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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第526回:ふたりの海幸彦 - 特急・海幸山幸2 -

更新日2014/10/16


観光特急“海幸山幸”は10時06分に宮崎駅を発車した。南宮崎駅で日豊本線と別れ、田吉駅の先で宮崎空港線と別れた。ここまではさっき通った線路の後戻り。ここから先、志布志までが日南線。私にとって未乗の区間だ。未乗区間に乗るだけでも嬉しい上に、JR九州名物の観光列車の旅ができる。一石二鳥である。

“海幸山幸”の列車名は“山海の珍味が盛りだくさん”という意味ではない。この地方に伝わる“海幸彦、山幸彦”の神話に因んでいる。紹介するには長い話だ。簡単に言うと兄弟喧嘩と仲直りの話である。海で魚を獲っている兄と山で獣を獲っている弟がいて、気まぐれに山と海を交換してみたけれど、どちらもうまくいかず、弟は兄の釣り針をなくしてしまう。兄は弟を許さず、弟は針を探して家出したのち結婚。針を見つけて里帰りすると兄はまだ怒っている。弟は嫁の父にもらった道具で兄を撃退し、兄は弟に忠誠を誓う。


鬼の洗濯板の青島を望む

長男の私は海幸彦が気の毒で仕方ない。大事な釣り針をなくした弟が悪い。家出したと思ったら、きれいな嫁さんをもらって帰ってきて、その嫁の家族の道具でいじめられる。理不尽である。そういえば風ちゃんも長男だ。お互いに独身で、それぞれ弟は所帯を持っている。なんと、海幸彦と山幸彦と似た境遇である。ふがいない兄貴たち。この際、私たちも弟に仕えたほうがいいかもしれない。

海幸彦と山幸彦が和解したから、列車の“海幸”と“山幸”も仲良く連結して走っている。日南線の線路はうまい具合に山中と海沿いを交互に走る。運動公園駅を通過して加江田川を渡り、こどもの国駅に到着するあたりで海が見える。次の停車駅は青島。車内放送で“鬼の洗濯板”と呼ばれる奇妙な地形で有名だという。しかしそれは島の向こう側にあり列車からは見えない。観光列車で終点まで行くより、各駅停車で一つひとつ巡った方が良かったかもしれない。ほとんどのお客さんは帰りに寄っていくのだろう。私たちは日南線を乗り継ぎ、バスと船で鹿児島へ抜ける予定である。


海と山の景色が交互にやってくる

青島から海を遠ざかり、山の中を通り抜けてまた海に出た。内海駅である。日南線は区間ごとに建設の経緯が異なる。南宮崎駅から内海駅までは宮崎鉄道が開業し、その後廃止された。国鉄がその廃線跡を再利用して北郷駅まで延伸し、北郷駅から志布志駅までの志布志線を編入して、1963年に開業した。志布志線は西都城と志布志を結び、志布志からは大隅線が鹿児島湾沿いに日豊本線の国分まで通じていて、大隅半島をひとめぐりする路線網ができていた。

しかし、国鉄の赤字線整理で志布志線と大隅線は廃止。日南線だけが行き止まりのローカル線として残された。廃止対象の線引きの結果である。日南線はいまもJR九州で下から3番目の利用客数という。“海幸山幸”は、日南線のテコ入れと、人の少なさを逆手に取った自然の豊かさをアピールするために走っているようでもある。

少し海寄りを走ったあと“海幸山幸は”西へ舵を切る。当時の国鉄は海沿いを迂回するよりも、トンネルでまっすぐ北郷(きたごう)駅を目指した。そこに志布志線が通じていたからだ。このトンネルは3,670メートル。そしてこのトンネルを含む区間はJR九州でもっとも長い直線だ。昭和30年代の、景気の良さ、技術が発達した時代を納得させる区間だ。


紙芝居大会が始まる

北郷は旧飫肥街道(おびかいどう)の宿場町。飫肥街道は九州東側の山中を貫く街道で、400年以上の歴史があるという。ここから列車は飫肥街道と広渡川に沿って走る。トンネルを抜けたあとで、日南線の川沿いの車窓は広渡川と、ずっと先の福島川だけ。貴重な景観だけど、車内では海幸山幸の神話を紹介する紙芝居が始まった。車窓を気にしつつ、乗り合わせたこどもたちと物語を聞く。やっぱり兄が気の毒だと思う。


川沿いの景色も気になる

飫肥駅に到着。飫肥は日南市の山中にあり、かつては5万7,000石の飫肥藩の城下町だった。武家屋敷跡や石垣などが残り、小京都として観光客も多いそうだ。停車時間は10分。街めぐりはできないけれど、乗客たちはホームに出て、列車を背に記念写真を撮っている。私たちも美人のアテンダントさんと写真を撮ってもらった。一人旅の若い女性に頼まれてシャッターを押す。そして彼女と写真を撮る。3人のサムアップポーズ。彼女の素性は知らない。この後話す機会もなかった。山幸彦はナンパ上手だが、海幸彦は奥手である。


飫肥駅で地元の特産品を販売

列車は南へ向きを変えて海へ。途中で日南駅と油津駅に停まる。車内販売のワゴンが来て、ジュースと饅頭を買った。このあたりは日南市。人口約5万5,000人。宮崎から鹿児島へ続くリアス式海岸、日南海岸国定公園の中央だ。温暖な気候で、漁業と林業で栄えたという。油津が海沿いの町である。ぼんやりと海を眺めていたら、写真に収まってくれたアテンダントさんが木の箱を持って現れた。海幸彦の妻に因んだ鵜戸神宮の運玉になぞらえた抽選会。当たるとあめ玉をもらえる。私はハズレ、風ちゃんは当たり。あめ玉だから外れても悔しくない。当落の差が大きいと不平も大きくなるだろうから、お楽しみイベントとしては良いバランスだ。


うんだま抽選会

列車は海沿いを走り続ける。大堂津駅付近の砂浜は海水浴で賑わいそうだ。このあたりは砂嘴のようで、やがて南郷川を渡る。線路と犬走りだけの簡素な作り。枕木の間から水面が見える。非電化区間だから柱もなく見晴らしが良い。気のせいかもしれないけれど、列車が速度を落としてくれたようだ。再び町中に入ると南郷駅。海幸山幸の終点である。


この川を渡ると終点……

ここから2種類の観光バスが出ている。飫肥城や水中観光船乗り場など、日南市の名所を巡る“日南めぐり号”と、海沿いに宮崎へ至り、途中で飫肥城、海幸山幸伝説由来の神社、鬼の洗濯板の青島などに立ち寄る“にちなん号”だ。どちらも楽しそうだけど、私たちは鹿児島へ向かう。日南線を完乗したいから引き返すわけにはいかない。明るいうちに鹿児島に着きたいから立ち止まる時間もない。


南郷の南国風景

次の志布志行きの列車は30分後。南郷駅前の植栽の花が満開だ。駅舎の天井にツバメが巣を作っていて、雛がピーピー鳴いている。親鳥が餌を運んで何度も行ったり来たりする。かなり頻度が高く、近くによほど良い餌場があるのだろう。そんな様子を飽きずに眺めていたら、いつの間にか私たちの周囲から人がいなくなった。海幸山幸のお客さんたちは、二つのバスのいずれかに乗ったらしい。


ツバメの子育て

海幸彦、山幸彦の伝説を列車に仕立て、日南線を盛り上げようというJR九州。その列車と連動して地域を盛り上げようという日南市の取り組み。どちらも成功の様子であった。そして、静けさを取り戻した南国の駅に、時間を持てあました海彦たちが取り残された。


回送列車を見送る


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。
<<杉山淳一の著書>>

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■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
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発行:マイナビ

■著書
『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』
~日本全国列車旅、
達人のとっておき33選~


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