■店主の分け前~バーマンの心にうつりゆくよしなしごと

金井 和宏
(かない・かずひろ)

1956年、長野県生まれ。74年愛知県の高校卒業後、上京。
99年4月のスコットランド旅行がきっかけとなり、同 年11月から、自由が丘でスコッチ・モルト・ウイスキーが中心の店「BAR Lismore
」を営んでいる。
Lis. master's voice

 


第1回:I'm a “Barman”~
第50回:遠くへ行きたい
までのバックナンバー


第51回:お国言葉について
第52回:車中の出来事
第53回:テスト・マッチ
第54回:カッコいい! カッワイイ!
第55回:疾走する15歳
第56回:夏休み観察の記
第57回:菅平の風
第58回:嗚呼、巨人軍
第59回:年齢のこと
第60回:「ふりかけ」の時代
第61回:「僕のあだ名を知ってるかい?」の頃
第62回:霜月の記
第63回:いつも讃美歌があった
第64回:師かならずしも走らず
第65回:炬燵で、あったか
第66回:50歳になってしまった
第67回:もう一人のジャンプ選手と同級生の女の子のこと
第68回:さて、何を食べようか
~お昼ご飯のこと

第69回:さて、何を飲もうか
第70回:軍服とカーディガン
第71回:お疲れさまテレビくん
第72回:上手いCM、旨い酒
第73回:CM話をもう少し引っぱって


■更新予定日:隔週木曜日

第74回:泡も煙も消えてしまうものだけれど

更新日2006/05/11

旨いビールが飲みたいと思う。これからは、どんどんビール党にはビールがより旨く感じられる季節になってくる。ところが、最近は発泡酒だの、第三のビールだのがやたらに増えてしまって、ビール会社の方々がもう少し、普通のビールで旨いものを造ってくれないだろうかと思ってしまう。

「あれはあれで、そういうものだと思って飲むと、それなりにおいしいものだよ」と、発泡酒などの酒を評価する方が少なくないが、そんな思いをして明らかにビールよりも旨くないものを飲もうとする気持が、未だによくわからない。価格のことを口にされるが、普通のビールがそんなに高価で家計を圧迫するものだとはとても思えないのだ。

自分は、徹底的に庶民だと思っているけれど、発泡酒をビール代わりには飲みたくないと思う。日本の国全体の1年間の消費量としては多くはないにしても(3年前の統計で、世界のランキング25位とのこと、一人当たり年間で85本平均。因みに1位はチェコで、250本)、以前は味覚は繊細で、旨いビールの味を知っている国民だという意識は持っていたが、どうやら少し買いかぶりすぎていたようだ。

確かに各ビール会社も、発泡酒、第三のビールだけに力を傾けているわけではなく、本格的な、いわゆるプレミアムなビール造りも同時に行なっている。麒麟麦酒は以前から「ブラウマイスター」を造っているし、最近のサントリーの「ザ・プレミアム・モルツ」もその試みだろう。アサヒビールは儲かっているのか、「富士山」「熟撰」「極」など何種類か出している。サッポロビールには飲食店の樽だけで提供するという限定販売の方法をとる「エーデルピルス」というビールがある。

うるさい注文かも知れないが、そこまでプレミアムなものではなく、発泡酒的なものではない、その中間に位置するレギュラーと肩を並べるものが欲しいのだ。麒麟麦酒の「一番搾り」、サントリーの「モルツ」、アサヒビールの「スーパードライ」、サッポロビールの「黒ラベル」と最も売れ筋のビールに匹敵するようなものを、各社もう1本ずつでも出してくれれば、とてもうれしいのになあと思うのである(実は、それはかなり難しいことかも知れない)。

次は煙草の話。私はもう15年以上前に止めてしまったが、今でも大好きなので、最近の煙草事情をかなり憂えている者の一人だ。

まずは、パッケージに延々と書かれているあの自虐的なメッセージ、これをなんとかしてもらいたい。今店からハイライトを持って来て見ているが、片面には、「喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります。」が、大きな文字、少し小さくなって、「医学的な統計によると・・・」云々と続く。

一方、もう片面には、「妊娠中の喫煙は、胎児の発育障害や早産の原因の一つになります。」の大文字のあと、「医学的な統計によりと・・・」。(喫煙家の話を伺うと、このメッセージは、他にも数パターンあるとのこと)私がかつて愛飲したハイライト、若き日の和田誠氏のデザインによるそのパッケージが、見るも無惨なことになっている。

「日本は大人の国ではないんだなあ」とため息をもらしたい心境になってしまうのだ。煙草には害がある、それは大人の喫煙者であれば誰でもが知っていることを、わざわざ商品のイメージを著しく落としてもなお記入しなければならない、ある種の幼児性が情けないと思う。

次に、煙草を吸う場所が極端に制約されていること。アメリカ合衆国の多くの都市が、飲食店での喫煙を全面禁止にしたことは、「ああ、禁酒法と言い極端なことが好きな国なんだなあ」と、あまり気にしていなかった。ところが、アイルランド、そして最近では英国までが同じことをし始めたのには驚いてしまった。

パブで、ビールを注いでもらい、煙草に火をつけ、知人と語り始める。仕事帰りの彼らの何百年と続いている習慣が途切れてしまった。世界に誇る伝統的な酒場から紫煙が消えてしまったのだ。愛煙家は、どういう思いをしているのだろう。

世界的な趨勢がそうなっているからと、日本の嫌煙家たちは声を更に大きくするだろうし、日本の酒場から煙草が消える可能性が、おそろしいことにかなり現実的なことになってきている気がする。

そして、煙草会社は軽い煙草ばかりを造り続けている。先ほどの発泡酒ではないが、そんなに軽い、味のない煙草を吸っても一向に旨くないと思うのだけれど。きっと、吸い応えのある重く味がしっかりした旨い煙草は、未来永劫造られることはないのだろう。とても寂しいことだ。

せめてもの反抗ではないが、私の店には、「我が青春の煙草たち」と称して次の5種類しか置かないことにしている。「ピース・レギュラーサイズ」「ハイライト」「チェリー」「セブンスター」「ホープ・レギュラーサイズ」。

30年前は、これだけの品揃えでほとんどの人が不自由をしなかった。「なんとかのなんミリという煙草は一切置いておりません」という姿勢は、少し頑固すぎるだろうか。

 

 

第75回:雨が降ります、雨が降る