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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第153回:“サリーナス”の駐車場にて

更新日2021/02/04

 

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イビサの有名ビーチ“フィゲーラ・ビーチ”(クリックでカラ・タリダを表示)

イビサのヌーディスト・ビーチ“サリーナス”(Sallinas)での挟み撃ちヌード一斉検挙のことは、『サリーナス裸一掃検挙事件』(第137回)で書いた。グアルディア・シヴィルの急襲はその一度だけだったと記憶している。その後2週間と経たずに、裸族が“サリーナス”を占拠し始め、海水パンツ、ビキニを付けているのは身体障害者だけだ…と思われるほどになった。

他にも有名なビーチはたくさんある。イビサの町の延長のような“フィゲレータス”、ホテルが立ち並ぶ“デンボッサ”の砂浜、イビサ港の北隣の湾“タラマンカ”、島の西のサン・アントニオ方面には“カラ・バッサ” “カラ・タリタ”、島の北にも“フィゲイラ・ビーチ”、サン・ミゲル湾とこの小さな島に数多くの絵に描いたように美しいビーチがある。イビサの町から歩いて15分の『カサ・デ・バンブー』のある“ロスモリーノス”にも、私が勝手に名づけたプライベートビーチ、小さな入り江があり、これも私の命名だが“オカマビーチ”も別にある。それらをすべて取り締まることなどハナから不可能なことだ。

だが、何といってもファッショナブルであり、クラブ、ディスコをそのまま白い砂浜に展開したような“サリーナス”が一番人気があり、裸族が集まった。“サリーナス”とは塩田のことで、そこへ行くにはイビサ空港を通り過ぎ、未だに細々と塩を作っている塩田と白い塩の山を観ながら突き当たりまで車を進めなければならない。最近になって、海水から取った塩がブームになり、世界中で小さな製塩業が流行り出し、イビサの塩(Sal de IBIZA)も息を吹き返した。

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裸族に一番人気の“サリーナス”ビーチ

車を止め、松に覆われた低い陸を越すと真っ白い砂のビーチが広がる。それが“サリーナス”ビーチで、長さにして2、3キロはあるだろうか、そして、波打ち際から松林までの幅が100メートル内外あり、海に向かって広々と開いているのだ。そして、手の届きそうな沖にはフォルメンテーラ島が横たわっている。春から秋にかけて“サリーナス”の海岸に荒波が打ち寄せることはマズない。そして、川が流れ込んでいないこともあり、海の水は驚くほど透明な青さなのだ。 

いくらイビサで一番人気のファッショナブルなビーチとはいっても、コニーアイランドやマイアミビーチ、湘南海岸のような混雑はない。もちろん、ディスコ音楽もないし、日本の海岸を俗化させている“海の家”のようなものもない。皆ゆったりと距離を置き、静かに太陽と海を吸収しているのだ。一つには“サリーナス”に行くには自分のトランスポート手段、車を持っていなければそこに行くことができないので、自然、集まる人数が限られてくるのだろう。私もオンボロのベスパ(Vespa;スクーター)、名付けて“カタリーナ”を持っていなかったら、“サリーナス”に行くことはなかっただろう。

イビサでは、地元の人が商売の必要に迫られて小さい車を持ってはいたが、限られた数だった。ごく少数の別荘族が車を常時イビサに置くか、イギリス、ドイツ、フランスから車を運転してイビサに乗り込んで来てはいたが、バルセロナ、ヴァレンシアからのトランスメディトラニアン海運のフェリーは、機能的なカーフェリーではなかったので、島まで車を持ってくるのはとてつもなく大変な手間、暇(何ヵ月も前にリザーブしていても、なおかつ満席だから次の便、次の次便まで待てと、スペイン本土の港で1週間、2週間待たされることがあった)がかかるので、おのずと島にある車の数が限られてくるのだ。

だが、それにしても広い“サリーナス”を訪れる車族は結構な数に及んでいた。外国から車を持ち込んでくる人たちは当然お金持ちが多く、そして一応にスペイン、イビサでは車の盗難が多く、よく車を荒され、カーステレオ、スピーカーなどが盗られる。盗難車が島の外に運び出される可能性はマズないのだが、所有者は車にイタズラされることを極端に恐れるのだ。

パコとアントニオは13歳前後のジプシー兄弟だった。彼らは『カサ・デ・バンブー』の洗い場のカルメンおばさんのピンチヒッターとしてしばらく働いてくれたロシータの弟で、ロシータのピンチヒッターとして、代役の代役として幾日か皿を洗ってくれたことがある。パコはなかなかハシッコク立ち回り、仕事は乱暴で雑だったが、ともかく素早く動き、何十箱もの重い12本入りのワインの箱を『カサ・デ・バンブー』のワインセラーまで運び入れる仕事などには労を惜しまず能力を発揮した。彼ら兄弟は義務教育、学校など薬にしたくもないほど、教育とは無縁だった。日当を渡す時、一応受け取りにサインをして貰ったが、酷いカナクギ文字で自分の名前、“フランシスコ”(パコはフランシスコの愛称)とやっと書いたのだった。

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ビーチの駐車場は盗難やイタズラが多発する(参考イメージ)

しばらくパコの姿を見掛けなくなり、ロシータに「パコは何をやっているんだ?」と訊いたところ、「“サリーナス”の駐車場で働いていて、とても良いお金を稼いでいる…」と言うのだ。私は何らかの駐車場管理会社が、パコとアントニオを雇っているのだと思い込んでいた。

しばらくして“サリーナス”を訪れた時、彼らが勝手に車を誘導し、駐車させ、チップ程度の定かでない駐車料金を取っていたことを知った。ジプシーの子供に小銭を与えておけば、車にイタズラされないだろう、見張っていてくれるだろう、という外国人の心理をうまく突いたショーバイだった。もちろん、彼らが駐車料金を取る法的根拠など全くないのだが…。

パコとアントニオは、昼から午後にかけて4時間ほどで、100台からの車から何がしかのチップをせしめていたのだった。私が「お前ら、良い稼ぎをしているな~、そんなにお金を貯めて何をするんだ?」と訊いたところ、ここに来るのにロシータの夫のバイクに3人乗りで来ている、だから、早く自分のモペット(原付バイク)を買いたい、もう少しでそれだけのお金ができるんだ…と、私のオンボロのベスパを値踏みするように、眺め回したのだった。

パコは「アンタから駐車料金は受け取らないよ、いらないよ…」と、私にお情けを掛けてくれたのだった。私は押し付けるように、何ペセタだったか小銭を手渡したが、私はジプシーに何らかの形で温情を受けた、稀有の存在になったのだった。

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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