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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第584回:大阪港絶景 - 大阪市交通局南港ポートタウン線 コスモスクエア~トレードセンター前 -

更新日2016/04/21


地下鉄中央線のコスモスクエア駅は地下にある。ニュートラムの駅も地下だった。上下2層構造で、中央線のほうが深い。どちらも大阪市交通局の乗り物で、改札を通らず上階のホームからニュートラムに乗り継げる。しかし起点駅に敬意を表して、いったん駅舎の外に出た。改札階が地上、出入り口はさらに上の最上階だ。バスとタクシーの乗り場が併設。その向こうに高層マンション。低層階から港を眺望できそうな物件である。


コスモスクエア駅は高速道路の料金所の真上

最上階の端から展望すると高速道路の料金所が見えた。さっきくぐり抜けたインターチェンジから分岐し、中央線の両側のトンネルを通った道路だ。海側のデッキの下も料金所。中央線は道路の上下線に挟まれていたらしい。そのままデッキを海へ向かう。岸壁はウッドデッキ。釣り人たちが並んでいた。右の奥に天保山の海遊館が見えた。晴天と海、9月の涼しい風が吹く。気持ちいい。


地上2階にバスタッチとタクシー乗り場が並ぶ


のんびりと釣りを楽しむ人々

ウッドデッキ側に降りても釣り以外の楽しみがなさそうだ。今度は反対側の階段を降りてみた。高層マンションなどコンクリートの街。なにか観るべきところを探していたら、初老の女性が現れた。
「ニューカンはこっちですよ」
「え、ニューカン?」
「入国管理局よ。あなたどこの人?」
「東京ですけど」
「東京、あら、ごめんなさい、外国のほうかと…」

海外でアジアの他国の民族と間違われた経験はある。私も日本人だと思って話しかけて日本語が通じなかった経験がある。しかし、日本で初めて外国人と間違われた。日本はアジアの国だ。そして国際化が進んでいる。いや、考えすぎか。入国管理局のそばで落ち着かない所作をしていれば、外国人だと思われる。

「あなたは入国管理局の案内係さんですか、お疲れ様です」
「いえいえ、私はこういう活動で」
宗教関係の冊子であった。熱心なことである。
「あなたは何をしているの」
「ああ、なにか見物するところはないかと思って」
入国管理局は見物するところではなさそうである。
「それならあそこがいいわ。展望台があるわよ」
背の高いビルを指さす。隣の駅付近だ。
「でも展望台は高いから、レストラン街のトイレがオススメよ」
敬虔な宗教家は親切である。


コスモスクエア駅全景
入国管理事務所の最寄り駅らしい

背の高いビルは徒歩でも行けそうだ。しかしそれでは1区間を乗り残してしまう。私はコスモスクエア駅に戻った。もう路線図は見ない。東京のICカード乗車券を改札口にタッチ。便利である。

南港ポートタウン線の地下ホームはガラスの壁に囲まれている。壁の一部がホームドア。東京湾岸のゆりかもめに似ている。もっとも、新交通システムとしてはこちらが先輩だ。南港ポートタウン線の開業は1981年だ。ゆりかもめの7年前である。ちなみに新交通システムの元祖は神戸のポートライナーだ。南港ポートタウン線開業の1ヵ月ほど前だった。


南港ポートタウン線の車両

銀色の電車に乗り込む。新交通システムらしい小型車だ。乗降扉は1台あたり片面に一つ。ゆりかもめは二つあるから少し小ぶり。埼玉新交通ニューシャトルと同じだ。しかし室内はやや広い。とくに天井が高いと思う。大阪の地下鉄は天井も高いし、頭上高にこだわりがある土地柄かもしれない。建築方面で、そういう文化論はないのだろうか。近畿地上高文化論。武士の街の江戸は刀を振り回せないように天井が低い、商人の街大阪は棚を多くするために天井が高い……とか。

無人運転の電車はすぐにトンネルを出た。コンクリートの切り通し。壁が低くなって、車内に光が注ぎ込む。周囲は建物が少なく空が大きい。その空を切り欠くように背の高いビルがある。楽しげな柄のビルもある。たった一駅だけど、ここで降りよう。高いところがあれば上る。橋があれば渡る。トンネルがあれば入る。物見遊山の基本である。


トレードセンター前駅へ

ここはトレードセンター前駅。背の高いビルがトレードセンタービルだ。しかし現在、ワールドトレードセンタービルとは言わない。大阪府の咲洲(さきしま)庁舎である。そういえば、大阪府庁をここに移転する話があったような、否決されたような。もし大阪府庁舎が移転されたら、京阪電鉄が中之島線をここまで延伸すると言っていたような。


大阪府庁舎ビル。商業ビルとしては失敗したそうで、どこか寂しい

経緯はともかく展望台だ。最上階にあって料金は515円。宗教家のおばさんが言うほど高額ではないし、商業ビルとしては安い。高いところに上って見物だけで515円を高いとは大阪の庶民感覚で、高いところから景色を見せるからには515円いただきますとは大阪の商人根性である。大阪は庶民と商人の駆け引きで文化が形成されたように思う。

外が見える専用エレベーターでぐんぐん上り、エスカレーターに乗り換えて55階に上がる。見事な景色である。地上から252メートル。東京タワーの展望台の高いほうよりさらに高く、横浜ランドマークタワーに次ぐ。長らく西日本で最高、日本で2番目の高さだった。現在は4番目。1位はもちろんスカイツリーで、2位は半年前に開業したあべのハルカスである。


展望台からポートタウン線の車両基地。サーキットのようだ

大阪港が見渡せる。団地が建ち並ぶ。動く模型。部品はすべて生きている。南港ポートタウン線の線路をたどると、サーキットのように回り込んだところがあった。車庫だ。列車はほとんど出払っているようで、4本だけ留置されていた。

方向感覚がわからないので、スマートホンの地図を表示しながら眺めている。客船ターミナルに大型フェリーが3隻。船体は上半分が白、下半分が青で、CITY LINEという文字がある。名門太平洋フェリーといって、大阪と北九州の門司港を結ぶ。かつては名古屋から船を出していた。だから名門である。奥の1隻は違うマークだ。調べてみると、四国オレンジフェリーの愛媛県東予港行きである。新居浜あたりだという。こんな日は船旅も良さそうだ。


門司と愛媛に行く船が並ぶ

白く四角い煙突は火力発電所。翼のような構造物を載せた船は自前のクレーンを装備したコンテナ船だろうか。赤いトラス橋は阪神高速の港大橋。世界最大級のゲルバートラス方式だそうだ。道路が鉄骨に包まれて、いかにも頑丈な作りである。遠くの高層ビルと地図を見比べたり、大阪城を探したり。しばらく景色を楽しんだ。515円は安い。


大阪港越しに大阪市街を望む

帰りはエスカレーターとエレベーターの乗り換えフロアで土産屋を覗く。風邪薬の箱を模したラムネ菓子がおもしろい。「ホレヤスクナール」「オモシロクナール」「ヨクスベール」……。ありがたそうなもの、ありがたくなさそうなもの。誰に進呈しようか。

…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
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[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
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■鉄道ニュース(レポーター)
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ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
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