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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第301回:市民権を得た?"刺青ファッション"

更新日2013/03/07



アメリカでタトゥー、刺青がファッションとなり、社会的に認められてきたことは以前書きました。

去年の暮れからのお葬式ラッシュで、故郷のカンサスシティーに帰っていたとき、私が憧れていた年上の従兄、従姉(子供の頃は2、3歳年上なだけで、とても偉く見え、憧れるものです)たちと集まり、なんかの拍子に刺青の話になりました。彼らは定年退職しているか、いつ年金生活に入ろうか…と期を伺っている歳なのですが、高校の校長先生を引退したばかりの従兄が、胸の刺青を見せたら、俺も、私もしていると、刺青の見せっこになってしまいました。日本で刺青をした校長先生はまずいないでしょうね。

ある従姉の場合、かなりプライベートな部分に小さい刺青とピアースをしていると公言していましたし、80歳近くになる叔母は、ある大きな教会の牧師兼大学の教授でしたが、彼女も胸に入れていたのには驚きました。 

私の家族は、アメリカ中西部の極平均的、保守的なお百姓さん出身で、唐草モンモンを背負ったヤクザやマフィアの家族ではありません。それが、全員とは言いませんが、これだけ刺青を彫っている人が身近にいたことはショックでした。それだけ、一般的に広がってしまったようなのです。 

私自身、刺青を綺麗だとか、かっこいいと思ったこともありませんし、ただ歳を取ったらどうなるのだろうとか、さぞかし痛い思いをしたことだろうと想像するだけです。それに、素肌がキャンバスになるのですから、張りのあるミズミズしい艶やかな下地の時は名画、ゲージュツも映えるでしょうけど、下地のキャンバスそのものがたるんだり、しわくちゃになったら、モナリサも頂けないものになると思うのですが…。

でも、世界中の部族に、精霊的、神的に、逆にタブーの色合いが強い刺青文化がありますから、各部族ごとで価値観が違うことは想像できます。日本では、刺青はもっぱらヤクザ屋さん、専門のように見受けられます。はっきりと、お風呂屋さんや温泉に行けなくてもよい、と反社会的な態度を刺青で示すことになるので、それなりの覚悟がいるでしょう。

ところが、アメリカの刺青は、まるでショッピングモールで爪に細密画を描いて貰うのと同じ感覚なのです。その名も、ボディー・アートと呼んでいます。刺青とピアースをアートと呼んでよいかどうか、随分意見が分かれることでしょう。この現象はこの20年、とりわけ10年間に著しく増えました。

去年、1年間の刺青業界の売り上げは1.65ビリオンドル(1,500億円相当かしら)の大成長産業になったのです。Pew Research Centerの統計によれば、18歳から25歳までの間の若者の36%が少なくとも一つの刺青をしており、それが25歳から40歳までの層ですと、40%の人が刺青をしているのです。アメリカ人の18歳から40歳までの半数とまではいきませんが、半数に迫る人たちが刺青をしていることになり、その割合は上昇する一方です。

そして、刺青屋さん、ここでは"タトゥー・パーラー"とファッショナブルな呼び方をしていますが、全米に21,000軒もあり、続々と増えつつあります。絵も上手になり、色合いも中間色を巧みに使いこなし、深みのある図柄を売り物にしているタトゥー・ゲイジュツ家が多くなってきました。一昔前のベトナム帰りの兵士たちが入れていた、下手な漢字はもう見られません。大書道家が魂を入れて書いたような、素晴らしい達筆で彫り込んでいます。

どうにも、刺青を入れたがる心理が私には分かりません。自分の体を飾ることは、ヘアーメイク、顔の化粧と同じことなのですが、体のしかも普段見せないところに刺青をするのが圧倒的に多く、それだけに、エ~ッ、この人があんなところに! となるわけですが、通常、刺青を隠すような服装をしている人が多いのです。上腕に刺青をしているなら、長袖のシャツ、ブラウスを着るという風にです。人に見せたくないなら、刺青などするべきでない…と考えるのは、ボディーアートを分かっていない素人スジの言うことなのだそうです。

全部見せたくはないけど、チラッと見えるようなところ、腰の下の方とか、ここはジーパンを下げて穿くのが流行りですから、かがんだ時などにチラリと見せることができるし、おへそのピアースも短いTシャツを着たとき、見え隠れします。女子の場合、胸というかおっぱいの上の方も、時に応じてブラウスの胸を大きく開けて、わざと刺青をチラッと見せることができ、効果が(一体何の効果なのでしょうか?)上がるのだそうです。

刺青はアメリカ社会に受け入れられてきました。学生さんにそんな刺青をして、就職に差し支えないのか訊いたところ、言下にそれはないと言い切られてしまいました。看護婦さん、薬剤師さん、お医者さんなど、他人と直接接するような、清潔感が大切だと思われている職業でも、刺青を入れている人が結構います。

そういえば、これだけ裁判に訴えることが好きなアメリカでも、刺青が理由で仕事をクビになった話は聞いたことがありません。あれば必ず裁判沙汰になっているでしょうから…。

日本で肩身が狭くなっている彫師さん、ゲージュツ家としてヴィサを取り、アメリカで働きませんか、大当たり間違いありませんよ。

 

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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