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■新・汽車旅日記~平成ニッポン、いい日々旅立ち
 
第424回:饒舌な運転席 - 福知山線 2 -

更新日2012/05/31



塚口駅は留置線がある。3本の電車が休んでいる。その電車の向こうは森永製菓の工場で、この駅の先で阪急と交差すると三菱電機の工場がある。阪急にも塚口駅があるけれど、600メートルほど西にある。阪急塚口駅からは伊丹線が分岐しており、福知山線の伊丹駅まで約600メートルの距離を保って並んでいる。


塚口駅。夕刻のラッシュに向けて待機する電車たち

伊丹駅といえば伊丹空港だ。伊丹空港には長短ひとつずつ、2本の滑走路がある。これはゲームで得た知識である。空港は福知山線の東にあり、猪名川を挟んだ向こう側。管制塔が見えるかな、と注視したけれど見つけられなかった。飛行機の姿も見えない。新大阪駅では低い高度の飛行機をよく見かけるけれど、空港のそばで見えないとは残念なタイミングだ。

前面展望に視線を戻すと、新型特急電車287系とすれ違った。車内放送が次の停車駅、川西池田を告げる。ここで丹波路快速に接続するという。当初の予定通りの列車である。川西池田駅で待っていると、先に国鉄型183系電車の特急、こうのとりが通過していった。こうのとりは兵庫県豊岡市で繁殖に取り組んでいるという。子供の頃は「赤ちゃんを運んでくる鳥だ」といわれたものだけど、最近は聞かない。いまや小学生も携帯電話を持つ時代。お伽話はデジタル情報からこぼれていく。


新型特急電車とすれ違い……


国鉄型特急電車に追い越される

空が暗くなり、雨が降り始めた。遠くから鋭いヘッドライトが近づいてくる。丹波路快速の225系電車だ。小さな4灯ヘッドライト。周りの塗り分けに曲線をあしらう。四角い車体、しかし丸顔。精悍に見えて柔和。不思議なデザインである。乗り込めば混雑していた。列車遅延も影響したと思うけれど、ふだんから混んでいるかもしれない。転換式クロスシートは全て埋まり、立ち客も多い。

川西池田駅の北に阪急宝塚線の川西能勢口駅がある。ここから宝塚までは阪急宝塚線と付かず離れずの距離を保つ。福知山線は旅客獲得競争のためにスピードアップを進め、余裕のないダイヤを組み、それが尼崎の大事故につながったと報じられた。急カーブに対応した速度照査つきの保安装置がなかったという指摘もある。

しかし、それらは事故を防ぐ仕組みがなかったという説明であって、そもそも運転士が無謀な加速をした原因については解明されていない。運転士も亡くなり、運転士の挙動を見ていた人たちも亡くなった。真相がわからないまま、事故防止対策が進められている。


川西池田で丹波路快速に乗り換え

中山寺駅を過ぎて、右手遠くに三重塔が見えた。車内放送が33分遅れという。宝塚駅で立ち客のほとんどが降りていく。ここから空くかと思ったら、同じくらいの人々が乗ってきた。まだまだ住宅の多い地域である。丘の上の方までマンションがぎっしりと建っている。次の生瀬駅から先はトンネルが多い。車内は本を読んでいる人が多い。通勤電車で本を読むという風景も、最近は見かけなくなった。この沿線の人々は読書好きだろうか。いや、山の中で携帯電話の電波が届かないからだろう。

トンネル地帯を過ぎて道場駅。三田盆地に入り、三田駅に着く。3年半前に神戸電鉄で訪れた駅である。ここで大勢のお客さんが降りていく。車内の見通しが良くなった。三田は古くから栄えた町で、いまもなお住宅地として発展している。ウッディタウンの風景を思い出す。山間部で降っていた雨も上がり、車窓も明るくなってきた。

人が減り、話し声も聞こえなくなると、その代わりに自動音声が際立ってくる。車内放送ではない。音源は運転席である。「停車です、停車です」これは女性の落ち着いた声。「6両、確認、6両、確認」これは男性の声。「◯◯停車、◯◯停車」◯◯には駅名が入る。「ていもく確認、ていもく確認」、これは若い女性の弾むような声。ていもくは停車目標という意味だろう。この音声の合間にピンポンとアラームが入る。

饒舌な運転席である。饒舌というより、ハッキリ言うとやかましい。あの脱線事故以降「運転士にはこれだけ注意を促していますよ」と、乗客にもアピールしたいらしい。しかし、これだけ喋りっぱなしだと、むしろ慣れてしまうのではないかと心配になる。こんなにガミガミ言われながら仕事をする運転士さんは気の毒だとさえ思う。私なら気が変になりそうだ。逃げ出したくなる。新たな事故の原因にならなければいいが。


篠山口から先は単線になった

風景が一変し、建物の密度が下がる。福知山線は大阪に直通する便利な路線だけど、古市駅あたりの風景は寂しくて、こんな所にひとりで暮らしたら泣きたくなりそうだ。篠山口からはドアが手動になり、単線となった。晴れ間が見えている。線路は篠山川に沿って、列車は谷間を駆け巡る。工場街、ベッドタウン、そして田舎の風景。福知山線の車窓はおもしろい。


自然豊かな景色に変わる

丹波大山駅の手前、赤信号がふたつ並んでいる。いったん停車して、ゆっくりと駅に進入する。安全側線がないからだろうか。篠山川が車窓左手に移り、下滝駅で右側の線路に停まった。鉄道は左側通行だけど、こちらが側線で、左側が直線になっている。次が谷川駅で、私の未乗区間の踏破が叶った。ここは加古川線が接続している。1984年に乗った路線だ。あの時は播但線で和田山へ向かい、山陰本線で福知山へ。そこからこの谷川駅までやってきて、加古川線に乗っている。


日本海側に出て日差しが強くなった

強い日差しが車内に入ってくる。ここから日本海側だろうか。明るいうちに未乗区間に乗れてよかった。ここから先は乗車済み。しかし28年前であるから、あらためて景色を楽しむ。石生駅で特急とすれ違う。正面の山の上のほうが雲に隠れている。雪だろうか。日没が近づき、どんどん暗くなっていく。伴走する川は竹田川に変わっている。雨が降り始めた。いや、水滴が流れて行かない。雪だ。


薄暮の竹田川

福知山に18時11分着。厚い雲のお陰で暗くなっているけれど、日没の3分前である。ここは高架駅で、北近畿タンゴ鉄道の宮福線が接続する。北近畿タンゴ鉄道は旅の目的のひとつだけど、今日は乗らない。今日までは青春18きっぷを使い尽くし、山陰本線に乗り換える。今夜は豊岡に泊まり、明日は宮津線から北近畿タンゴ鉄道の旅を始める。


山陰本線の電車は緑一色

-…つづく

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杉山 淳一
(すぎやま・じゅんいち)
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1967年生まれ。東京出身。東急電鉄沿線在住。1996年よりフリーライターとしてIT、PCゲーム、Eスポーツ方面で活動。現在はほぼ鉄道専門。Webメディア連載「鉄道ニュース週報(マイナビ)」「週刊鉄道経済(ITmedia)」「この鉄道がすごい(文春オンライン)」「月刊乗り鉄話題(ねとらぼ)」などWebメディアに多数執筆。

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