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■西部夜話~酒場サルーンと女性たち
 

第2回:酒場サルーンと女性たち その2  

更新日2025/07/31

 

超下戸の私だが、一度、カンサスシティーの西郊外にあるバーに足を踏み入れたことがある。大いにスペインボケしていたのだろう、連れ合いを無理に引き連れ、スミスヴィルという田舎町のバーに入ったのだ。

通りに面したガラス窓にビール会社がタダで配る“Budweiser”“Coors”“Busch”などのネオンサインがあるだけだ。インテリアなど薬にしたくもない内装で、不揃いのテーブル、椅子がテンでバラバラに置かれていた。

長いカウンターがあり、清潔感の漂わざるマッチョのバーテンダーが腕組みをして控えていた。昼の2時、3時頃だったせいか客は3、4人しかおらず、通常大声で怒鳴り合うように喋るのがアメリカの習いなのだが、奇妙にボソボソと話していた。

私は自分が場違いの場所に足を踏み入れたことに気づいた。ここは場末も場末、アル中の集会所なのだ。なけなしの勇気を出し、スペイン時代の愛飲カフェ・コン・レチェ=ミルクコーヒーをバーテンダーに注文したのだ。それが通じなかった。私は繰り返し「コーヒー・ウイズ・ミルク」とハッキリ、ゆっくりやったのだ。

バーテンダーは私の口調を真似、ゆっくりと「そんなもの、“コーヒー・ウイズ・ミルク”はない」と答えた。それならブランディーをくれと言うと、それも「ない」と言うのだ。横にいた常連風の髭面が、「ミルク・コーヒー? ささっと家に帰ってお母ちゃんのおっぱいでも吸っていろ…」と低くつぶやいたのを耳にした。

これが西部の酒場なら、「てめ~ 今何と言った? もう一度言ってみろ!」と、乱闘が始まるところだが、非力な私としては盛んに袖を引っぱる連れ合いに促され、アメリカ中西部のバー体験を終えたのだった。

連れ合いは、「あんなところ、普通の人は行かない、近づかない所だよ」と訓戒を垂れたことだ。田舎町のバーはどうもアル中の製造元であり、アル中の溜まり場のようだった。


西部劇に登場するサルーンバーに汗臭い(映画で匂いは漂わないが、馬を飛ばし荒野を横切り、脇の下にたっぷり汗をかいているように見える)男たちが駆けつけ三杯とばかり煽るように喉に流し込むウイスキー、アルコールはどんなシロモノだったんだろうか知りたかった。
 
俗にライトニング=雷光と呼ぶくらいだから、グラス一杯で身体中に閃光が走るような飲み物だったのだろうか。あれは粗悪な合成アルコールで、ただ早く酔うためだけのものだった、とても味わってゆっくり呑めるようなモノではなかった、一気にカッと呑み干す意外に呑みようがなかったとも言われている。

加えて、客、カウボーイたちがサルーンで“スコッチ”“ワイルドターキー”“I.W.ハーバー”などと名柄を指定するのを観たことがない。ジョン・ウェインはどこの酒場に行っても、当たり前のように自然に出てくるのは一種類のウイスキーしかないとお見受けする。辺境のサルーンではそれしか置いていなかったのだろう。西部劇のサルーンバーで銘柄を指定しているのを観たことがない。
 
パイオニア時代、当時でもスコッチは東部に出回っていたし、バーボンウイスキーもあった、それより安いのがライウイスキーで、キューバからきていた。当然、“ムーンシャイン”と呼ばれていた密造酒も大量に出回っていただろう。

私たちがベネズエラで過ごした20世紀終わり頃でも、地元のラム酒は瓶詰めのミネラルウォーターより安かった。メキシコと長い国境を接しているアメリカ辺境にメキシコ産の劇安ラム酒が出回っていなかったのが不思議だ。
 

下戸の私だがパイオニア時代のウイスキー、汗臭い男どもがサルーンに入るなり、クイッとひっかけるのはどんな代物なのか、知りたかった、味わってみたかった。
 
チャンスは意外なところからやってきた。連れ合いの同僚でドイツ語を教えているドイツ人女性の旦那さんカエルは、成功した証券取引エージェントで、彼がなんらかのツテで密造ウイスキーを手に入れたので、一杯やりに来ないかと誘ってくれたのだ。それが西部のサルーンで汗臭い男どもが呑んでいたウイスキーに近いものであろう…と、嬉々として密造ウイスキー“ムーンシャイン”を体験しに行ったのだ。

密造酒の本場ケンタッキーだかテネシーから彼の友人がモーターサイクルに跨り運んできたと言うのだ。バイクで運べる量なんかしれたモノだが、このような運び屋を“ブーツレッカー”と呼ぶ。長い皮のブーツにウイスキーをひそませて運んだところからきている。

カエルの友人ブーツレッカー氏は大型のハレー・ダヴィッドソンに満載して運んできたと言うのだ。後ろの席はもとより両脇に垂れ下げるように固定しているサドルバック、さらにその外側にも2、3ガロンは入るプラスティックの瓶を縛り付け、誰が見ても普通でないスタイルでハーレーを飛ばしてきたのだ。

毎年のように、そのスタイルでケンタッキー、テネシーとコロラドを往復して、一度もシェリフにストップをかけられたことがない、と言っている。もちろん密造酒を運ぶのは違法行為だが、それはトラックで何十、何百ケースも運んだ場合のことで、彼のように個人使用分を持ち歩く、そして友人にお裾分けする量くらいは、お目こぼしだと彼は言うのだ。彼が一回のバイク行で運んでくる量、20ガロン(約74リットル)が個人仕様なのかは、判断しかねるが…。
 
そしてその香り、と味の方だが、下戸の私にとてもそれを表現する資格はないと知りつつ言わせて貰えば、ともかく酷い飲み物だった。香りというより臭みが強く、ショットグラスを鼻近くに持ってきただけで、ムッと来るのだ。そして味の方と言えば、刺激ばかりがやたらに強く、まろやかさなどカケラもなく、これをライトニング(閃光)と呼ぶのはムベなるかなと思わせた。

これは素早く酔っ払うための飲み物で、決して芳醇な香り、アロマを楽しみながら口の中で転がすモノではない、と断言できる。カエルは比較するため座興として“ジョニ赤”をひと瓶用意していた。ど素人の私でさえ、ウイスキー造りにかけてはスコットランドに軍配を挙げないわけにはいかなかった。

しかし、カエルもブーツレッガー氏も“ムーンシャイン”の強烈な、焼けるような喉ごし、そして、食道を転がり落ちていくような感覚、これぞ男の飲み物だと絶賛するのだった。

saloon-02
コロラド、テリュライドの高級サルーンバー
テリュライドは金鉱の町として栄えた。ルーレットが左端に見えるが
辺境のサルーンバーにルーレットがあるのは非常に珍しく
博打はほとんどポーカー一本槍だった

-…つづく

 


第3回:酒場サルーンと女性たち その3

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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