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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第509回:修理からパーツ交換~職人受難の時代

更新日2017/04/20



日本の叔母さんが亡くなり、形見として型は古いけれどかなり高級そうな腕時計を貰いました。なにぶんにもリューズを手で巻く、いまどき珍しい手巻きの時計です。毎日一回、朝起きた時にネジを巻くと、さて、今日も一日働くとするか…という気持ちになるので、私は手巻きの腕時計が大好きなのです。デジタルや液晶などは薬にしたくもありません。

ところが、この手巻き時計、私が余りにきつくネジを巻き過ぎたせいでしょうか、動かなくなってしまったのです。そこで、この町の時計、宝石店を数軒廻りました。「これはよい時計ですね」と言われるまではイイのですが、「メーカーに送らなければなりません。ここでは修理できません」と繋がっていくのです。メーカーにも問い合わせましたが、修理、分解掃除のお値段たるや、セイコー、シチズンの新品が買えるほどなのです。

一昔前…というと年寄り臭いですが、どこの町のメインストリートの片隅に、間口がほんの一間くらいの時計修理屋さんがあり、そこにあまり英語の達者でない、東ヨーロッパ系かユダヤ系の老人が鼻眼鏡を掛けて座っていたものです。そんなお店は跡形もなく消え失せてしまったようなのです。

しょうがなく、ボタン電池式の日本製の腕時計を買いましたが、ネジ式の時計修理費の半分以下でした。ところが、電池を入れ替える必要があって、その時計を買ったお店に持って行ったところ、裏の蓋を開けるのに苦労したのでしょうか、裏だけでなく、隙間にシャープな刃物のようなもを無理に差し込もうとして滑ったのでしょうか、傷だらけになって戻ってきたのです。 

このようなことは、アメリカ人なら誰しも体験していることでしょう。我が家の洗濯機はこの11年で3回買い換えています。車は私たちが15年から20年落ちの大中古ばかり買うせいもありますが、本当によく壊れ、修理に出しても同じところがまたすぐに故障します。

トランスミッションを交換して貰った時、坂道を登る時に自動的にエンジントルクを上げるキックオフワイヤーを接続し忘れていたり(これはウチのダンナさん、どこにも繋がっていないワイヤーを見付け、何だコリャと発見しました)、エアコンのユニットをすべて新しく入れ替えた時も、フレオンガスがまことに速やかに抜けてしまったり、エアコンユニット入れ替えに邪魔になったのでしょうか、クルーズコントロールが外されたままになっていました。タイミングベルトを交換した時にはエンジンカバーのネジをきちんと締めていなかったりで、車を修理に出しているのか、壊すために出しているのか分からなくなります。

昔、ヨットで水上生活を十数年続けたことがあります。そこでの教訓は"形あるものはすべて壊れる"というものです。実際、潮気と強烈な太陽熱で、ありとあらゆるものが故障します。 ヨットでの基本的に正しい態度は、すべてに簡素、簡単であれ、自分で修理できない電子機器、航海計器に頼るなというものです。

それにしても、ウチのダンナさん、一体全体何時間エンジンと格闘していたことでしょう。エンジンなしで湾に出入りしたことも一度や二度ではありませんでした。インジェクターポンプを外して、確かベネズエラのプエルト・ラ・クルスだったと記憶していますが、ディーゼルエンジン修理場、床は剥き出しの土、それも油が浸み込み真っ黒になっている薄暗いガレージのようなところに、これまた油にまみれた小太りの中年男と、アシスタントと呼ぶにはなんだかおぼつかない年恰好の少年だけがいるところに持ち込んだのです。

正直言って、私はこんなところで修理できないどころか、逆に壊されるのがオチではないかと思っていました。こんな時、ダンナさんのコミュニケーション術は天才的で、マア、彼スペイン語が、とりわけこのような労働者的スペイン語が得意ですから、世間話から入り、ベネズエラ賛美、このインジェクターが直らなければベネズエラに永住するしかない、などと冗談を交わして、このメカニックに仕事を引き受けさせ、夕方戻ってみたら、ちゃんと出来上がっていたのです。今、航海日誌を確認してみましたが、10ドルに満たない修理代でした。もちろん、完璧に直っていました。

カリブのフランス領マルティニークでも、エンジンに燃料を送る際に空気抜きをするバルブのネジが折れ、そのネジを作って貰ったこともあります。ある時には、燃料パイプのワッシャーをアメリカの1セント銅貨の両面をきれいに磨き、真ん中に穴を開けピカピカの新品ワッシャーを作って貰ったこともあります。

それらの国々では修理できるものは修理し、長いこと大切に使う精神があるように思います。今、アメリカだけではないでしょうけど、日本、西欧の国々では修理という言葉は死滅し、パーツ交換になってしまいました。ネジを一本一本切り直すようなことをしなくなってしまったのです。

残念ながら、叔母さんの形見のネジ巻き腕時計は、動かないまま引き出しに収まったままになっています。

 

  

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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