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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第544回:お前と俺は…… - 九州新幹線 鹿児島中央駅~博多駅駅 -

更新日2015/03/19

九州新幹線“さくら570号”は、私たちが乗り込み、座席に落ち着くとすぐに動き出した。17時過ぎ、高架区間から市街地を眺めていたら、すぐにトンネルに入る。こういう景色だったか、と思う。昨日は熊本から鹿児島中央まで乗ったけれど、このあたりはすっかり暗くなっていた。景色が暗いかトンネルか、区別できなかった。


さくら号で博多へ

この列車は新大阪行きである。しかし私たちは博多まで乗車し、そこで別れる。私は福岡空港から飛び、風ちゃんは福岡近郊に住む弟さん宅に寄るという。つまり、このさくら号が、今回の旅で最後の列車となる。

座席は6号車15番のAとB。15番は端っこで、私たちは壁に向かって座っている。誕生日きっぷのグリーン車利用権を行使した結果だけど、どうも座席運がよろしくない。フリーきっぷ客だから不人気席があてがわれたかと恨めしく思ってしまう。いや、これは2日前の予約だからか。グリーン車はもともと需要が少ないと見込んだか、6号車の半分、6列24席しかない。きっとほかの席は埋まっているから、ここしか空いていなかったのだ。そう思いたい。


鹿児島中央駅発車、束の間の高架区間

先月のニュースで、九州新幹線の業績に触れられていた。開業から2年間で観光特需は落ち着き、乗客は減っているとのことだった。山陽新幹線に直通する“さくら”は好調の様子。しかし九州新幹線内の各駅停車“つばめ”が苦しいという。博多駅と八代駅までの鹿児島本線はJR九州が運行を継続しているし、久留米あたりまでは快速列車がある。鳥栖までは長崎・佐世保方面との特急も残っている。この区間のお客さんは“つばめ”に乗る理由がない。

福岡と鹿児島中央駅を結ぶ高速バスも健在だ。さっき、鹿児島中央駅に到着するときに見かけたバスだ。1日に24往復。所要時間は約3時間50分。運賃は5,300円。新幹線の倍以上の時間がかかるけれど、運賃は半分だ。仕事で乗る人、領収書を活かせる人は新幹線、それ以外はバスとなるだろうか。なにしろ九州の人々には高速バスの習慣が根付いているようにも思える。一度でも新幹線に乗れば、このスピードと時間短縮の魅力から離れられないだろう。九州新幹線にはまだまだ伸び代がある。


高架区間の見晴らしは良い

途中で何度かトンネルの外に出て、またトンネルに入る。発車から10分後、やっと景色が開けた。低い山がなだらかに連なる。視線から上は快晴の空である。川内駅を発車すると、市街地が終わる頃にトンネル。ちょっと外に出て、またトンネルである。トンネルだらけだ。携帯端末で地図を表示し、GPS機能を使ってカーナビのように表示させる。どこを走っているかよく判るので楽しいけれど、この路線はトンネルだらけのせいで精度がよくない。


ガラス張りの出水駅

次に現在位置を判別したときは出水駅に到着するところだった。対向式ホームだけのシンプルな複線駅だ。東京近郊の私鉄のようでもある。しかし、ホーム柵も壁もガラス張りで見晴らしが良く、明るい。そして、下りホームにで列車を待つお客さんがいる。

出水駅を出発しても、またトンネルが続く。海に寄るコースだけど、海は遠い。このあたりは山の端が指の先のようにいくつもある。その指の関節あたりを突き抜けて列車は走る。結局のところ、新八代までの約50分は、ほとんどトンネルであった。窓を見ても壁、正面を向いても壁。まだ正面の壁のほうが木目調で目に優しい。


新八代には在来線との接続線が残る

新八代からは景色が開けていた。熊本平野の高架を行く。途切れることなく市街地が続く。山並みは遠くなり、地平線の続く限り、低い建物が続いている。そして遠くに高層ビルが現れた。ゆるくて大きな右カーブの向こうに、シェルターで覆われた熊本駅が見えた。そのシェルターに突入して熊本駅着。ガラス張りのホーム柵、ガラスの壁は川内駅と共通仕様だ。ただし大都市だけにホームは広い。


カーブの向こうに熊本駅が近づく

熊本駅から先もトンネルが多かった。鹿児島本線は海へ向かって西寄りを通る。しかし新幹線は内陸部を直行する。まるで、わざわざ山脈の尾根の真下を選んだようなルートである。早くて便利だけど、どうも車窓が楽しいとはいえない路線である。スピードの便利さと車窓の楽しさは相反する要素である。理屈では判っているけれど釈然としない。そういえば、昨年(2011年)5月に建設が決まったリニア中央新幹線も、経路のほとんどはトンネルで、地下鉄のような車窓になるらしい。


成田山久留米分院の救世慈母大観音様
肩まで上れるそうだ

さくら570号は熊本駅までは新幹線の各駅に停まった。熊本駅からは新玉名、新大牟田、筑後船小屋を通過する。最速列車はここを通過しないと、鹿児島本線と差別化できない。新大牟田駅を通過すると、筑後船小屋駅を通って久留米駅に停車。そして新鳥栖駅までが高架区間だ。夕暮れの街が見える。建物の窓は暗いけれど、街路灯が点った。窓ガラスには車内の照明が映り込んでいる。


新幹線博多総合車両所が見えた

18時半を過ぎた。日没はいつだったろう。私たちがトンネルの中にいる間に太陽は沈んでしまったか。車窓に高層ビルが増えて、そのすき間から、ひと筋の飛行機雲が伸びていた。そして列車は減速。かろうじて景色が見える時間内に博多駅に着いた。18時37分。定刻である。さくら570号の旅はまだ続く。しかし私たちはここが終点だ。ホームを歩く私たちのそばで、列車が慌ただしく出発していった。巻き起こる風に背中を押されたような気がする。


もうすぐ博多駅……


さくら、あばよ……

別れる前に、どこかで落ち着こうという話になり、駅ナカの名店街を少し歩く。相思相愛の恋人でもないし、いつでも飲みに行ける距離に住んでいる。だから未練はないけれど、まあけじめは付けておこうか。そういえば、食いしん坊の二人が、まともな昼飯を食べていなかった。ここは博多名物の何か……ではなく、ケンタッキーフライドチキンである。先日から発売された新メニューの唐揚げが気になっていた。旅が終わった気分になって、日常のような選択となった。

私のJR九州完乗を祝ってコーラで乾杯。その後は旅の総括でもなく、次の旅の約束でもない。誕生月が同じなら、また似たようなきっぷで旅ができそうという意見が一致。その後は暇つぶしの世間話であった。風ちゃんは弟の帰宅を待ち、私は飛行機の時間待ちである。頃合いを見て店を出て、「じゃ、またな」で別れた。ふだん遊ぶときと同じだ。ふと『男はつらいよ』の寅さんの台詞が浮かんだ。

「俺とお前はお風呂のおなら。前と後ろに泣き別れ」

第544回の行程地図


2013年04月01-03日の新規乗車線区
JR:504.4Km
私鉄: 37.9Km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):20,652.9Km (92.28%)
私鉄: 6,052.0km (85.41%)

 

 

 

 

 

  

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
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マイナビニュース
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■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


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