第301回:市民権を得た?"刺青ファッション"
アメリカでタトゥー、刺青がファッションとなり、社会的に認められてきたことは以前書きました。
去年の暮れからのお葬式ラッシュで、故郷のカンサスシティーに帰っていたとき、私が憧れていた年上の従兄、従姉(子供の頃は2、3歳年上なだけで、とても偉く見え、憧れるものです)たちと集まり、なんかの拍子に刺青の話になりました。彼らは定年退職しているか、いつ年金生活に入ろうか…と期を伺っている歳なのですが、高校の校長先生を引退したばかりの従兄が、胸の刺青を見せたら、俺も、私もしていると、刺青の見せっこになってしまいました。日本で刺青をした校長先生はまずいないでしょうね。
ある従姉の場合、かなりプライベートな部分に小さい刺青とピアースをしていると公言していましたし、80歳近くになる叔母は、ある大きな教会の牧師兼大学の教授でしたが、彼女も胸に入れていたのには驚きました。
私の家族は、アメリカ中西部の極平均的、保守的なお百姓さん出身で、唐草モンモンを背負ったヤクザやマフィアの家族ではありません。それが、全員とは言いませんが、これだけ刺青を彫っている人が身近にいたことはショックでした。それだけ、一般的に広がってしまったようなのです。
私自身、刺青を綺麗だとか、かっこいいと思ったこともありませんし、ただ歳を取ったらどうなるのだろうとか、さぞかし痛い思いをしたことだろうと想像するだけです。それに、素肌がキャンバスになるのですから、張りのあるミズミズしい艶やかな下地の時は名画、ゲージュツも映えるでしょうけど、下地のキャンバスそのものがたるんだり、しわくちゃになったら、モナリサも頂けないものになると思うのですが…。
でも、世界中の部族に、精霊的、神的に、逆にタブーの色合いが強い刺青文化がありますから、各部族ごとで価値観が違うことは想像できます。日本では、刺青はもっぱらヤクザ屋さん、専門のように見受けられます。はっきりと、お風呂屋さんや温泉に行けなくてもよい、と反社会的な態度を刺青で示すことになるので、それなりの覚悟がいるでしょう。
ところが、アメリカの刺青は、まるでショッピングモールで爪に細密画を描いて貰うのと同じ感覚なのです。その名も、ボディー・アートと呼んでいます。刺青とピアースをアートと呼んでよいかどうか、随分意見が分かれることでしょう。この現象はこの20年、とりわけ10年間に著しく増えました。
去年、1年間の刺青業界の売り上げは1.65ビリオンドル(1,500億円相当かしら)の大成長産業になったのです。Pew
Research Centerの統計によれば、18歳から25歳までの間の若者の36%が少なくとも一つの刺青をしており、それが25歳から40歳までの層ですと、40%の人が刺青をしているのです。アメリカ人の18歳から40歳までの半数とまではいきませんが、半数に迫る人たちが刺青をしていることになり、その割合は上昇する一方です。
そして、刺青屋さん、ここでは"タトゥー・パーラー"とファッショナブルな呼び方をしていますが、全米に21,000軒もあり、続々と増えつつあります。絵も上手になり、色合いも中間色を巧みに使いこなし、深みのある図柄を売り物にしているタトゥー・ゲイジュツ家が多くなってきました。一昔前のベトナム帰りの兵士たちが入れていた、下手な漢字はもう見られません。大書道家が魂を入れて書いたような、素晴らしい達筆で彫り込んでいます。
どうにも、刺青を入れたがる心理が私には分かりません。自分の体を飾ることは、ヘアーメイク、顔の化粧と同じことなのですが、体のしかも普段見せないところに刺青をするのが圧倒的に多く、それだけに、エ~ッ、この人があんなところに! となるわけですが、通常、刺青を隠すような服装をしている人が多いのです。上腕に刺青をしているなら、長袖のシャツ、ブラウスを着るという風にです。人に見せたくないなら、刺青などするべきでない…と考えるのは、ボディーアートを分かっていない素人スジの言うことなのだそうです。
全部見せたくはないけど、チラッと見えるようなところ、腰の下の方とか、ここはジーパンを下げて穿くのが流行りですから、かがんだ時などにチラリと見せることができるし、おへそのピアースも短いTシャツを着たとき、見え隠れします。女子の場合、胸というかおっぱいの上の方も、時に応じてブラウスの胸を大きく開けて、わざと刺青をチラッと見せることができ、効果が(一体何の効果なのでしょうか?)上がるのだそうです。
刺青はアメリカ社会に受け入れられてきました。学生さんにそんな刺青をして、就職に差し支えないのか訊いたところ、言下にそれはないと言い切られてしまいました。看護婦さん、薬剤師さん、お医者さんなど、他人と直接接するような、清潔感が大切だと思われている職業でも、刺青を入れている人が結構います。
そういえば、これだけ裁判に訴えることが好きなアメリカでも、刺青が理由で仕事をクビになった話は聞いたことがありません。あれば必ず裁判沙汰になっているでしょうから…。
日本で肩身が狭くなっている彫師さん、ゲージュツ家としてヴィサを取り、アメリカで働きませんか、大当たり間違いありませんよ。
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