■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち


杉山淳一
(すぎやま・じゅんいち)


1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。




第1回~第50回
までのバックナンバー


第51回:新交通「レオライナー」
-西武山口線-

第52回:花の絨毯
-西武池袋線・秩父線-

第53回:沈みゆく霊峰観光
-秩父鉄道-

第54回:懐かしい電車たち
-秩父鉄道-

第55回:狭すぎたメインストリート
-名鉄岐阜市内線-

第56回:一人旅の記憶
-名鉄揖斐線 -

第57回:裏通りの珍区間
-名鉄田神線-

第58回:路傍の鉄路
-名鉄美濃町線-

第59回:新緑の迷彩
-長良川鉄道-

第60回:ぐるっと中京
-JR太多線・名鉄羽島線・竹鼻線-




■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■更新予定日:毎週木曜日

 
第61回:旅のルール -途中下車-

更新日2004/07/08


小学生の頃、時刻表の巻頭地図を眺めて、すべての線路はつながっている。それなら全部乗りたい、と思い始めた。しかし、小学生のひとり旅はもってのほか。中学生になって、やっと日帰りの遠出を許された。もっとも遠いところは身延線。静岡に立ち寄り、東京ミニ周遊券を買って帰った。東京ミニ周遊券は都内の国電区間が7日間乗り放題となる切符である。東京を観光する人向けの切符だから、東京都内では発売していなかった。日本の鉄道に全部乗りたい! という私の旅は、ここから始まっている。

この、"全部~したい" という気持ちは不思議だ。コレクター癖のある人は多く、コレクションに興味のない人のほうが珍しい。三つ集めれば五つほしくなり、五つ集めると10欲しくなり、全部で100だと知ればすべてほしくなる。集め終わると満足して、また次のテーマでコレクションを始める。終わりのないゲームである。

これは親から授かった教育が原因ではないか。私は食事の時、残さずにちゃんと食べなさい、としつけられた。親が戦中戦後の貧しい時代を経験していたからだろう。飯粒ひとつ残しても叱られた。あとふた口、あとひと口、あと10粒食べれば食べ終わる。ひとつずつご飯粒を拾って食べた。飯碗に米粒がなくなるまで食べる。つまり、全部食べる、という美徳を毎日3回も繰り返せば、全部~する、という行為が身体に染みついてしまう。

私の場合、鉄道地図の乗車路線を塗りつぶしていく。すべての路線を塗りつぶしたいからである。切符や鉄道本も集めたけれど、ある時、"死んだらどうなる、あの世には持って行けないぞ"と思い至り、モノ集めとは縁を切った。棺桶に入らないモノは要らない。そういう心境に達して、ようやく物欲から解脱した。が、一枚の地図を塗りつぶすことと、心に残る旅の記憶、これはいくら頑張っても場所を取らない。解脱できない欲が残った。




現在の乗車区間を塗りつぶした地図。
家から近い関東は真っ黒になったが、
四国は未踏のまま。中国地方も薄い。

私のように鉄道の全線完乗を目指す人は他にもいる。このゲームの場合、審判はいない。ゴルフのように自分でスコアを残していく。私も乗車記録をつけている。そこでたいへんな疑問にぶち当たる。それは、"鉄道とは何か"、という根本的な問題である。

2本のレールの上で列車が走れば鉄道ではないか。確かにそうだ。しかし趣味人の境地に至れば話は変わる。"すべてに乗る"の"すべて"とは何か、という定義が必要だ。2本のレールがあればいい、というなら、遊園地の乗り物も対象になってしまう。旅客営業路線のみを対象にしようとしても、遊園地だって営業している。

遊園地の電車が対象外なら、観光地のケーブルカーは鉄道なのか。ロープウェイ、モノレールは鉄道ではないのか。都市のモノレールは用途としては鉄道と同じであり、車窓も楽しめる。断然、地下鉄よりもおもしろい。モノレールは含めておきたい。車窓がおもしろいというならロープウェイもそうだ。しかし、ローブウェイを含めるとややこしい。スキー場のリフトと対して違わない。箱かイスかというだけのことだ。ロープウェイは対象外にしよう。通りがかった場所にあれば乗ってみたいが、ロープウェイに乗るために出かけたりはしないと決めた。

参考までに法律を見ると、鉄道は鉄道事業法において定義されている。鉄道事業法に基づく鉄道路線、とすれば、遊園地の電車は対象外だ。あれは遊戯施設として別の法律の下で管理されている。ではモノレールはどうか。これは実は鉄道事業法で扱われる。正式には"軌道"と定義され、路面電車もここに含まれる。ロープウェイは"索道"であり、鉄道ではない。これでハッキリした。

【定義1】鉄道事業法の鉄道および軌道のうち、旅客営業している路線を乗車対象とする。

おもしろいことに、トロリーバスは軌道として扱われている。無軌道電車、と呼ばれており軌道はない。電車だが鉄道ではないのだ。困ったが、いまや全国でも立山黒部アルペンルートにしかないから、これは乗ってみたい。したがって、定義に変更はない。また、貨物線は対象にしない。梱包されてまで列車に乗りたくない。

さて、乗るべき鉄道は明確になった。しかし、まだ定義すべきことがある。第一は路線の重複区間である。例えば京浜東北線、実体はあるけれど、東京から北は東北本線、南は東海道本線と重複する。東京-神田間は中央線、山手線、京浜東北線、新幹線が並行する。どれも乗ったことはあるけれど、どれに乗っても景色は同じだ。近いところなら乗ってしまえばいい。しかし、遠方の重複区間は扱いに困る。路線の重複区間を別計算すると、複々線区間は4本の線路を全て乗らねばならない気もする。

しかし、これも実は明確に切り分けられる。線路には鉄道事業として届け出た路線名と区間がある。これは線路の戸籍である。それによれば、東京-大宮間は東北本線であり、東京-横浜間は東海道本線である。京浜東北線は複々線区間のニックネームであり、山手線と中央線は、東北本線や東海道本線に独立した線路を使って乗り入れている、と定義される。ときどきクイズ番組で山手線の起点と終点は? という問題が出るけれど、それがこの"線路の戸籍"を拠り所にしているのだ。

【定義2】乗車対象路線は、線路の戸籍を基準とする。

さて、次は自主的なルール作りの問題になる。全線完乗を目的とする人の中には、かなり厳しい条件をつけている人がいる。ある人は景色が見える日中に乗った路線のみを計上している。夜なんてどの路線に乗っても同じだから、これは正しい。景色を見ることを重視するあまり、居眠りをしたらダメ、という人もいる。気持ちはわかるけれど、私は電車の中の居眠りは至福だと思っている。居眠りだけで全線踏破したいくらいだ。居眠り無視は、私には無理だ。

全駅下車というツワモノもいる。達成者もいる。鉄軌道の駅は全国に9,629もあるし、一日数本しか列車が走らない駅もある。日本中に足跡を残したい、という趣旨は共感できるけれど、若くて時間がたっぷりある人ならともかく、私にはそれをやる時間がなさそうだ。同じ路線に乗り直すなら、別の路線に行きたい。

【定義3】とにかく起点駅から終点駅まで乗り通せばいい。

結局これに落ち着いた。自己満足のためにやっていることだから、自分が満足できればいいのだ。国鉄から第三セクターに経営主体が変わったら乗り直すという人もいるけれど、それもしない。鉄道に乗り直すよりも、日本の鉄道が終わったら、全空港、全高速道路、全国道、という方向に気持ちが向きそうな気がする。世界の鉄道へ向かうかも知れない。

私にとって、全線完乗の意味は、未知の土地へ行ってみたいという好奇心を満たすことにある。

 


2004年7月8日の新規乗車線区
JR:0Km 私鉄:0km

累計乗車線区
JR:15,634.5Km 私鉄:2,910.8km

達成率
JR:135,393.3 Km / 19,846.3 km
68.221 %
私鉄: 3,468.6 km / 7,602.1 km
45.627 %