ勇気を振り絞ってルッジェロを追え。
凛々しき騎士ルッジェロを救い出せ。
そして結ばれよ。
汝とルッジェロのために
イタリアの未来に輝きをもたらすために。
ふっとマーリンの声が遠のき、代わりに魔女の声がマーリンの言葉を引き継いで話し始めた。
それによるとマーリンの未来を記した魔法の知恵の書には、ルッジェロとブラダマンテがやがて結ばれ、そしてそこからイタリアに栄光をもたらす名家エステ家が始まると書かれているのこと。
さてこの続きは第2話にて。
-…つづく