■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から


Grace Joy
(グレース・ジョイ)




中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。



第1回:男日照り、女日照り
第2回:アメリカデブ事情
第3回:日系人の新年会
第4回:若い女性と成熟した女性
第5回:人気の日本アニメ
第6回:ビル・ゲイツと私の健康保険
第7回:再びアメリカデブ談議
第8回:あまりにアメリカ的な!
第9回:リメイクとコピー
第10回:現代学生気質(カタギ)


■更新予定日:毎週木曜日

第11回:刺 青

更新日2007/05/17


谷崎潤一郎の高名な小説の向こうを張って「刺青」とタイトルを決めたわけではありません。

今年の夏、日本語の生徒さんを連れて日本に行くことになりました。小型の修学旅行です。古いお寺や超現代的な六本木、秋葉原界隈だけでなく、是非色々な日本を見てもらいたいと思っています。私の大好きな温泉にもユッタリと浸かってもらいたいものだと思っていましたが、困ったことに日本の浴場に必ず「刺青のある方、お断り」の掲示があり、私が連れて行く生徒さんの半数以上が刺青を入れているのです。

アメリカのスポーツを見ている人なら、気がつくと思いますが、プロスポーツの選手の大半、100パーセント近くが刺青をしています。肌の見えるバスケットボールやボクシングの選手ばかりが目立ちますが、他のプロスポーツの選手も同じようなものでしょう。

随分怪しげな漢字やいかにも東洋かぶれした芸術家が見よう見まねでコピーした唐草模様や昇り竜の下手な絵を彫り込んだりしています。日本の伝統的な図柄ではなく、その場限りで部分部分をでたらめに彫り、体の表面を覆っただけのものが多く、とてもゲージュツ的とは言えるようなものではありません。

日本では刺青を入れていることだけで、ヤクザのように反社会的な生き方をしている証と見られるでしょうし、入れる方もそれだけの覚悟をして我が身を傷つけ痛さに耐え彫り込んでもらうのが普通のようですが、アメリカでは気軽にファッション感覚で刺青をしています。

私の大学の生徒さん全体の統計を取ったわけではありませんが、クラスで刺青を入れている人、どのくらいいますか~? と手を上げてもらったところ、なんと50パーセントもの生徒さんが刺青を入れてたのです。女性は肩のところに小さな可愛らしいもの、ジーパンやドレスパンツを低目にはいた時に腰の低い位置にチラチラ見え隠れすように、男性は堂々と逞しい二の腕に、胸に、お互いに見せ合ったりで教室が騒然となったほどでした。

そして、この人口10万人の小さな町に、刺青屋さん(彫師というのかしら)がなんと8軒もあるのです。それもうらぶれた路地ではなく、ショッピングモールの一角にまるで美容院のようなネオンサインをつけ、明るく健康なイメージなのです。

一昔前まで、刺青は西洋では水兵さんのような船乗りだけがするものと思われていましたが、いつのまにか急激に変わったようです。私の身内でも、68歳になる叔母さんが、彼女は東部の有名な大学の教授でしかも宗教学の専門ですが、胸にインディアンのお守りの刺青をしているし、従姉妹でも二人、かなり際どいプライベートな箇所に彫り込んでいます。

ほんの30~40年前にイアリングのために耳たぶに穴を開ける女性は珍しかったほどですが、今ではピアースでない昔風のイアリングを探すのが難しくなってきています。ピアースもありとあらゆる身体の部分に通すようになり、耳から全身に拡がってきています。男性のイアーピアースも当たり前のことになってきています。

原始の時代から、身体や顔に刺青を入れたり、穴を開け飾りをつけたり、様々な色を塗ったりしてきましたが、現代になって、刺青やピアースが口紅やまゆ墨と変わらない感覚で身体を飾るようになったのでしようか。

刺青のお得意さんである、アメリカの海兵隊員の刺青が海外のオペレーションの際、余りに行き過ぎて現地の人に不快感を与えるというので、ランニングシャツを着たときに露出する部分には刺青はまかりならぬと、お触れが出ました。これで基地の近くの刺青屋さんはショーバイ変えをしなくてはなりませんね。

私も、総身に彫った日本の刺青は見事だと感心するし、心のどこかで、生徒さんをアッと言わせるような過激な刺青を背中一面に入れたら面白いだろうな~という気はないことはないんですが、それでは日本の温泉に行けなくなるし、第一、日本の刺青はとても痛く、ガマンとまで呼ばれているそうですから、痛いことに弱い私にはどんな小さなものでもできそうもありません。 

それに、あれは若いきれいな肌でこそ似合うので、老年にはおよそ不向きなものだと思うのです。若者の特権で自分は決してヨレヨレ、シワシワのおばあさん、おじいさんにならないと信じているのか、想像力が決定的に欠けているのでしょう。いかなる人も生きていれば歳をとり、シワシワになり、若い艶やかな肌に入れたはずの刺青が、醜く垂れ下がる日が来るのですが。

 

 

第12回:春とホームレス その1