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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第104回:グラナダからきたミゲル その3

更新日2020/02/13

 

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古巣のイビサに戻ったグラナダ出身のミゲル

ミゲルはグラナダでの借金を抱えて、家族5人引きつれイビサに舞い戻ってきた。ミゲルが『サン・テルモ(San Telmo)』を離れた時、イヴォンヌとの蜜月は終わっていた。イヴォンヌにしてみれば、調理のノウハウを教え、やっと一人前になった時点で辞められたのだから、腹に一物が残るのは当然のことだ。しかし、イヴォンヌは懐の広さ、深さを見せ、ミゲルを再びシェフとして受け入れたのだった。 

ミゲルは何度も私に、「グラナダで、お前の言ったことを幾度となく思い起こしたゾ。グラナダで自分の店を持つことに舞い上がっていた俺は、お前の忠告に耳を貸さなかったからな~」と嘆息するのだった。

イヴォンヌとミゲルの関係は元には戻らなかった。私が彼らに会う度に、イヴォンヌはミゲルの、ミゲルはイヴォンヌの愚痴を溢すのだった。

確か、9月の終わり頃、まだ観光シーズンの最中だったと記憶している。『カサ・デ・バンブー』を閉め、夜の旧市街を徘徊しに降りた時、『サン・テルモ』に顔を出したところ、イヴォンヌがエプロンを締め、大わらわになって注文をこなしているのに出くわした。

イヴォンヌはウェイターの一人に、ビール“サン・ミゲル(San Miguel)”を持ってくるよう言いつけ、少しは飲めるようになっていた私に差し出し、忙しく手を動かしながらも、ミゲルがドイツに行った顛末を語ったのだった。イヴォンヌは、「俺はまだ、この程度の肉を焼く職人としての腕は落ちていないさ…」と冗談めかして言ってはいたが、今回はミゲルを完全に見放したことが見て取れた。

ドイツのフランクフルトで、レストラン、バー、サパークラブを何軒か経営してる御仁がミゲルに声を掛け、ミゲルを引き抜いたことのようだった。ミゲルは全く誰にも相談せず、寝耳に水で『サン・テルモ』を去ったと言うのだ。家族をイビサに残して行ったから、ミゲルは一外国人労働者、雇われコックとしてドイツに行ったのだろう。当初は仕送りし、後で家族を呼び寄せるつもりだったが、ミゲルの方が1年ともたずにドイツの一人暮らしに耐えられず、イビサに帰ってきたのだった。

今度は、イヴォンヌもミゲルを再々雇用しなかった。ミゲルはバールがカウンターに並べ、“突き出し”として出しているツマミを後ろの台所で作る仕事に就いた。私はそのバールに幾度となく足を運んだ。ミゲルは台所から出てきてとても喜んでくれたが、聞かされるのがいつもドイツの非人間的な環境、寒さ、侘しさ、そして、イヴォンヌへの愚痴に終始するのにいささか辟易し、自然と足が遠退いてしまった。

今もミゲルが、「お前の言う通りだった。グラナダやドイツに行くべきでなかった。イビサで一緒にレストランをやろう。俺とお前なら必ず成功する、させるから…」と言っていたのが耳の奥に残っている。

だが、私はレストランを立派に育て上げていくことに情熱を持てなかった。どこかで、レストランは自分の仕事ではないと感じていたのだ。そして、いつかイビサを離れる日が来ることを予感していたのだと思う。

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San Juan, Puerto Rico(プエルト・リコの首都サン・ファン)

私がイビサを離れ、プエルト・リコに住み、数年ぶりに島に戻った時、ミゲルを訊ね回った。ミゲルの所在は掴めなかったが、全国放映されているテレビ番組に出ていたと何人からか聞いた。その番組は、昔世話になった人、昔の友人、行方知らずになってしまった家族などをテレビ局が探し出すという、“あの人は何処に…”という趣旨の番組で、ミゲルと妻のクストヴィアが、忽然と消えた自分の娘アナマリアの所在を知っている人はすぐに連絡して欲しいと訴えていたというのだ。

娘のアナマリアは15か16歳になっていたと思う。丸顔で愛くるしい娘だった。私はその番組を観ていないし、それを観た人からの又聞き情報しかなかった。イビサのバールでのウワサ話では、女性を誘拐し、売り飛ばす大掛かりな組織が、ミゲルの娘をさらって行ったのではないかということだった。『サン・テルモ』のイヴォンヌは、もうミゲルのことを話題にしたくもない風だったが、ジプシーのホセという男とくっ付いて暴君親父の元から逃げただけさ…とコメントした。 

北欧、イギリス、ドイツの女性たちがラテン系、イタリア、スペインのマッチョに入れ込むように、スペイン女性はセクシーなジプシーの男に惚れやすい。というより、ジプシー社会ではたとえ十代であっても、セックスは若気の至りで済まず、結婚を迫られる。そうでなければ、その娘の親、兄弟がくだんの男を追い詰め、リンチにまでかけるのだ。そこへいくと、タガの緩んだスペイン娘を相手にする方が気楽だということになる。

人探しのテレビ番組は、すでに結果が分かっていて、実は……とやるのが定石のようで、イヴォンヌの言ったように、アナマリアはバルセローナで乳飲み子を抱えてゲットー(移民などが多い密集居住地)で暮らしているところを見つかったと2-3週間後に放映になった。ジプシーのホセは、父親ミゲル以上の暴君で、定職もなく、家では荒れ、アナマリアは、「お父さん、お母さん、家に帰りたい…」と涙ながらに訴えたということだった。

イヴォンヌにも娘が一人いた。クリスティーナと言い、一般に体の早熟なラテン系の少女の中にあってもひときわ早く、12、13歳の時にすでに持て余すような豊かな胸が体から突き出ていた。クリスティーナがふざけて無邪気に私に飛びついてきたりする時、私の方が、一人前の女性に体ごとぶつかってこられたようにオタオタするのだった。誰とでもじゃれ付く天真爛漫そのものだったクリスティーナをしばらく見かけなくなり、イヴォンヌに彼女をこの頃見かけないがどうしたんだと訊ねたところ、いかにも参った…と渋い顔をつくり、「女たらしのどうしようもないヒターノ(gitano;ジプシー)にそそのかされ、妊娠し、彼と一緒でなきゃ死ぬの、生きるのと言い始めやがったんだ…」と言うのだ。

「お前ならどうする?」と問われても、私に良い解決策が思い浮かぶはずもなく、「なるようにしかならんさ、生まれてくる赤ん坊の幸せだけを考えるほかないんじゃないか…」と月並みなことしか言えなかった。

「しかし、俺が築いてきた『サン・テルモ』もサン・ラファエルの自宅もヒターノのものになり、あいつの郎党一族に占拠されると思うと、夜も眠れなくなるんだ…」と弱音を吐くのだった。

奇しくも、ミゲルとイヴォンヌは、ヒターノ(ジプシー)の義理の息子を持つことになったのだった。

 

 

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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