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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から
 

第891回:抜きん出た女性たち その9

更新日2025/03/20



マーガレット・ミード(Margaret Mead;1901-1978)

マーガレット・ミードの名は取り分け文化人類学に興味のない人でも知っていることでしょう。彼女は優れた文化人類学者であるのは当然ですが、同時に女性の権利を大声で主張する1960年代のセクシュアル・レボリューションの先駆けでもあります。
 
生れたのは1901年で、23−24歳の時、サモアに赴き、サモア原住民の生活をツブサに観察し、部族の間で暮らし、『Coming of age in Samoa』(邦題:サモアの思春期;1928年刊)を書きました。この一冊でマーガレット・ミードは脚光を浴びたと言って良いでしょう。

それは大戦前、まだ女性はプロフェッショナルの道が開けておらず、小学校の先生になるか、看護婦になるかしかない時代でした。女性の職業は極めて限られていた時代に、アメリカがキリスト教的道徳に縛られていた時代に、若い女性がポリネシアの島に行き、住み、そこの原住民が男女の隔たりのない、しかも自由恋愛の社会だと報告したのです。

それは一つの事件というくらいセンセーショナルな出来事でした。原始的未開人と思われていたポリネシア原住民が、アメリカ本土よりはるかにユートピアに近い生活を営み、男女間のバランスを上手に取っているというのです。
 
その後、マーガレット・ミードは食人すると言われていたパプアニューギニア原住民、そしてハイチ島の魔女信仰、ブードー教の調査と、次々とまさに意表を突くようなフィールドワークを展開していきます。
 
アメリカにあっては、『菊と刀』(1946年刊)の著者ルース・ベネディクトと親交を結び、互いに協力しあって、コロンビア大学の文化人類学部の最盛期を築いていきます。

言語学者のエドワード・サピアとも学問の面で協調するところが多く、サピアの論文にも随分協力していたようですが、サピアの保守的な思考とミードのその時代にあっては超進歩的な社会意識とは相容れず、決別しています。
 

私が育った時、育児書の聖書ともみなされていたのは『スポック博士の育児書』(ベンジャミン・スポック著;1946年刊)でした。

スポック博士の人間性を信用する育児は、マーガレット・ミードのフィールドワークの成果が反映していると言われています。ミードはスポック博士が本を書くにあたって積極的に協力しています。

ニューヨークの自然科学博物館は、彼女の名を冠した民俗学展示室を設けています。

マーガレット・ミードはイチ文化人類学者であるだけでなく、熱心な社会運動家であり、女性開放だけでなく、ベトナム戦争反戦運動、多民族集合国家であるはずのアメリカ国内での人種差別反対運動などに身を投じており、“レイシズム”(racism、racialism、人種偏見、人種差別)という言葉をアメリカに知らしめ、広げたのも彼女の功績でしょう。

公然と自分はレズだと公言してはいませんが、ルース・ベネディクトとは学問の師弟、協力者以上の関係で、姉妹以上の繋がりを保っていました。

彼女ほど有名になってしまうと、当然、様々な非難、批評に見舞われます。
一つだけ例に挙げれば、デレック・フリーマンは、マーガレット・ミードが調査した同じ部落、部族に住み込み、全く異なった見解を発表しています。

デレックによれば、マーガレットが描いたような自由恋愛で、女性の自由が謳歌されるような男女関係は存在せず、男性の嫉妬が異常に激しく、たびたび殺人にまで発展する、殺人の割合はアメリカ本国を上回る…と、具体的な数字を示しています。

また、男女間の嫉妬による殺人に倍する強姦事件も発生している、マーガレット・ミードが謳う、自由恋愛、フリーセック、ユートピアに近い部族など何処にもいない、おそらく地球上の何処にもありえない…としています。
 
どうもこうなると、一冊のとても面白い文化人類学的報告書を読んで、「ホー、こんな民族、社会が地球上にあるんだ…」と、ハナから信用してかかるのは問題がありそうです。

でも、マーガレット・ミードのように緻密な学者がどうしてそんな勘違い、思い入れ、間違いを犯したのでしょうか、疑問が残ります。デレックの批評に対する反論は、私は目にしていません。

マリノフスキーのトロブリアンド島の調査レポート、本は、ヒッピー世代に大きな影響を与えました。ですが、ヒッピーたちはその本にある、食事は人前で決して摂らず、逆に?性交は白昼人前で大っぴらに行う、という現代の文化社会とはおよそ逆の行為をする民族、部族が存在するという一点だけを強調し、スポットライトを当てて、理解していたのでしょう。性交は妊娠、出産、そして育児が伴うものだという簡単な事実関係にまで目が行っていなかったようなのです。

一つの民族、部族を外来者がそこに入り込んで、自分の観たものは事実だという、案外陥り易いレアリズムに足を取られるのでしょうか。もっと多角的に観察すべきなのでしょう。

それにしても、一つの民族、部族全体を捉えるのは、たとえ優れた観察者、文化人類学者であっても、とても2、3年の調査では不可能なのでしょうね。

margaret_mead
マーガレット・ミード
<Margaret Mead;1901-1978>

 

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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