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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第543回:加世田の遺構 - 鹿児島交通バス 枕崎駅~鹿児島中央駅 -

更新日2015/03/12

枕崎駅前を13時45分発のバスに乗る。加世田経由伊集院行き。白い車体に“KAGOSHIMA KOTSU”の文字が入っている。路線バスだけどハイデッカー観光バスの改造車だ。後ろのほうの座席を選び、前席の背についているテーブルを出してアイスを食べ始めた。約40分の乗車で旅の気分に浸れて嬉しい。


枕崎駅からはバスの旅

バスは駅前広場を出ると真西に進み、大通りの交差点を右折して北上した。この道は国道225号線。やや広めの川に沿っている。花渡川と書いて、けどがわと読むようだ。その支流の橋を渡り、国道を離れて左折して花渡川を渡り、しばらく走って右折。こちらは国道270号線である。加世田を通って伊集院に至る道。さっき道端の展示館で見た、南薩鉄道の線路に並行する道路のはずだった。しかし線路跡の様子は見かけない。私が気づかないだけかもしれない。


加世田市街に入った

バスは谷間を進み、集落を伝い歩く。約40分で市街地に入り、ここが加世田である。私たちはバスターミナルで降りた。ここがまさに南薩線加世田駅だった。バスのロータリーが広く、アスファルトの湖のよう。島がふたつあって、ひとつは赤い凸型のディーゼル機関車、もうひとつは小さな蒸気機関車が鎮座している。塗装されたばかりのようで、おもちゃのようにピカピカである。大事にされているようだ。


加世田駅構内の保存機関車

蒸気機関車のそばに「かせだ」と書いた木製の駅名標と、腕木式信号機があった。車両の説明書きがない。どんな機関車だったか知りたいけれど、ここに説明書きを置くと、人々が近づいてバスの往来に危険だからかもしれない。

バス発着場の屋根の下を巡ると、「あた」と「ちらん」の駅名標があった。これは記念に移設したようだ。「あた」と「ちらん」の間に大きな歯車が付いた機械が置いてある。薄い緑色に塗装されて、似たような色の機械がいくつかあった。車両の部品だろうか。それにしては大きい気がする。やっぱり説明書きを置いてほしいと思う。


南薩鉄道記念館は水曜休館

さらに奥へ進むと蒸気機関車の動輪があり、その脇の建物が南薩鉄道記念館であった。しかし扉は閉じている。貼り紙があり、開館時間内のはずだが……と思ってよく見ると毎週水曜日は休館と書いてある。つくづく運がない。もっと調べてから旅の計画を立てるべきであった。しかし、今回はSL人吉の運転日も絡んでいたから、結局は水曜日に来る段取りだっただろう。外に置いてある機関車を眺めただけでも良しとしよう。いつか知覧を訪れたら、また立ち寄ればいい。


窓から覗いてみた

廃線跡を訪ねる趣味はないけれど、記念施設があるなら立ち寄りたい。指宿枕崎線で引き返してもつまらないし。そんな理由で加世田にやってきた。待合室は丸いドーム屋根。洒落た作りだけど、これは旧駅舎ではなく、バス用に新たに建てられた物だろう。

待合室内の貼り紙がおもしろい。「案内放送が遅く、バスに乗り遅れたというクレームがあった。今後はバス到着と出発に合わせた構内放送を休止します」とある。放送だけを頼りにする客もどうかと思うけれど、言葉として「ご指摘」ではなく「クレーム」を使うあたり、この取り扱いも含めて逆ギレ気味である。


ドーム屋根の待合室

私が見聞している間に風ちゃんは姿を消していた。機関車によじ登って運転台を見物し、待合室に戻ると、風ちゃんはバス待ちのオジサンと楽しげに会話している。耳を澄ますと、オジサンの薩摩言葉の聞き取りが難しい。風ちゃんに言葉が通じているかわからない。それでも風ちゃんは楽しそうである。


風ちゃんと老人と赤い機関車

私たちは40分後の鹿児島行きのバスに乗った。こんどは二つ扉の路線バスだ。しかし新しい車両のようで、エアサスペンションなのか乗り心地はとても良い。鹿児島行きのバスは予定通りだったけど、日程を作る段階で失敗だったと後悔している。せっかく南薩鉄道記念館を訪れたなら、ここは伊集院行きに乗ったほうが楽しかっただろう。薩摩半島の西側を行き、もしかしたら古い鉄橋やトンネルの跡が見えたかもしない。


鹿児島行きは峠道を行く

しかし鹿児島行きのバスは北へ向かった後、日置市で東へ転じて山の中を進んだ。1時間20分のこのルートも楽しかったけれど、途中で少しウトウトして、気がつけば見覚えのある谷山電停だった。定刻より遅れている気がする。時刻表通りなら鹿児島中央駅に16時37分着。しかしまだ路面電車と並んでいる。私たちは17時ちょうどの新幹線で博多へ行きたい。間に合うだろうか。


空にうっすらと桜島が溶け込む

交差点を曲がると遠くに観覧車が見えた。あそこが鹿児島中央駅である。時刻は16時40分。あそこまで10分で行ってくれないと列車に間に合わない。地方のバスは道が空いているから、たいていは定時運行だ。20分の乗り継ぎ時間は長すぎると思っているくらいだった。しかし、まさか10分以上も遅れるとは思わなかった。


急いでほしいのに赤信号……

それから数分で駅前に到着。信号機の待ち時間がもどかしい。駅前のバス発着場に入り、早く扉を開けてくれ走れという私たちの気持ちも知らず、運転手は西鉄高速バスに進路を譲っている。これが九州のバスの階級制度かと恨めしく思う。高速バスだから譲ったか、西鉄だから遠慮したかは判らないけれど。

バスが扉を開く。降車時の精算はもどかしい。加世田でバスのきっぷを買っておいて良かった。私たちは早足で駅に向かった。大階段の横のエスカレーターを駆け上がり、コインロッカーから重い鞄を取り出し、改札口に突入する。土産物コーナーをざっとひとめぐり。2泊もした鹿児島への余韻もない。駅弁を買う暇さえなかった。

-…つづく


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
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デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
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ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
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『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

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