のらり 大好評連載中   
 
■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 

第582回:誓い - 八戸線 鮫~八戸 -

更新日2016/04/07


列車は小さな半島をくるりと半周した。車窓が海岸から港に変わった。八戸港の一角である。江戸時代は鮫浦港と呼ばれ、東廻海運の寄港地であった。東廻海運は江戸時代の主要輸送ルートのひとつ。江戸から太平洋周りで津軽海峡を越え、酒田に通じた。

鮫浦港は八戸藩が漁港として整備したのち、東廻海運に組み込まれた。東廻海運は北前船や西廻海運ほど発展しなかったとはいえ、鮫浦港は重要拠点として栄えたという。明治になると八戸付近の鉱物資源の輸出港として整備され、漁港だけではなく工業港としても発展する。1929(昭和4)年に八戸市が誕生し、鮫浦港も八戸港と改称された。


窓ガラスに室内が反射するため、スマホをかざして写真を撮る

鮫、という名の駅に停まった。かつてはこちらが鮫浦港の中心だった町であろう。高校生が大勢乗ってきた。青森県立水産高校の生徒さんだ。現在も鮫は八戸線の主要駅だ。八戸市街の東端でもあり、八戸方面の列車のいくつかはここで折り返す。鮫行きとは心中穏やかではないけれど、駅名の由来は人食い鮫ではなく、沢がなまってサメと呼ばれ、鮫という文字を当てたと聞く。

次の白銀駅でも高校生が乗ってきた。白銀と書いてしろかねと読む。ここで立ち客が目立ち始めた。高校生の大群。そのための2両編成だったようだ。もうボックスシートの独り占めはできない。私は伸ばした足を降ろして靴を履く。向かいの席に置いた荷物をたぐり寄せて隣の席に置いた。立ち客側も混んでいて、大きな荷物を網棚に載せる余裕はなかった。


八戸港エリアに入った

陸奥湊駅も対向列車のすれ違いがあった。しかし定刻発車で安心する。車窓は海から市街地に変わり、本八戸駅でさらに乗車客がある。八戸市の中心はこの本八戸である。馬淵側と新井田川の水利で栄えた街。八戸港とも水運が通じた。新幹線の八戸駅は八戸市の郊外である。日本鉄道時代、東北本線は八戸の中心を通らなかった。そこで日本鉄道は支線として八戸線を作ったという。つまりこの列車は八戸から郊外方面へ向かう帰宅列車だ。この混雑にも納得である。


闇は深くなり、明かりが増えていく

これ以上、荷物を椅子に座らせてはいけないと、私は荷物まとめて席を立った。二つの席が空いたけれど、誰も座ろうとしない。車窓右手にツリー状のイルミネーションが見えた。夜の街。その明かりもまた良い景色である。八戸駅の手前の長苗代駅で半分くらいの乗客が降りた。なるほど、席に座ろうとしないわけだ。大勢の客が降りていく。乗降に手間取ったか、3分遅れで発車した。またハラハラしてくる。

八戸駅に到着すると、周りの客が走り出した。私もキャスターバッグを背負って走る。今まで乗ってきたディーゼルカーと別れを惜しむ暇も無い。新幹線ホームへ上り詰めると、はやぶさ36号がホームに入ってくるところだった。ギリギリで間に合った。


八戸駅、はやぶさ36号に間に合った

19時06分発のはやぶさ36号は、22時04分に東京駅に着く。八戸駅で時間の余裕がなく、弁当を買えなかった。どうしようと案じていたら車内販売がやってきた。海産物系は苦手だと言ったら、五目わっぱめしを薦められた。フタを開けると小さな海老が丸まっていた。それだけ残して平らげる。この海老も、捨てられるために命を差し出したわけではないだろう。申し訳ない気持ちになる。


車内販売で買った駅弁

はやぶさは八戸を出発してすぐにトンネルに入る。すっかり陽が落ちて、トンネルの中か外かもわからない。鞄から時刻表を出して、今回の旅のルートを指で辿った。仙台、石巻、女川、BRTと三陸鉄道で北上し、八戸に着いた。旅のルートを決めかねて後回しにした三陸路。やっと、その海岸線沿いを踏破した。


海老さんごめんなさい……

約2日かけて辿りついた八戸から、たった3時間で東京に引き戻される。新幹線の速さが身にしみる。三陸は東京から近いか、遠いか。実は近い。もっと気軽に旅立てるところだと思う。気軽に来て、じっくりと楽しめる。それが東北、三陸だ。

そして、まだ乗っていない路線がある。東北本線と三陸海岸ルートをつなぐ路線たちだ。ハシゴに例えると足をかける部分である。南から大船渡線、釜石線、山田線。釜石線はSL銀河が走っている。乗りたい。

仙台市営地下鉄は東西線を建設中だ。JR東日本は仙石線沿線の復興支援のため、東北本線と仙石線を接続する計画がある。女川駅の復旧と新しいまちづくりも見届けたい。BRT区間の鉄道復活は無さそうだ。山田線沿岸区間は三陸鉄道に引き受けてもらいたい。


更地になっていた女川の街
以前と比較できる唯一の場所だけに驚いた

乗れずに廃止されてしまった岩泉線。終点付近にある龍泉洞も興味深い。八戸線では2013年秋からレストラン列車“TOHOKU EMOYTION”の運行が始まっている。今回はタイミングが合わなくて残念だった。

三陸海岸を縦走した。満足感もあるけれど、思い残すところも多い。未乗路線に乗りたい、今回訪れた場所のその後も見届けたい。復興する街と鉄道に対峙するために、私も精進しなくてはいけない。


釜石駅で見かけたSL銀河
次はこれに乗ろう

第582回の行程地図

      


2014年04月8-9日の新規乗車線区
JR: 82.4Km
私鉄:107.6.Km

累計乗車線区(達成率)
JR(JNR):20,735.3Km (92.69%)
私鉄: 6,175.6Km (87.06%)

 

 

 

 

 

 

このコラムの感想を書く

 


杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
著者にメールを送る

1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

<<杉山淳一の著書>>

■連載完了コラム
感性工学的テキスト商品学
~書き言葉のマーケティング
 
[全24回] 
デジタル時事放談
~コンピュータ社会の理想と現実
 
[全15回]

■鉄道ニュース(レポーター)
マイナビニュース
ライフ>> 「鉄道」
発行:マイナビ

 

■著書
『列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法: 時刻表からは読めない多種多彩な運行ドラマ!』


列車ダイヤから鉄道を楽しむ方法
杉山淳一 著


『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。』 ~日本全国列車旅、達人のとっておき33選~』

ぼくは乗り鉄、おでかけ日和
杉山淳一 著


『みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック (LOGiN BOOKS)』

みんなのA列車で行こうPC 公式ガイドブック
杉山淳一 著


バックナンバー

第1回~第50回まで
第51回~第100回まで
第101回~第150回まで
第151回~第200回まで
第201回~第250回まで
第251回~第300回まで
第301回~第350回まで
第351回~第400回まで
第401回~第450回まで
第451回~第500回まで
第501回~第550回まで

第551回:要塞海峡
- 火の山ロープウェイ・サンデンバス・関門汽船 -

第552回:天井から水平線
- 帆柱ケーブル -

第553回:九州完乗~帰途へ
- 皿倉山スロープカー -

第554回:帰るには早すぎる
- 交通科学博物館 -

第555回:神木の駅
- 京阪電鉄 萱島 ~ 淀屋橋 -

第556回:きっかけはラジオ出演
- はやぶさ1号 東京~仙台 -

第557回:痛恨のフラッシュ
- 仙石線 仙台~松島海岸 -

第558回:線路がない
- 仙石線代行バス 松島海岸~矢本 -

第559回:落ち着いた被災地
- 仙石線 矢本~石巻 -

第560回:石巻線マンガッタンライナー
- 石巻線 石巻~浦宿 -

第561回:無慈悲な境界線
- 石巻線代行バス 浦宿~女川 -

第562回:喪失
- 女川港 -

第563回:希望
- 女川町 -

第564回:線路があるところまで
- 気仙沼線 前谷地~柳津 -

第565回:BRTバス複線区間
- 気仙沼線BRT 柳津~陸前戸倉 -

第566回:津波の境界線
- 気仙沼線BRT 陸前戸倉~気仙沼 -

第567回:気仙沼ホルモンと復興の宿
- 大船渡線BRT 気仙沼~鹿折唐桑 -

第568回:廃線とバス路線
- 大船渡線BRT 鹿折唐桑~小友 -

第569回:BRT専用道の景色
- 大船渡線BRT 小友~盛 -

第570回:きっと、ずっと
- 三陸鉄道南リアス線 盛駅 -

第571回:クウェート、ホタテ、白い築堤
- 三陸鉄道南リアス線 盛駅~三陸駅 -

第572回:SL銀河3日前
- 三陸鉄道南リアス線 三陸駅~釜石駅 -

第573回:空疎な陸と穏やかな海
- 岩手県交通バス 釜石駅~道の駅やまだ -

第574回:生せんべいの誘惑
- 道の駅やまだ -

第575回:無遠慮な提案
- 岩手県北バス 道の駅やまだ~宮古駅前 -

第576回:トンカツとスニーカー
- 三陸鉄道北リアス線 宮古駅 -

第577回:白い築堤
- 三陸鉄道北リアス線 宮古駅~田野畑駅 -

第578回:走る名脇役
- 三陸鉄道北リアス線 田野畑~陸中野田 -

第579回:Have Fun !
- 三陸鉄道北リアス線 陸中野田~久慈 -

第580回:街の味
- 八戸線 久慈~侍浜 -

第581回:夕暮れの海
- 八戸線 侍浜~鮫 -


■更新予定日:毎週木曜日