第317回:世界遺産登録の怪
富士山が世界遺産に登録されたとインターネット新聞に載っていました。天女が舞い降りてきた三保の松原も同時に登録されましたが、鎌倉は落選でした。
私に分からないこと、理解できないことは、うちの仙人に言わせれば、「世の中に、オメーの理解を超えたモノゴトはゴマンとあるさ」と片付けられてしまうのですが、その一つが世界遺産です。そして、もっと分からないのが、その世界遺産に登録されるかどうかに一喜一憂し、大騒ぎする日本人です。
まず、普通のアメリカ人、私の親、兄弟、従妹、大学の先生、生徒で、アメリカのどこが世界遺産になっているかどうかに興味を示す人はゼロでしょう。アメリカの国立公園は主に自然保護と遺跡保存のため莫大な予算が政府から出ますので、指定される意味はそれなりにあります。
ところが、ユネスコが始めた世界遺産はただ指定するだけで、国連からお金が出るわけでもなく、マスコミが騒いで、そこへ観光客が集まるだろう…という期待しかないのです。
4、5年前、知床半島が世界遺産に登録された…とは知らずに行ったことがあります。 札幌を観光バスで出た時から、"アレッ、満員だ。どうしてだろう…」とは感じていましたが、イザ、知床に着いて驚きました。バスが何十台も駐車していて、板を張った短い遊歩道は、日曜日の東京の表参道さながらでした。うちの仙人が高校生の時、大昔のことですが、ここを訪れたときのことを聴かされていたものですから、そのイメージのギャップたるや、天と地、天国と地獄でした。
私たちが若かりし頃住んでいた、地中海の島・イビサが島ごと世界遺産に登録されました。元々夏のバカンスの島で、ドイツ、イギリス スカンジナビアの人たちが長い休暇をノンビリ過ごすリゾートでした。島の住人や毎年同じ時期に同じようにやってくるバカンス客にとっては、世界遺産になろうがなるまいが関係なく、関心もないことでしょう。
ですが、世界遺産のすべてを見て回ろう…という勇ましい日本人が結構訪れるようになった…と、イビサに長いこと住んでいる友人が言っていました。島の観光財源として、オフシーズンを埋めてくれる、物見高いツーリストは大歓迎でしょう。まあ、経済効果は少しはある…と言ってよいかしら。
いま私たちが住んでいる山里の台地は、なんとも豪華ことに、アメリカ国立モニュメントの崖ップチ道路を登り、そこから25~26キロ奥に入ったところにあります。毎日、その国立モニュメントの77曲がり(本当はそんなにありませんが、格好をつけてそう呼んでいます)を運転して大学に通っています。
国立公園の中を通りますから、当然、入園料を払わなければなりません。1週間有効の入園料は車1台で12ドルです。ところが、国立公園の上の台地に住む人には特別措置が取られ、山の住人はタダなのです。車を一応ゲイトで止めなければなりませんが、国立公園のレンジャーに自分の住んでいるところ、「グレード・パークへ行くよ」と言えば、開けゴマのオマジナイと同じで、タダで通過できるのです。毎日のことですから、パーク・レンジャーも私たちの顔を覚えてしまっていますが…。
もし、この国立公園、コロラド・ナショナル・モニュメントと言いますが、世界遺産にでも登録されたら、私たちにとっては悲劇です。観光バスや車、RVが増え、ゲイトで10分、20分待ちになり、77曲がりの狭い道路も数珠繋ぎになり、事故も起きるでしょう。
今までマウンテンバイクをこぐ人、走ったり、ハイキングを楽しんでいた、静かに自然と触れ合っていた人たちは影を潜めるでしょう。もし、ここを世界遺産に!
などという馬鹿な運動があったら、私たちは真っ先に近所人たちの署名を集め、反対運動をするでしょう。
自然の美しさは、バスの窓から見るのと、自分の足で辿り着き、眺めたものとは違うのです。山や岩、峡谷の素晴らしさは、ある程度の垣根を設け、車と群集を否定したところにあると思うのです。
第318回:森と牧場の季節
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