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■亜米利加よもやま通信 ~コロラドロッキーの山裾の町から

第480回:山の遭難? それとも人災? その2

更新日2016/09/15



私たちが登る山は、山登りガイドブックやインターネットで1から5まで分けられている難易度で、およそ2、せいぜい3程度の易しい山がほとんどです。しかも、一日の行程が20キロ以内のところばかりです。もう長いことこの界隈の山歩きをしていますから、多少は経験を積んでいる…はずなのですが、山の中でたまに会う人にウチの山羊仙人は、「オレたちゃぁ、初心者の老人散歩程度でね~」とか言っています。

私たちの感覚では、登山口から頂上まで行き、降りてくるまで5人以上の人に出会ったら、"随分混んでいる"ことになります。初めから、人が行きそうもないところばかり選んでいるからです。その分、野生の動物をたくさん見ることができます。

コロラドの14ナーズ(14,000フィート以上の山々のこと;約4,300M以上)は、大観光資源で何十億円というお金をコロラドに落としてくれています。したがって、大きな飛行場のある大都会デンヴァー、コロラドスプリングに近いフロントレンジと呼ばれるロッキー山脈の東側は、夏にはとても混みあいます。

今年は14ナーズの山を切り捨て、あまり人気のない13ナーズ(約4,000M)に的を絞りました。

事件が起こったのは、そんな13ナーズのテイラー山の頂上でした。ベースキャンプとしてテントを張ったところにも、山頂までの行程でも人っ子一人いない、従って、登山道、踏み分け道もないガレ場で、下から見上げ、あの辺りが登れそうだ、登り易そうだと見当をつけて、やっと頂上に着いたところ、なんと先人がいたのです。

女性二人と男性一人、いかにも山歩きのベテラン風で、一流ブランドの派手ハデの服装、装備で身を固め、私たちの労働服スタイルとはかけ離れたイデタチでした。それは良いのですが、犬を2匹連れていて、そのうちの一匹が猛然と私に襲いかかってきたのです。毛の短い、恐らくピットブル(アメリカの闘犬用の種類)の血が入っていると思われる中型犬でした。

その犬が私の腕とお尻に噛み付いてきたのです。運の良いことに、厚手のジーパンにスキー用のキルティングが入った上着を着ていましたから、歯が服を突き破るまでには至りませんでした。そこへ7、8メートル距離を取って登頂してきたウチのダンナさんが、スキーのストックの輪を小さくし、改造したアルミの登山用の杖の先を犬の目の間に照準を合わせ、実際に付きはしませんでしたが、私から1メートルほどの距離に犬を引き離してくれたのです。

犬は逃げるどころか、身を低く構え、背の毛を立てて、私に、ダンナさんに飛び掛ろうと身構えて、低い唸りを上げているのです。犬の動きに合わせるようにストックの先を(全然、尖っておらず、使い古して先はせいぜい障子か襖くらいしか突き破れないくらい丸くなっていましたが…)犬の鼻先に持って行き牽制します。私は、自分を褒めてあげたいくらい冷静でした。大声を上げたり走って逃げたりせず、ピタッと体を凍らせ、動きませんでした。

犬が私に噛み付き、ダンナさんがストックでけん制していたのは時間にして2、3分でしょうか、その場にいた犬の持ち主が盛んに犬の名前を呼び(なんという名だったか覚えていませんが)、すでに齧られている私を目前にして、なんとあきれたことに、「その犬齧らないから、大丈夫だよ」と私たちに言ったのです。

ウチのダンナさんは大声をあげたり、カーッとくるタイプではありませんが、こんなちょっとした緊急時には異常に早く頭と身体が反応するようで、「この犬をしっかり押さえろ! 引き離せ! さもないとこの犬を殺すぞ!」と言ったのです。犬族で犬が大好きなダンナさんがそんなことを言ったことに、私の方が驚いてしまいました。ホントウに猛犬をストックで殺せるかどうか分かりませんが…。

やっとその犬の持ち主の女性が麻紐のような細いヒモを首輪に通し10メートルほど離れた、彼らが休んでいたところまで犬を連れて行きました。その時も、真っ先に彼女がしたことは、ダンナさんが構えていたストックを犬の鼻先から払うことでした。

犬が襲ってきたから、ダンナさんはストックを犬の鼻先に付きつけていたのですが、彼女はダンナさんがストックを振り回したから犬が興奮して噛み付いたと思ったことは明白でした。おまけに、「……この犬を殺すぞ!」と東洋人のダンナさんが言ったので、東洋人は犬を食べるというイメージ、彼らの愛犬がスキーのストックで口からお尻まで突き抜かれ、丸焼きにされているイメージが彼女の脳裏にチラついたのかもしれません。

私の被害はジーパンに小さなホコロビが残った程度で済みましたが、心理的な後遺症というのでしょうか、隣の大人しい大型犬が嬉しくて飛び跳ねて寄ってきた時など、惨めなほど緊張してしまうのです。

テントに戻ってから、齧り犬の反省会、総括をしました。二人の一致した意見は、あの人たちは犬を飼う資格がない、甘やかされ、ペットにされた犬の方が可哀相だ。犬を飼う以上は最低限のシツケをしなければ、逆に犬への虐待になる。それにしても、あの山男風の男、最後まで腰も上げず、犬を牽制することもなく、終始黙って座っていたのは何なのだ…。

犬の持ち主に対してもっと強く抗議して、万が一、私が小さな噛みキズが原因で何らかの病気を発症した場合に備え、住所と電話などをメモすべきだった、それは犬の飼い主に対しても良い警告になるはずだ…と、すべては後の祭りの後知恵ですが…。

犬の鼻先にストックの先を突き出して牽制することを、ダンナさんがすでに知識として知っていたのかと思って尋ねたところ、「そんなこと、全く知らなかったけど、自然に反応しただけだ」と言うのです。そういえば、ベネズエラの海岸で野犬に襲われそうになった時、犬の顔に海水をかけ、犬がひるんだところ、さらに大きな口を開けて噛み付いてきたのを、握りこぶしくらいの石を犬の口に入れて追い払ったことがありました。

彼自身が犬に近いので犬の弱みを知っている…のかもと思いたくなります。今思い出すと、ダンナさんはスキーのストックで犬を突くとか叩くとかしておらず、全く犬に触れていないことに気が付きました。あまり考えたくないことですが、あの時、犬が猛然と飛びかかかってきたらどうなっていたのでしょうか。それをた尋ねてみたところ、ダンナさん、「ウーム、そりゃヤバカッタべな、俺に勝ち目はないな~。人間、道具や武器なしで動物には勝てないべな~」とノンキなことを言うのです。そして、「あの馬鹿犬、近所の子供や年寄り(彼も爺さんなのですが)に噛み付かなければ良いけどな~」と、私を襲った犬のショウライを心配しているのです。 あくまで犬族のダンナさんなのでした。

私は人間様を襲うような犬は、悲劇を起こす前に薬殺すべきだと思っているのですが…。

 

 

第481回:退職金のないアメリカと自由経済

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Grace Joy
(グレース・ジョイ)
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中西部の田舎で生まれ育ったせいでょうか、今でも波打つ小麦畑や地平線まで広がる牧草畑を見ると鳥肌が立つほど感動します。

現在、コロラド州の田舎町の大学で言語学を教えています。専門の言語学の課程で敬語、擬音語を通じて日本語の面白さを知りました。

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~アメリカ中西部今昔物語
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