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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第103回:グラナダからきたミゲル その2

更新日2020/02/06

 

ミゲルが『サン・テルモ(San Telmo)』の顔になるのに2年とかからなかった。まだ仕入れや本日の特別メニュー、数多いソースはオーナーのイヴォンヌがこなしていたが、メインディシュはミゲルが調理していた。彼が労を惜しまないコックであり、かつ人を使う能力に恵まれていることが明らかになってきたのだ。

彼の下で働く、調理場の助手、見習い、雑用係は当然アンダルシア人が多い。ジプシーも数人いる。ミゲルは彼らを時に大声で怒鳴りつけ、機能的に働かせる才をみせたのだ。これはフランス人のボス、オーナーであるイヴォンヌのできないことで、ジプシーの叔母ちゃんたちも、自分よりはるかに年下のミゲルの言いつけを嬉々として受け入れている風だった。

中学校も出たか出ないかのミゲルだが、意外な才能をみせた。レストランは“捨て”を少なくすることに腐心するものだが、彼は毎日運ばれてくる肉類を厳しく管理し、堵殺してから何日目のモノを指定し、仕入れる量をコントロールし、腐りを少なくしたのだ。

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生肉タルタルステーキ(参考のイメージ写真です)

半身で運ばれてくる牛や豚、羊を捌き、クズ肉を煮込んで従業員の晩飯にしたり、本来なら馬肉を使うタルタルステーキに、牛のフィレステーキを出す際、必ず出る端肉を代用し、逆に臭みのない上品な生肉タルタルステーキをメニューに載せたのだった。

私は、イヴォンヌとミゲルというレストランのオーナーとコックの両方と親しかったから理解できるのだが、通常、コック、板前という職業は、仕入れの段階で何がしかの癒着が業者と生じやすい。コックが卸し業者からキックバックを受けるのだ。卸し業者にしてみれば、自分のところと取引して貰いたいし、それには権限のあるコックに袖の下を贈ってでも商品を納めたい…ということになり、それが慣習化しているのだ。お金だけ出すオーナーが別にいて、コックに仕事を任せ切りにしているレストランがよく潰れる所以だ。

ミゲルはそんな肉屋からの見返りを全く受け取らなかった。イヴォンヌもそのあたりのことを承知していて、イヴォンヌ自らの手で、ミゲルに家で食べるようにと端肉などを持たせてやっていた。ミゲルはそれを、すべて自分のものとはせずに、下働きの叔母さんやコック見習いの若者にも与えていた。

『サン・テルモ』のマスコットは、腹の出たコックが頭にはあの馬鹿に高いコック帽を乗せ、フライパンを手に持っている図柄だが、それがミゲルをモデルに、カリカチュア化したかのようだった。客の大半はその看板はミゲルそのものだと思い込んだと思う。ミゲルがコック帽、白い調理服で台所から、客席の方に姿を現すと、常連の客は、「コック長に乾杯!」と叫ぶのだった。

3年目か4年目だったと思う、ミゲルは長年の夢であった、大型スクーター、べスパ(bespa)の新車を買った。その2、3年後には、総員5人に増えた家族を乗せることができるようにと乗用車“セアット(Seat;イタリア、フィアットのノックダウン、スペイン製)”の中古に乗り替えた。

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グラナダ(クリックで世界遺産のアルハンブラ宮殿)

グラナダ人はかの地こそ、世界で一番美しく、住み良いところだと心底信じている。出稼ぎにドイツ、バルセローナ、マドリッドなど他の土地にやって来て長年棲んでも、身をよじるような望郷の念を失くさない。

ある年、ミゲルは家族全員を引き連れて帰郷した。故郷に錦を飾ったのだろう。そして、そこで、イビサでそれほどのレストランを切り盛りして、成功しているなら、故郷のグラナダでどうして自分の店を開店しないのだ…と散々吹き込まれ、その気になってしまったのだ。

ここに大きな落とし穴がある。優れたコックであることと、レストランを自らの手で経営することは、ほとんど別次元のことなのだ。コック、日本の板前も同じだと思うが、彼らは自分の店を持ちたがる。俺には腕がある、レストランのノウハウのすべてをすでに身につけている、俺が自分の店を持てば、今働いているところ以上のものができると錯覚するのだ。

ミゲルもグラナダに自分の店を持つ幻想に憑りつかれた。幸か不幸か、ミゲルがやるならとドイツ人の大金持ちが資金を出すとまで言い出したのだった。クダンのドイツ人は『サン・テルモ』の常連で、ミゲルの腕の確かさを買ったのだろう。

未だに、私に大きな悔いが残るのだが、ミゲルからグラナダに自分の店を開きたいのだが…と相談を受けた時、私はミゲルの企画、アイディアは必ずや失敗に終わると知りながら、柔らかにしか反対しなかったのだ。あまり本音を吐くと、彼の夢を壊すことになるし、彼がすでに80%以上出店を決めていたのを見て取ったから、私としてできることは、条理を立てて反対するのが勢一杯だった。

“イビサの『サン・テルモ』にいてこそ、お前の価値があり、いくら故郷のグラナダに強い郷愁を持っていてたしても、商売には結びつかない。グラナダは観光地としては一級だが、ほとんどすべての観光客はアルハンブラとカテドラルを観るだけ、長くて2、3日しか滞在しない、おまけにそのような観光客は夕食込みでホテルに泊まるから、外食する機会がない。グラナダには大金持ちもいるだろうけど、普通のアンダルシア人は外食をする習慣がない。イビサにいてこそお前の価値はある…“と説いたのだったが…。 

ミゲルのグラナダのレストランは見事に失敗した。資金を出したドイツ人は地所や備品に対しては援助したが、このようなレストラン業には全くの素人で、開店してから数ヵ月は必要になる運用資金までは出さなかった。大人気の『サン・テルモ』と同じ料理を出しているのに、客は来なかったのだ。私は、ミゲルの失敗が読めていたにもかかわらず、強硬に反対できなかった。ミゲルが私を信頼していたのだから、私はもっと立ち入って、具体的な数字を挙げて強硬に反対すべきだったと大いに悔いた。

 

 

第104回:グラナダからきたミゲル その3

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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