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■西部夜話~酒場サルーンと女性たち
 

第3回:酒場サルーンと女性たち その3  

更新日2025/08/07

 

西部劇に出てくるサルーンを復元し、女学生に娼婦のドレスを着せた懐メロ酒場が結構流行っている。大学がある谷間の町のすぐ隣町フルータにもそんな観光目当てのサルーンがオープンしたくらいだ。もちろん、パイオニア時代のドレスを着せた女の子は娼婦ではない。

OK牧場の決闘で有名な町ツムストーンにはそんなサルーンが数軒あり、そのうちの一つに入ったことがある。ここでも若いオネーちゃんたちが派手なドレスを翻すようにテキパキとウエイトレス業に励んでいた。これらはすべて観光用、懐メロ、ノスタルジアブームに乗らんかなのショーバイだ。

あえて言えば、西部開拓史で酒場、サルーンは大きな役割を果たしているとみている。役割というのがおかしければ、西部史の中で大きな部分を占めている。凝縮、象徴された歴史がサルーンと呼ばれていた酒場にはあると思う。

開拓時代のサルーンはブームタウンに生まれるのが常だった。黄金狂時代には鉱山町に、そして鉄道が西へ西へと伸びて行く時にはその最前線に、バッファローの毛皮が東部で高値を呼んだ時はその毛皮の収集、積出しの町、そしてテキサスから勇猛なカトルドライブで大量の牛を運んできて、鉄道で送り出せる地点にそれこそ雨後のタケノコごとくサルーンは生まれ、ブームが去ると当然、サルーンも消えた。

ここで取り上げるのは、そのような辺境に栄え、消えて行ったサルーンと、そこでの婀娜(あだ)花のように一瞬咲き、散っていった女性たちのことで、長期に渡って盛名を馳せているニューオルリンズのフレンチ・クォーターやダラスの赤線、サンフランシスコの赤ランプ街のことではない。当時辺境と呼ばれていた中西部、ゴールドラッシュに沸いた町、鉄道が西へ西へ伸びてゆく最前線だった町のサルーンに焦点を絞った。


サルーンは儲かるショーバイだった。それにしても、そこで呑んでくれる、散財してくれる客あってのことだ。景気よく金を使うのは金持ち、ギャンブラーたちだけでなく、週一度の給料日、休みの日に給料すべて使い果たしてくれる鉱夫たちは絶好の客、カモだった。

テキサスから牛を追ってくるカウボーイたちは、それまでの厳しい旅を終え、鉄道で牛を積出す町に着き、賃金が支払われ、彼らがソレッとばかり散財するのだが、こちらの方は派手に騒ぎ散財するにしろ、何と言っても不定期でシーズンに数度津波のような来襲があるだけだった。
 
サルーンを開くには、いくら辺境の町でもそれなりの許可が必要だった。と言っても、サルーン経営に乗り出す人種はその経験があり、ノウハウを持っていただろうし、それなりに資金を持っているか調達できる、お金の匂いを嗅ぎつける嗅覚のある人たちだった。町の有力者、その縁戚の者が多かった。

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ネバダのトノパでワイアット・アープがやっていた『ノーザン・サルーン』
二人の女性の後ろにいるのがアープだと言われているが確証はない

また、ワィアット・アープのようにシェリフ自身が自分の愛人、娼婦にサルーンをやらせている例も多かった。一応、その町、村の認可を得なければならないとはいえ、今も昔もコネが大いにモノをいった。辺境の町、村にはゾーニング、この地区でフーゾク営業をしてならぬ地域は大都会でもない限りハナからなかったようだ。

おまけに酒の販売供給は当然のことだった。そしてギャンブル、これにも規制がなかった。鉱山町のサルーンではプロのギャンブラーが鉱夫から金を巻き上げようと手ぐすねを引いて待ち構えていた。
 
最後に娼婦たちの存在だが、これも大多数の郡、町では認可、許可など必要なく、一応、そのサルーンに出入りし、そこでショーバイを始めるには、そのサルーンの持ち主に話を通しておかなくてはならないのは、そこをホームグラウンドとしてオシゴトをする以上当然の理だ。

町によって、娼婦に鑑札のような定期検診証、性病に罹っていない証明を持つのを義務付けているところもあった。だが、常に稼ぎの良いところ、鉱山町、鉄道の駅が設けられブームに沸く街へと移動する傾向の強い酒場の女性たちが鑑札を持ち歩くことはなかった。それに一つの郡、町の許可証など、お隣の町に行けば紙屑同然だった。

『シブミ』(Shibumi;1979年)で大当たりを取ったトレヴェニアン(Trevanian;1931-2005)が、『Incident at Twenty-Mail (邦題:ワイオミングの惨劇)』(1998年)という題の小説で辺境の鉱山町を生々と描写している。創造力のないモノ書きが「広辞苑によれば…」とよくやるが、と言っておきながら、私自身、想像力の枯渇しかかっている老齢なのを認め、トレヴェニアンの表現を借りることにする。

「鉱山トロッコから吐き出された鉱夫たちは、村に一軒しかない下宿屋、レストランで不味いが、鉱山の給食よりはましな食事をたいらげ、マーフィー教授の<理髪パレス>に向かう。そこには石炭を燃料とするボイラーがあり、4槽の風呂桶に湯を沸かそうと危険なほど蒸気を吹き上げている。入浴料は35セント、さらに15セント出せば頬っぺにぴたぴたと化粧水を塗って顔剃りをしてくれる。その匂いを香らせて<旅人歓迎ホテル>(名前は宿屋風だが、実はバー付きの売春宿)に繰り出すと、仲間が冷やかしの喝采と口笛で迎えることだろう。風呂に入り、髭を剃ってベーラムをたっぷり塗り込んでもらうのは、めかし込めばホテルの娼婦から“スペシャル・サービス”を受けられると信じているからだ。」とある。

続けて、娼婦のたむろするサルーンの描写は、「<旅人歓迎ホテル>では三人の女が働いていた。背が高く、痩せて、黄色い目をした黒人女はフレンチーといい、ニューオルリンズの出身だった。あまり英語が話せない中国女はチンキーと呼ばれ、内気で、男とは決して視線を合わせない。大声でよく笑うクィーニーはたれパイの老けたアイルランド女で、ベッドにいく前にグラスに入るものならなんでも呑むと言われている。」と、トレヴェニアンはサルーンの女性を典型的に三つのタイプに分けている。事実、娼婦たちは外国から流れてきた者が多かった。

もちろん、この小説の舞台になった鉱山町“20マイル”は架空であるにしろ、ウームと唸らせるほど当時の辺境鉱山町の実情を描写していると思う。鉱山町は移民としてアメリカに渡ってきたばかりで、まだ米語を満足に話せない娼婦や雑貨屋の主人、鉱夫たちとまるで掃き溜めだった。 

鉱夫たちは西部に流れ着くまで山道に金塊が転がっている、誰でも即大金持ちになれると野望を抱いてたに違いない。自分が狭く、いつも腰を曲げていなければならない危険極まりない洞窟のような坑道で最低賃金を得るために、他人のために骨身を削ることなろうとは想像もしていなかっただろう。

鉱山夫たちの平均寿命の統計はないが、山に入ってから2年が良いところだと書いている西部歴史家が多い。それはまたサルーンの娼婦たちにも当てはまることだ。辺境の平均寿命は30半ばと推定されているくらいだ。栄養失調、チフス、性病、暴力、事故、そして自殺が多いのはショックだ。

辺境のサルーンの写真は非常に少ない。さらに娼婦たちが映っている写真は稀有だ。当時、写真は写真館に行って撮ってもらうものだったし、田舎周りの写真屋が馬車に道具を積み込み、相当な料金を取って記念写真を撮った。しかしながら、スナップ写真を撮るには道具立てが大掛かり過ぎた。現存する娼婦らの写真は、当時のドレス、下着を着せ1900年代に撮ったものが多い。

-…つづく

 


第4回:酒場サルーンと女性たち その4

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佐野 草介
(さの そうすけ)
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海から陸(おか)にあがり、コロラドロッキーも山間の田舎町に移り棲み、中西部をキャンプしながら山に登り、歩き回る生活をしています。

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