第44回:チャイナタウン・エレジー・6 ~決着 その2
更新日2003/01/16
「ドン・ドン・ドンッ!」
サンフランシスコのゴールデンゲートパーク内に銃声が響く。人から銃で撃たれるのは、初めての経験だった。
すぐに、その場で低い姿勢を取ったが、そのうち1発は、パシッとカン高い音を残して耳をかすめた。これは、音速を超えた弾が、頭上を通過する時の独特の音であることは分っていた。
しかし、同時に彼の射撃の腕がよくないことも知っていた私は、意外と恐怖を感じなかった。暗闇の中で、しかも盲目状態で撃ってきたのだろう。発砲したサンは、すぐに木が生い茂る小高い丘に身を隠した。それを見た私も、茂みに飛び込んだ。
その夜は、半月の夜だった。私は、小高い丘に上る月が、逆光になる位置を確かめて、素早く回り込んだ。
暗闇の場合は、色々な攻撃方法があるが、暗視装置などがない場合は、できるだけ自然を見方に付けた方が有利である。日中の正攻法とは逆の位置で責めて行けば、月光に浮かび上がる相手の位置を簡単に知ることができる。そして、敵よりも低い位置が有利なのだ。少し前、レインジャー訓練の際、山中で特訓した技術をまだ忘れてはいなかったようだった。
予想通り、サンは体力がなくなり、逆に私に待ち伏せをするために、ブッシュに身を隠した様子だった。が、完全に気配を消した私に、焦って必死に私を探し廻るサンの激しい息遣いと枯草の上をガサガサと大きい音をたてて歩く音が聞こえた。
距離は15mくらいである。しかもサンは銃を抜いているので、今度は私も銃を抜いた。夜間とはいえ、必ず倒すことのできる間合だった。
さらに、彼の歩く音に合わせて、間合いをジワジワ詰めて行く。その距離、わずか10m。彼が私を始末する気なのは、私の部屋に仕掛けたワナと、先ほどの逃走と発砲で明白になった。ここで勝負を付けなければならない。
「殺るか!」、一瞬考えたが、最後にどうしても知りたいことが一つあったのだ。私を狙った見当も付かない理由である。
そのうち、暗闇の中で私の位置が分らないサンは、ゆっくりと丘の坂をこちらに向かって降りてきた。暗闇の中で彼の息遣いが、自分の耳元まで近付くまで、じっと我慢した。そして、彼をやり!過ごすと、5m後ろから大声で叫んだ。
「スティーブ! GUNを捨てろ」
その言葉を聞き、呆然としている彼に対し、
「俺の射撃の腕は知ってるだろ!」
私の脅しにサンは、自分のGUNを地面の上に投げて、両手を頭の後ろに組み、膝を付いた。私はGUNを向けたまま近付くと、
「殺れよ」
と彼は、呟いた。
「どうして俺を狙った?」
と聞くと、彼は冷ややかに笑いながら、
「ファミリーの宿命だ」
そして、続けて、
「それにお前は、よそ者のくせに楽しそうにしているのも気に入らなかった」
サンの言った、この言葉の意味で2ヵ月前のサイモン事件からの一連の事件の謎が、すべて解けた。そして、特に友人がなく、チャイナマフィアの一味として活動していた彼が、やけに不憫に思えた。
人間は、誰でもあやまちを犯すが、孤独は組織という言葉に翻弄され易い。米国で生まれた彼も、若いエネルギーを暗黒の社会で発散させてしまったようだ。
私は、彼のGUNを奪い取り、スライドを開いて弾を抜いた。そして、この前までよきルームメイトだと思っていた男を、乗り捨てた車の場所まで連行した。サンも素直にそれに従った。すでに彼には私に抵抗する体力も残っていなかったのだ。
アレンは、すでにポリスを呼んでいたので、パトカーも2台待機していた。彼の乗り捨てた車の中には、あの九龍城風アパートの上から投げ落とされたビニール袋の中に1kgのコーク(コカイン)が入っていたのだ。
麻薬不法所持の現行犯で、サンはポリスに手錠を掛けられた。パトカーの後部座席に座らされると、寂しそうに、
「またな」
と一言私に呟いた。
そして、サンを乗せたパトカーは走り出した。
タバコを吹かしながら、アレンが呟いた。
「まあ2年は、出てこれないだろうな」
それを聞いて、思わずサンの年老いた母親の顔を思い出してしまう。すべてが終わった…。
米国に住む若い日本人が体験するトラブルは、私のようにルームメイト絡みのケースが、非常に多いのが現状だ。しかも、互いに気心の知らない住人と一緒に住むことに、いかにリスクが大きいかを、命を狙われる寸前まで味わった。わずか半年間であったが、手痛い授業料だった。多少生活が苦しくなっても、これからは一人暮らしをしたい。心からそう思えてきた。
また、通常なら泣き寝入りしてもよい状況だったかも知れないが、米国のGUNショップの従業員という特殊な環境で生活している上では、自ら危険と隣り合わせになるのも、どうやら宿命のようだ。
この事件以後、誰に狙われることもなかったが、身近に起こった米国社会の犯罪に複雑な思いが交差した。
第45回:楽しい射撃ツアーのお客さんたち