第565回:“風が吹けば桶屋が儲かる”_ Kids for Cash
日本人でも“風が吹けば桶屋が儲かる”という経路を説明できる人は少ないでしょう。アメリカ版“風が吹けば……”事件が起こりました。“Kids for Cash”(お金のための子供)と呼ばれています。
この図式は、問題児、暴力や窃盗でなくとも、学校内で先生の言うことをきかずに反抗したという些細なことで、中学、高校に詰めている警察に引っ張られた子供たちを少年院にたくさん送れば送るほど、それだけ余計にお金になるというものです。この相関関係を、いくら想像力の豊かな人でも理解できないのは当たり前だと思います。
ペンシルヴァニア州にスクラントン(Scranton, Pennsylvania)という、人口8万人足らずの町があります。一時期炭鉱ブームに沸き、それと前後して鉄鋼の町になり、製鉄企業の創始者の名前スクラントンをそのまま町の名前にしたという、典型的な一企業が支配している町です。田舎町ですが、ルゼーネ(Luzerne)郡のカウンティーシート(county seat;郡庁所在地)ですから、分不相応なくらい立派な郡の政庁、それに裁判所があります。
そんな町に、マイケル・コナハン(Michael Conahan)とマーク・シャヴァレラ(Mark Ciavarella)という判事が就任しました。アメリカでは、郡、州レベルの判事は選挙で選ばれます。特に、シャヴァレラの方は、青少年犯罪専門の裁判官で、おりしも、コロラド州、コロンバイン高校で二人の生徒が銃を乱射し、生徒12名、先生1名を射殺し、殺人犯2名も自殺した「コロンバイン高校銃乱射事件」(1999年4月20日)の後、“Zero Tolerance(寛容ゼロ)”という、狂心的な取締り、疑わしきはしょっ引いて罰するという方針を打ち出し、判事に選ばれたのです。
この“寛容ゼロ”自体がナチスのユダヤ人狩り、中世の宗教裁判と同じくらい酷い警察国家そのものの方針です。自分の子供が通う学校に、コロンバイン高校で事件を起こしたような生徒が出ないようにと、多くの親も最初はそんな気配がある子供をドンドン厳しく取り締まるという方針に組していたのでしょう。
人の恐怖心に付け入るのが何事においても一番効果があるのは、歴史が証明しているところです。町の住民、学校に通う年頃の子供を持つ親たちもコナハン、シェヴァレラ判事のやり方に賛成していたのでしょう。アメリカ人の非寛容的なところがよく表れています。
このシヴァレラ判事の元に送られてきた子供たちは、例外なく全員有罪の判決が下り、6ヵ月から8年の刑に処され、刑務所に送られました。しかも、その裁判の時、少年少女たちには全く弁護士が付けられず、裁判は罪状を読み上げ、判決を下すだけで、審議などは全くなく、1、2分間で裁判を終えたと言いますから、これは裁判と言えたものではありません。中世の宗教裁判や中国の文化革命の時の人民裁判が民主的に見えるほどです。
罪はクラスメイトと喧嘩して本棚を倒してしまったとか、親に隠れてお酒を飲んだ、マリファナを吸った、教室で先生の言うことをきかずに教室を退出したとか、他愛のないことばかりなのです。私なら、20~30回は逮捕され終身刑になっているところです。
こんな微罪とも言えない事件を、なぜ学校が警察に知らせていたかも疑問ですが、このシャヴァレラ判事は神のごとく断罪し、牢屋に送った子供たちは6,000人にもなりました。
こうなると、少年院、刑務所も大変混み合ってきます。
少年院は二つあり、その二つとも、私企業、ペンシルヴァニア児童保護施設(Pennsylvania Child Care)という営利事業なのです。一人の問題児を預かるごとに幾らと、州政府から支払いがあります。この当たり、日本のシステムとは全く違います。
やっと、どうして桶屋が儲かるかが見えてきたのではないでしょうか。たくさんの不良(ではないのですが…)少年、少女を少年院に送れば、それだけ民間の営利事業の刑務所が儲かることになります。そこで、サア~判事さん、ドンドン子供たちを送ってください、その分あなた方にお金をあげますよ、キックバックしてあげます…と、この判事たちにお金を贈っていたのです。
どうです、やっと風が吹けば桶屋が儲かる経路が判ったことでしょう。
事件が広く知られ、二人の悪徳裁判官が裁かれることになったのは、税務庁の取調べがきっかけになったからです。この二人の裁判のやり方や子供たちの人権問題によって、事件が表に出たのではありませんでした。アメリカ国税庁は、泣く子も黙る恐ろしいお役所なのです。アル・カポネも、税金をごまかした罪で服役しています。
あまりに、少年院、刑務所が混み過ぎたので、地元の建築業者が新しい少年院を建てることになりました。この建設業者、ロバート・メリクル(Robert Mericle)が、二人に2.1ミリオンドル(約2億3,000万円相当)の礼金を贈り、それを申告しなかったことに端を発し、事件の全貌が現れてきたのです。
何でも、不動産業界では、売りたい物件を見つけたり、買いたい人を紹介すると、コミッションを支払う習慣があり、これは合法的な行為なのだそうです。確かに、これが民間取引ならそうでしょうけど、一方は郡の裁判官なのです。
子供たちに弁護士も付けず、人権を全く無視して有罪判決の山を築いていったこの二人の裁判官を裁く裁判は決着がつかず、ついにフェデラル(合衆国レベル)まで持ち込まれ、2011年にやっと有罪が確定しました。コナハンは17年半、シャヴァレラは28年の禁錮刑が確定したのです。
その間、不当に刑務所に入れられていた子供たち2,400人の刑をもう一度洗い直す命令がやっと下りました。全員、即座に釈放になりました。すでに刑期を終え、釈放されていた子供がたくさんいましたが…。
一番の育ち盛りの時に、5年から8年間も牢屋に繋がれていたのでは、勉強や身体、精神だけでなく、人間的にも成長できません。牢屋で自殺した子供もいました。牢に入れられた子供たちの95パーセントは、ノン・ヴァイオレント(暴力とは無関係の罪)でした。
アメリカでは、一人の子供の教育に使う政府のお金は年1万500ドルですが、少年院に入れられた子供には8万8,000ドルも使っているのです。その中に、悪徳判事に支払われるコミッションも含まれているのですが…。
その結果、アメリカでは人口比率にして、他の国の平均より5倍も多くの青少年が牢屋に繋がれていることになっています。
「コロンバイン高校銃乱射事件」の後に始まった“ゼロ寛容”運動は全く効果なく、次々と学校内での乱射事件が多発したことは知っての通りです。今年に入ってからでも、21件もの学内乱射事件が発生しています。
弱者や子供たちを取り締まり、強大な力、政治力を持つNRA(全米ライフル協会)の前では、銃規制ができない、しないのがアメリカ政府なのです。アメリカは国内で大きな戦争を抱えているのです。
-…つづく
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