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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第671回:パイオニアたちの夢の大地、グレイド・パークのこと

更新日2020/08/20


私たちが今住んでいる高原台地のことは何度か書きました。いつも一時的にここに住んでみるか、と水上生活者時代の癖が抜けず、浮き草のように住まいを転々と変えてきた私たちにしては、例外的にここ(Glade Park=グレイド・パーク*と呼ばれています)に住み続けて、すでに13年になり、最長不転居期間をこれからも更新しそうです。

谷間の大学町に越してきた時、2ヵ月の間家探しをしました。私たちの条件といえば、田舎で、家は小さくてもいいけど、隣人とは距離を置いた広い土地と言うものですが、おまけに払える金額に制限がありますから、私たちの条件に適う家など存在しないことに気が付きました。それでも20~30軒は観たでしょうか、その時、ここグレイド・パークの家や土地を何度も観に来ています。

奇妙なことですが、谷間の町に住んでいる人たちは、国立公園を越えたそのまた後ろ、ユタ州と背中合わせのグレイド・パークなどのことを“地の果て”と思っているのです。父の従兄弟が谷間の町で税理士をやっていて、町に何十年も住んでいるのに、グレイド・パークには一度しか行ったことがなく、あんなところから毎日谷を降りて通うなど、冬の道路事情を考慮するまでもなく、問題外だと親身になって忠告してくれたものです。

彼の忠告を素直に受け入れたわけではありませんが、下火になった果樹園の外れに、いかにも自分で建てた風の家を偶然に見つけ、そこを最初に買ったのです。私たちの予算内ですから、相当なボロ家でした。でも、土地が半エーカー(2,023平米=約600坪)あり、西と北は果樹園、道路を挟んだ東は半農というのかしら、牛やロバを飼っている一家で、田舎とは言えませんが、まずまず私たちが望んでいたような場所でした。

家は三分の一ほど崩れていて、生活するのに不自由はないのですが、大改造しなければなりませんでした。そこでウチのダンナさん、異常な能力を発揮して、リフォームと言うより、基礎からの大改造に乗り出したのです。

「ヨットと違って家は沈まないからその分楽だ…」とか言っていたのですが、家の前を走っている灌漑用水が氾濫し、何年間か床下浸水になっていたらしく、家が沈み始めたのです。これには流石のダンナさんも「ウーム」とお手上げで、基礎工事屋、コンクリート業者を呼び、家半分を持ち上げ土台を固めてもらったのでした。

ところが、その家の西側と北側にあった果樹園が、梨の木をバツバツ切り倒し、団地の建設を始めたのです。それに併せ、斜め向かいには立派級な小学校が建てられ、なんだか相当混み入ってきたのです。果樹園の家に住んでいた時から、グレイド・パーク地域に気持ちが引かれていたのでしょう、一度、グレイド・パークの住人に、「この界隈に売り家が出たら電話してください」と電話番号を置いてきた人から、1年後に突然電話があったのです。ソレッとばかり駆けつけ、買ったのが今の家なのです。

グレイド・パークは団地の造成を制限し、自然を守ろうという観点から、最小限の土地の広さは35エーカー(約14万平米)に規制されています。日本の感覚ではかなり広いでしょうけど、確かに家の窓からお隣さんの屋根は森に埋もれて見えませんが、丘に登ると、結構な山地、森の団地で、「無理をしてでも、200エーカーくらいは買うべきだった…」と、滅多に愚痴的な言葉を吐かないダンナさん、呟いています。その当時は、まだ相当安く買えたのです。

谷間の果樹園の家に住みながら、1年かけて、このグレイド・パークの小屋をどうにか住めるようにし、引っ越したのでした。これもまた、ダンナさんの大活躍のおかげで、日本に器用貧乏という言葉があるそうですが、ダンナさんに言わせれば逆で、貧乏だったから器用にならざるを得なかった…ということになるのですが、私が大きな窓をもっと多く…と注文しておきながら、不安になるほど、ガガッ、バリバリとばかり壁を切り開き、窓とフレンチドアを総計14個も開き、窓だらけの家に仕立ててくれたのでした。

グレイド・パークは標高2,100メートルの緩やかに波を打った台地で、南に広がるピニヨン・メッサ高原(Piñon Mesa)に繋がり、西はユタ州に接した広大な乾燥平原になっている牧場地帯です。ここは私たちのような都会の住人で、田舎、森嗜好の住人が押し寄せる前は、100%農耕、牧畜の土地でした。

アメリカの開拓時代、ホーム・ステッド(Home-stead)というパイオニアたちに農耕、牧場用の土地をタダで分け与える政策で開けた場所です。当初、1800年の初め頃は一人800エーカーを与え、その後徐々に縮小されていきましたが、パイオニアたちも抜け目なく、子だくさんの家族全員の名前だけならまだ良いのですが、死んだ爺さん、婆さんの名前まで使って広大な土地を手に入れていったのです。グレイド・パークに昔から…と言っても、日本のように何百年前から…ということはありません。せいぜい1850~60年代からのことですが、棲みついた人たちは、2、3千エーカー以上の大牧場を持つことになりました。

私たちの地所から西にほんの3マイルのところに広大な牧場を持っているデイヴィッドとサラの先祖(と言ってもお爺さんですが)は、1890年にホーム・ステッドで土地を得ています。彼らはオハイオ州、ミズリー州、オレゴン州と農場を試み、グレイド・パークに辿り着きました。ここで7人の子供を育て、次々と農地や牧草地を広げていったのです。今では“ゲルエード・パーク”にこの人あり言われるくらいの大牧場主です。

私たちの裏というか南になりますが、そこの牧場主ジョージ・ローエンさんはドイツからの移民で、アメリカに着いたのは1893年といいます。そして、ホーム・ステッドを通してその土地を手に入れ、同じグレイド・パークの開拓民の娘エイミーさんと結婚し、6人の子供(生き残った子供の数です)を育て、牧場を発展させました。彼らの広大な土地はピニヨン・メッサ高原に及び、夏はそこに放牧し、冬にはグレイド・パークに牛を追って越冬する生活でした。ジョージさんは1960年に81歳で亡くなっています。一方の奥さんのエイミーさんは103歳の天寿を全うしています。

グレイド・パークの簡単な家系、歴史を調べていて、驚くほど、ご近所、お隣さん同士の結婚が多いことに気がつきました。私のお爺さん、お婆さんは、コロラド州の東側の平原で開拓民をしていましたが、ご近所の家族と兄弟、姉妹が二組結婚しています。他に選択の余地、相手がいないからでしょうね。したがって、グレイド・パークの古くからの住人は皆何らかの形で親戚同士になっていったのでしょう。

また、グレイド・パークでこのように代々牧場が引き継がれてきたのは、テキサスやワイミングのような大牧場主、企業化した牧畜業者が乗り出してこなかったからでしょう。いくらグレイド・パークが広大な台地だとはいっても、企業家や牧畜男爵たちがすべてを乗っ取るほどまとまった地域ではなかったのでしょう。

そのおかげで、現在に到るまであちらこちらに開拓当時の丸太小屋や腐った木のフェンス、数箇所もある小学校の建物などが残されています。加えて、個性的というのか、頑固そうな牧場主、その下で働く牧童たちが昔ながらのやり方で馬にまたがり、牛を追い、集めている風景に巡り逢えるのです。

私たちは、今となっては見つけ難い、自分たちに合った暮らし方ができる土地に棲む幸運を持ったのです。

-…つづく

 

*Glade Park, Colorado

 

 

第672回:大きいことは良いことなのか?

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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