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■イビサ物語~ロスモリーノスの夕陽カフェにて
 

第16回:ギュンター 3 “VIP招待しての昼食会”

更新日2018/04/19

 

私はイビサ語(Ibicenco)の微妙なニュアンスなど全く分からないながらも、ギュンターの演出に対して凄い、よくやったと感嘆したのを覚えている。簡素な舞台造り、役者不足、ギュンターに言わせれば、満足に声を出せ、体を動かせるヤツがいないので、やむなくバッサ、バッサと枝葉を払い落とし、本筋だけで舞台を創るしかなかった…ということになるのだが、プロの演出というのはこういうものかと、初めて演劇に出会ったような気にさせられた。

公演の後、「ギュンター! ギュンター!」のシュプレヒコールに応じて舞台に呼び出されたとき、ギュンターはまるで自分は大道具係の一人だとでもいうふうに、早足で出てきて、軽く頭を下げ、勢ぞろいしていた主役、脇役、舞台裏の人たちを促すように、サッと引き上げたのだ。それは非常に慎み深く、謙遜な仕草だった。ほとんど、自分が舞台に登るのを恥じているようにさえ見えた。

私はギュンターがこの劇団、役者、裏方の賛辞を述べ、またイビサ市の文化部への謝辞などを、リンとよく響く声でやるとばかり思っていたから、ニコリともせず軽く頭を下げただけで舞台を引き上げたことに驚いた。

ギュンターが火付け役になってイビサに演劇活動が始まったと言ってよいと思う。その後、いくつかの素人劇団が生まれた。イビサ語だけではなく、スペイン語、カタルーニャ語、それに英語のグループまでできた。彼らの活動は、観光シーズンを終えた、オフシーズンの冬期間に限られていたから、私も幾度か観に行くことができた。いずれも、ギュンターが指導、演出した劇団とは比較にならない学芸会レベルのものだった。

小さな接客商売をしたことで、私は一個の人間の中に卑小、偉大、吝嗇、尊大などがない交ぜに存在し、その時々、直面する環境によって、様々な顔を見せることを知らされた。

一度、ギュンターが7、8人のパーティーを『カサ・デ・バンブー』で開かせてくれないかと持ちかけてきたことがあった。ヴィッキーのように支払いに問題があるわけでなし、快く引き受けた。何でも、ドイツだかケルンのある県だかの文化省の長官をはじめ、エライさん、劇場の総元締めやジャーナリストらが主客だということだった。

私は、『カサ・デ・バンブー』でいつも出しているメニューで十分だと思っていた。多少、大人数のリザーブだから、テーブルを二つ突き合わせ、そこに予約済みと小さなカードでも置いておけば準備完了と思っていたのだ。

ところが、ギュンターの気の使いようは、スコットランドの田舎のレストランに女王陛下が突如正餐にやってくることになった態だった。

2週間も前から、連日パーティーの打ち合わせ…といったところで、私ができることなど至極限られていたから、たいした料理や準備ができるわけでもないのだが…。ワインのメニューに始まり、前菜、魚料理、肉はジンギスカン、デザートなどをあらかじめ決めておくのはこちらにとっても大いに助かるのだが、魚…と言っても、夏のイビサには新鮮な魚などないから、スモークサーモンかマスになってしまう。そんなものはドイツのスーパーで売っているし、食べ飽きているから、なんとか漁師から新鮮な魚を仕入れることはできないか、また、それに合う白ワインは何がいいだろうか、魚と肉の間にレモンシャーベットで口直しをするべきではないか…などなど、うんざりするほど注文が多いのだ。しかも、言い出すことが毎回変わり、一体全体、何をどうして欲しいのだと怒鳴りたくなったほどだった。最後には、こんなギュンターのパーティーを引き受けたことを後悔し始めていた。

遅めの昼食会の予定だった。直接太陽が当たらない木陰にテーブルを置いてくれ、しかし見晴らしが一番よい、テラスの一番海側でなければだめだ、テーブルクロスは真新しいもの、間違ってもシミだらけのものは掛けるな…、花は自分が買うがテーブルに合った花瓶は何かないか…と、2、3日前には日に3、4度は“打ち合わせ”のために降りてきたのだ。

どこかで耳に入れてきた情報を披露し、スペイン最高級といわれていたワイン“ヴェガ・シシリア”の赤を仕入れることができるか、食後のコニャックも“サンチェス・ロマテ”が手に入るかと、まるでオタオタ、ウロウロするばかりで私を閉口させた。

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これはパーティーの写真ではないが、ギュンターとお友達との会食風景
シマーグ(アラブ式スカーフ)をつけているのがギュンター

当日、ギュンターの招待客、文化庁のお偉方たちは気楽な服装でやってきた。ジンギスカンは脂が飛び跳ねるから、間違ってもタキシードなどの正装でくるな、と冗談めかして言っておいたのだ。確かギュンターを入れて7人だったと思う。一応全員を紹介されたが、名前を皆覚えきれるわけがない。向こうも、小さなカフェ・レストランのお兄さん店主のことなど、食前酒を飲み終わる前に忘れているに違いなかった。

夏場の忙しい時期には、3ヵ月ほど、ウェイトレスを雇っていた。私はもっぱら台所とカウンターの後ろにいて、常連が来た時、ちょこっと顔を出し挨拶するだけにしていた。ウェイトレスのアントニアは10代のアンダルシア娘で、家族総出でイビサに出稼ぎに来ていた。英語、ドイツ語はからっきしダメだったが、気転がよく効き、飲み込みがとても早かった。上品に、エレガントには接客できなかったが、それはないものネダリで、『カサ・デ・バンブー』クラスのカフェテリアのウェイトレスとしては十分以上の活躍をしてくれ、私は大いに満足していた。

そのアントニアがギュンター御一行様のテーブルに付き、ワインを注いだり、ジンギスカン鍋で焼き上がった肉や野菜を小鉢に取り、サービスすることになっていた。アントニアはすでにお箸を上手に使えたし、テーブル全体の目配りも行き届き、汚れた皿やお椀、小鉢を少しやりすぎなほど、素早く引き下げ、新しいものと交換し、ワインもグラスが空になる前に注ぎ足し、このカテゴリーにしては、まず申し分ない接客をしていた。ただ、彼女はお客さんと気の効いたやり取りをしたり、お世辞を言ったりできるタイプではなかった。

食前酒の“ラ・イナ(La Ina;シェリー酒)”で軽く乾杯し、前菜の前の突き出し、ニンニクを利かせたイビサの黒オリーブの酢漬けをつまみ始めた時、ギュンターが私をテーブルに呼び、いかにも秘密めいたように私の耳元で、アントニアではなく、私自身がウェイターとしてテーブルでサービスするように言ったのだ。一瞬、アントニアが何か粗相をしたのか、彼が何を望んでいるのか分からなかった。第一、そんなことは一種の内政干渉も良いところで、お客が口を出す筋合いのことではない。

その頃までに、私はギュンターの性格を捉えていたから、彼があたかも自分のレストランのように振る舞い、それを招待客に見せびらかしたかった、それにアジア的な料理を供するのに、私のような純アジア的容貌をしたウェイターにサービスして貰いたいだけだということに気が付いた。要はミエを張りたかったのだ。

客商売の弱みで、ウチはウチのやり方でショーバイしているのだから、アントニアが大きな間違いでもしたのならともかく、そうでなければ、俺のショーバイに口を出すな、黙っとれ! とは言えず、私もアントニアと伴にテーブルの脇に立ち、ジンギスカン鍋の世話をしたのだった。

ウェイトレスの仕事は往々にして給料より、チップの方が多くなる。良いサービスをすれば、それだけ自然とチップも多くなる仕組みだ。アメリカのように何パーセントとほとんど義務のようにチップを取り立てる習慣は地中海の国々にはないのだが…。 

ギュンターは毎週、きちんとツケを支払ってくれた。それはそれで、店にとっては良いことだが、収入の大半をチップに頼るウェイトレスのアントニアには、サービスのし甲斐がないことになる。私は今回のギュンターのようなグループが入った時に、アントニアに何がしかの大入りを手渡すことで釣り合いを取っていた。

-…つづく

 

 

第17回:ギュンター 4 “引退とイビサ永住の相談”

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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