第285回:流行り歌に寄せて No.95 「長崎の女〈ひと〉」~昭和38年(1963年)
私は、今まで九州を何度か訪ねており、福岡、大分、宮崎、鹿児島県には行ったことがあるが、なぜか西側に位置する佐賀、長崎、熊本県には足を運び入れたことがない。
長崎県には、以前勤務していた会社の事業所もあり、在職中、あるいは退職後もその事業所の方に何回か誘われたことがあった。また、私の妹の夫の実家が佐世保ということもあって、訪れるチャンスはあったにも関わらず未だに実現していないのだ。
なかなか行けないということは、ある意味想像を逞しくする。異国情緒を感じる地に一人密かに佇む、長崎の女性には憧れを伴い、そんな印象を抱いている。この曲は私の心情を反映してくれる気がして、以前から大変好きな曲だったのである。
「長崎の女〈ひと〉」たなかゆきを:作詞 林伊佐緒:作曲 春日八郎:歌
1.
恋の涙か 蘇鉄の花が
風にこぼれる 石畳
うわさにすがり ただひとり
尋ねあぐんだ 港町
ああ 長崎の 長崎の女〈ひと〉
2.
海を見おろす 外人墓地で
君と別れた 霧の夜
サファイア色の まなざしが
燃える心に まだ残る
ああ 長崎の 長崎の女
3.
夢をまさぐる オランダ坂に
しのび泣くよな 夜が来る
忘れることが しあわせと
遠くささやく 鐘の音
ああ 長崎の 長崎の女
作詞家のたなかゆきをは、明治大学商学部を卒業。印刷会社の取締役に就任したのちに、母校の付属校である明治大学付属明治高等学校、中学校で教師をしながら作詞家を目指したという、珍しい経歴の持ち主である。
昭和32年に石本美由起の門下生となり、彼の主催する歌謡同人誌「新歌謡界」の準同人として入会し、活動し始めた。私は不勉強なことに、今回の『長崎の女』以外の彼の作品は存じ上げないが、数多くの小中学校の校歌、市町村歌、社歌を手掛けた人でもある。近年は日本の古典芸能を基礎に作られる長唄、小唄、端唄、新内などの歌謡、さらには吟詠歌謡、舞踊歌謡の作詞という、やはり珍しい分野で活躍している。
作曲家の林伊佐緒について、以前このコラムでも取り上げたような気が勝手にしていたが、読み返してみてもその形跡はない。
戦前から、まず歌手として大活躍され、昭和12年4月に出された『男なら』は、近衛八郎、樋口静雄とともに歌った、男らしくたくましい曲で一世を風靡した。その年の7月、新橋みどりという女性歌手とのデュエット『もしも月給が上がったら』は、一転して砕けたコミックソングであり、こちらもまた大ヒットした。
その後、ご自身が曲を書いた作品を歌い、いわゆる「シンガー・ソングライター」のさきがけ的な存在でもあった。昭和25年の大変なヒット曲『ダンスパーティーの夜』も自身で曲を書いたものである。
NHK紅白歌合戦には、歌手として昭和26年の第1回から、第5回を除き昭和36年の第12回まで、計11回出場している。また平成元年4月から平成7年4月までは日本歌手協会会長として、後輩の歌手たちの地位向上のために、大いに貢献した方だった。
私が、林伊佐緒という名前は何度も伺ったり、拝見したりしていながら、その業績をほとんど知らないのは、歌謡曲に関する勉強がまだまだ足りないということに尽きると思う。
春日八郎は、この歌では殊に、やわらかく伸びやかな歌唱を披露している。淀みのない声で、しっかりと歌詞の思いを伝えてくれているので、何度聴いてもこちらの胸の中に沁みてくるのだろう。やはり、長崎を訪れたくなる。
-…つづく
第286回:流行り歌に寄せて No.96「島のブルース」?
昭和38年(1963年)
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